グローバル化が進む現代、海外子会社を活用した事業展開は中堅企業にとっても重要な戦略となっています。
しかし、国際的な税務リスク、特に「移転価格税制」への意識は十分でしょうか?
国税当局の調査の目はこの領域に注がれており、調査対象は上場会社等の大企業から海外取引を行う中堅企業へと急速に拡大しています。
「うちは大企業じゃないから大丈夫」
「海外子会社との取引は少ないから関係ない」
このような認識は、もはや通用しません。今、まさに貴社が危険にさらされている可能性があるのです。
なぜ中堅企業がターゲットに?その背景にある国税当局の戦略とは
BEPS(税源浸食・利益移転)対策の国際的な潮流を受け、各国で移転価格税制の執行が強化されています。
日本も例外ではなく、国税当局は、これまで大企業を中心に実施していた調査を、中堅企業へと拡大・強化しています。
海外子会社で高収益を上げている企業、無形資産を保有している企業、そしてデジタル経済に関わる企業などは、特に重点的な調査対象となる可能性が高いと言えるでしょう。
「直接取引が少ないから安心」は大きな誤解!課税リスクの実態
「親会社と海外子会社の直接取引は少ないから、移転価格税制は関係ない」
これもよくある誤解です。国税当局は、直接取引の有無だけでなく、グループ全体での取引関係や利益配分に着目します。
海外子会社が製造した製品を日本の親会社が直接販売していない場合であっても、海外子会社の利益率が高い場合には、親会社による技術指導や間接支援の有無、さらには、親会社の貢献によって生み出された価値の回収があるのかを問われます。
海外子会社が親会社にライセンス料やサービス料などを支払っていない、あるいは著しく低い金額で支払っている場合など、移転価格税制の対象となる可能性があります。
海外子会社の高収益は、その真の原因を定量的に証明せよ!
国税当局は、海外子会社の利益率が高い場合、その利益が日本に移転されるべきであったと判断する可能性があります。
反証するためには、「海外子会社独自の努力や現地市場の特殊性」といった定性的な説明だけでは不十分です。
なぜ海外子会社の利益率が高いのかを、具体的な数値データを用いて論理的に説明する必要があります。
例えば、
現地市場の成長率データ、競合他社の売上高推移などを提示し、市場全体の拡大が利益率向上に寄与したことを示す。
原材料価格の低下、生産効率の向上など、具体的なコスト削減策とその効果を数値で示す。
新商品の投入、効果的なマーケティング戦略など、売上増加につながった具体的な施策とその成果を数値で示す。
為替変動による利益への影響を分析し、その影響度合いを数値で示す。
これらの分析は、場合によっては現地での情報確認も踏まえて行う必要があります。
現地子会社の経営陣へのヒアリング、市場調査、競合分析など、国税当局の主張に対抗しうる情報収集が不可欠です。
移転価格調査のパターンと注意点
移転価格調査と通常の法人税調査は「一の調査」として同時に行いますので無難に調査が終了すれば、移転価格調査も終了したことになります。
しかし、国税当局が最初から本格的な移転価格調査を行う意思がある場合や、通常の法人税調査の過程で移転価格税制への対応が不十分と判断された場合には、「法人税の調査の区分に係る同意書(区分同意書)」が納税者に提示されます。
納税者がこれに同意した場合は、移転価格調査はその他の法人税調査と区別して実施されることになります。
区分同意書は、移転価格調査に特化した手続きを進めるためのものであり、7年間遡って調査が行われる可能性もあります。
その結果、調査期間が1年を超えることも珍しくなく、同意することで調査の長期化や、納税者の負担増加に繋がります。
別表十七の4での早期対応が未来を守る
税務申告書の「別表十七の4」は、国外関連者との取引状況等に関する調書で、移転価格税制リスクを測る重要な指標です。
国税当局が調査対象を選定する際の判断資料でもあり、特に、一定の超過利益が確認できる海外子会社がある場合は、危険信号と捉えるべきです。
もし、貴社の別表十七の4に懸念事項がある場合は、すぐに専門家へ相談することをお勧めします。
移転価格税制は複雑な法制度であり、専門知識なしに対応することは非常に困難です。
税務調査が入ってから慌てるのではなく、事前に専門家による徹底的なチェックを受けることで、リスクを最小限に抑え、適切な対応を行うことができます。
筆者紹介
- アタックスグループ パートナー
アタックス税理士法人 代表社員 公認会計士 税理士 伊藤 彰夫 - 資本政策、事業承継、相続対策、M&Aの各ニーズに対応したコンサルティングに数多く従事。企業やオーナー富裕層のグローバル展開に伴い国際税務にも深く携わり、移転価格税制への対応、海外を活用したファイナンシャルプランニング、クロスボーダー対応などの実績をもつ。事業戦略に沿った組織再編コンサルティング、自社株対策を中心とした事業承継コンサルティングのほか、国際税務対応コンサルティング、企業・個人の国際戦略立案コンサルティングに定評。現在、アタックスグループパートナー、アタックス税理士法人代表社員、国際部部長として国際部を率いる。