先日、親しい会長から、止むを得ない個人の理由で、同社を退職された一人の女性が、その日の夜、SNSで発信した内容をコピーしてくれ、筆者に手渡ししてくれました。
長文のため、要約すると、以下のような内容でした。
「今日、短大新卒で入社し、13年間、働かせていただいた会社を退職しました。
この会社はめちゃめちゃいい会社で、入社してから、今日まで、辞めたいと思ったこと等、一日もありませんでした。
経営の全てが、ブレずに業績や勝ち負けではなく、「社員第一主義経営」で運営されている理想の会社でした。
この会社は、国や諸団体から数々の賞を授賞されていますが、一社員から見ても、賞にふさわしい会社でした。
会長や社長はもとより、全ての社員さんから、いつも、優しい声をかけていただいたり、困っている時は、親身になって応援してくれました。
翻って、この13年間、私は、皆のために、どれほど役立つことができたかわかりません。
何か一つでも、だれかの役に立てれていたらいいな…。
この13年間、本当にお世話になりました」
とありました。
この文章を、感動に震えながら、読み終わりと、会長が嬉しさに満ち満ちたお顔をされ「経営理念に基づいた経営・お天道様に顔向けのできる経営をしてきたつもりでしたが、この文章で報われました。と言ってくれました。
この会社は、今や中小企業経営では、知る人ぞ知る「沢根スプリング株式会社」という名の会社です。
本社は、浜松市の郊外、主事業は各種ばねや医療機器部品の開発・製造・販売です。
設立は、今から60年前の1966年、現会長の父、現社長の祖父が、ばねの将来性に着目し、スタートしたのです。
とはいえ、ないない尽くしで、社員数も数名の小規模企業であり、設立後約10年間は、地元の大手企業の下請の又下請のような、まるで奴隷のような経営をせざるを得ませんでした。
多くのモノづくり中小企業は、そうした状況に甘んじてしまうのですが、沢根スプリングの創業者は違いました。
だれにも指示・命令されない自立型企業・独立型企業になることを決意したのです。
このため、まずは、会社の存続目的である「経営理念」を策定しました。
- 会社を永続させる
- 人生を大切にする
- つぶしのきく経営を実践する
- いい会社にする
- 社会に奉仕する
この経営理念は、理念策定後50年が経過し、3代目の社長に事業承継されても、変えることなく、この5つの経営理念に基づいた経営が行われているのです。
この経営理念に基づいて行われている同社の経営の特徴は多々ありますが、紙面の都合で今回は「腹八分目経営」について紹介します。
腹八分目経営を、もう少しわかりやすく言えば、10割ではなく8割稼働を前提にした経営のことです。
つまり、8割の稼働で全社員や関係者が幸せを実感できる経営です。
加えて言えば、残った2割は、普段できない勉強や研究、あるいは仕事に直接関係しないことに使うという考え方です。
それでいて、同社の利益率は、設立60年間、黒字経営を持続しているどころか、近年の利益率は、業界健全企業の2~3倍となっているのです。
多くの会社では、フル操業を前提にしたような経営を行っているため、顧客からの注文が、1割増加しても残業となり、逆に1割減少すると、赤字になってしまうのです。
沢根スプリングでは、たとえ仕事が2割増加しても、逆に2割減少したとしても、残業をしなくて対応できるのです。
ですから、同社に何回訪問しても、会社にはギスギス感もなく、また、やらされ感を持ったような社員は一人もいません。
もとより、同社の社員には、業績ノルマも、社員間が業績競争をすることもありません。それでいて同社の業績は抜群なのです。
ちなみに、社員やその家族を大切にしているか否かの1つのメルクマールである、社員一人当たりの1ヶ月当たり残業時間はというと、過去10年間平均、なんと1時間から最長でも4時間程度。1日に直すと3分から20分程度と短くなっているのです。
もとより、未だ、ものづくり企業で少なからずみられる2直や3直等は決してしない会社です。
ですから、夕方の17時30分以降に同社に電話しても、電話口に誰も出ないのです。
こうした経営を貫くためには、価格競争型経営とか競争見積もり参加型経営、さらには、理不尽なことを平気でいうような取引先や顧客と我慢しながら取引をしていたら、できるはずもなく、このために全社員一丸となって理念実現型経営を目指してきたのです。
ちなみに、今や売上高の約50%を占め、同社の代表的非価格競争商品である「ストックスプリング(自家商品)」の販売先は、全国に約3万社、相手先ブランド商品の取引先は約600社です。
受託製造商品で、単純に1社当たりの取引比率を計算しても、僅か0.17%に過ぎないのです。しかも、その業種・地域は多岐にわたっているのです。
ですから、理不尽な取引を要求するような会社とは、いつでもだれでも断れることができるのです。
こうした経営ができるのも「会社を永続させる」「人生を大切にする」「いい会社にする」といった経営理念があったからなのです。
こうした本物の中小企業が多数派になれば、私たちの祖国は、再び世界から尊敬される国家になると思えるのですが…。
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筆者紹介

- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。
