2025年9月12日、東京地方裁判所である判決が下されました。
リヒテンシュタインの財団を通じて外国法人の株式を保有していたとされる日本の居住者に対し、日本のタックスヘイブン税制(CFC税制)の適用を認めるというものです。一見、専門的で遠い話に聞こえるかもしれませんが、この判決は、海外に財団を持つ、あるいは検討する日本人にとって、極めて重要な意味を持ちます。
形式の壁を越える「実質支配」の時代
CFC税制は、低税率国での租税回避を防ぐための制度です。これまで、その適用は「株式の過半数保有」といった形式的な基準が主でした。しかし、財団法人のように「株式」の概念がない組織は、この形式的な基準では捉えきれないという課題がありました。
この「抜け穴」を塞ぐべく、2017年度の税制改正で導入されたのが「実質支配基準」です。これは、たとえ形式的に株式を保有していなくても、実質的にその外国法人の財産を支配していると認められれば、CFC税制の対象とするというものです。特に、「解散時に残余財産のおおむね全部を請求できるような契約関係等がある場合」が明記され、その眼差しは、財団の「終わり方」にまで向けられることになりました。
リヒテンシュタイン財団判決が突きつけた現実
今回のリヒテンシュタイン財団の裁判では、まさにこの「実質支配」が争点となりました。原告は「財団には株式がないからCFC税制は適用されない」と主張しましたが、裁判所はこれを退けました。
判決のポイントは、財団の定款や実際の運用から、原告が財団の「実質的な設立者」であり、財団の資産や収入を独占的に享受できる「自益権」、そして財団の管理運営を裁量で行える「共益権」を有していたことを認定した点です。そして、これらの実質的な権利を総合的に判断し、「財団の株式等の全部を保有していたものと認められる」と結論付けたのです。
この判決は、税務当局や裁判所がもはや形式的な組織形態に惑わされず、「誰が実質的に財産をコントロールし、恩恵を受けるのか」という本質を見抜こうとしていることを明確に示しています。
解散時の財産帰属が「実質支配」の決め手
この判決と「実質支配基準」を繋ぐ重要なキーワードが、「解散時の財産帰属」です。
もし、海外の財団の定款や関連する契約書に、解散時の残余財産が特定の日本の居住者や法人に帰属する旨が明記されていれば、それはまさに「残余財産のおおむね全部を請求できる」状態と見なされます。つまり、財団の設立当初から、その財産が最終的に日本の関係者に還流する仕組みが組み込まれていると判断されれば、その財団はCFC税制の対象となる「外国関係会社」と見なされる可能性が極めて高くなるのです。
今回の判決で認定された「自益権」も、財産を独占的に享受する権利であり、解散時の残余財産に対する請求権と密接に結びついています。つまり、財団が最終的に自分のものになるのであれば、それは「実質的に支配している」と判断されるのは当然、というわけです。
海外財団は「誰のため」の財団か
リヒテンシュタイン財団の判決は、国際税務における「実質支配」の原則が、いかに強力かつ広範な射程を持つかを示すものです。形式的な非営利性や株主の不在を盾にした租税回避策が、もはや通用しない時代が到来したことを、この判決は明確に告げています。
海外の財団法人の設立や運営を検討する日本の居住者や法人にとって、最も重要なのは「その財団は誰のために設立され、誰が実質的にコントロールし、最終的に誰がその財産を受け取るのか」という問いに、日本の税法に照らして明確に答えられることです。
海外財団に関わる際は、必ず国際税務に精通した専門家(税理士など)に相談し、その構造が日本の税法に照らして適切であるか、特に解散時の財産帰属に関する規定が予期せぬ税務リスクを生まないかを事前に確認することが不可欠です。透明性の高い国際税務環境において、実態に合わせた慎重な対応こそが、将来的なトラブルを回避するための鍵となります。
執筆者:アタックス税理士法人 代表社員 国際部部長 公認会計士・税理士 伊藤 彰夫
資本政策、事業承継、相続対策、M&Aの各ニーズに対応したコンサルティングに数多く従事。企業やオーナー富裕層のグローバル展開に伴い国際税務にも深く携わり、移転価格税制への対応、海外を活用したファイナンシャルプランニング、クロスボーダー対応などの実績をもつ。

