M&Aを考える前に必要な『事業価値向上』という視点

M&Aを考える前に必要な『事業価値向上』という視点 経営

事業承継やM&Aを検討し始めるタイミングとして、「そろそろ引退を考えたい」「後継者が見つからない」といったお声をよくお聞きします。

しかし、そこで多くのオーナー経営者が陥りがちな落とし穴があります。それは、十分な準備が整わないまま市場に出てしまうことです。

M&Aは、「売りに出せば必ず買い手が見つかる」というものではありません。

また、仮に買い手が見つかったとしても、会社の状態によって得られる対価は大きく変わります。

今回は、「事業価値を高めることこそが、M&Aを含むあらゆる事業承継を成功に導く最大の戦略である」というテーマでお伝えします。

株式価値は「EBITDA × マルチプル」で決まる

M&Aにおける株式価値がどのように決まるか、ひとつの考え方として簡単にご紹介します。

事業価値 = EBITDA(税引前・償却前利益) × マルチプル(倍率)

たとえば、EBITDAが1億円の会社がマルチプル5倍で評価された場合、事業価値は5億円となります。さらに、ここから有利子負債などを差し引き、非事業用資産を足したものが株式価値となります。

重要なのは、マルチプル(倍率)は固定されたものではなく、業界環境や事業の成長性、会社の強みによって変動するという点です。

つまり、同じ利益水準の会社であっても、その中身によって評価額は大きく変わるのです。

マルチプルを上げる5つのポイント

では、マルチプルはどのような要因で変動するのでしょうか。

実務上、評価の際によく論点となる主なポイントを整理します。

1.業界・市場の成長性

対象会社が属する市場が拡大傾向にあるかどうかは、買い手が将来収益を見積もる上で重要な判断材料となります。

マクロ環境や競合状況を踏まえ、自社が市場の中でどのようなポジションにあるのかを明確にしておくことが求められます。

2.自社の競争優位性

高い市場シェアや、他社が簡単には参入できない参入障壁を持つ企業は、高く評価される傾向があります。

顧客基盤、独自技術、ブランド力、特定資格の保有など、「なぜ自社が選ばれているのか」を言語化し、可視化しておくことが重要です。

3.収益の安定性

単発の売上よりも、継続契約やストック型収益の比率が高い企業は、安定性が高いと評価されやすくなります。

売上の変動が小さく、将来予測が立てやすい企業ほどリスクが低く、買い手にとって魅力的な存在となります。

4.買い手とのシナジー効果

買収後に買い手企業との組み合わせによって、売上拡大やコスト削減が見込めるかどうかも評価に影響します。

個別交渉の要素が大きい項目ですが、自社の強みを整理しておくことで、適切な買い手とのマッチング精度を高めることができます。

5.経営者・キーマン依存度

これは中小企業にとって最も重要でありながら、最も改善が難しいポイントの一つです。

「社長がいなければ事業が回らない」
「主要顧客との関係が社長個人と依存している」
「特定の社員に業務が集中している」

こうした状態は、事業の継続性に対するリスクとみなされ、企業価値の評価を大きく引き下げる要因となります。

中小企業の現実:少数精鋭の強みと属人性のジレンマ

リソースが限られた中小企業の中には、少ない人数で高い収益性を実現している企業が多く存在します。

これは大きな強みである一方、その裏側には「特定の人物への依存」というリスクが潜んでいます。

たとえば、優秀な営業担当者が顧客との関係を個人で管理している場合、その人物が退職したり、M&A後に離脱したりすると、売上が大きく失われる可能性があります。

買い手もこうしたリスクを十分に認識しており、キーマンへの依存度が高い企業ほど、交渉において買い手が優位に立ちやすくなります。

事業承継を見据えるのであれば、「自分がいなくても会社が回る仕組み」をつくることが不可欠です。

顧客管理の組織化、業務マニュアルの整備、幹部への権限委譲、これらは一朝一夕では実現できるものではありません。

しかし、早い段階から意識して取り組むことで、着実に事業価値を高めていくことができます。

M&Aだけでなく、あらゆる承継に共通する本質

ここまでお伝えしてきた内容は、M&Aに限った話ではありません。

親族内承継であっても、従業員承継であっても、「収益性を高めること」と「属人性を排除すること」は、事業承継を成功させるための共通の基盤です。

後継者候補が社内にいる場合でも、「この会社を引き継ぎたい」と思ってもらうためには、収益力と組織力の両方が欠かせません。

逆にいえば、これらが整っている企業は、M&A・親族承継・従業員承継のいずれの選択肢も取りやすくなります。

そして、その時々の状況に応じて、経営者自身が主体的に承継方法を選択できる状態にあるといえるでしょう。

中長期の視点で、今から取り組む

中長期の視点で、今から取り組む

事業承継は、「決断するとき」だけの問題ではありません。

むしろ、承継の5年前、10年前からどのような準備を進めてきたかが、最終的な対価や成否を大きく左右します。

「まだ先のこと」と思っているうちに、体力的・精神的な負担から、十分な準備や決断が難しくなるケースも少なくありません。

今の事業の状態を客観的に見直し、収益性の向上と組織の自立化に向けた取り組みを始めることが、最良の承継準備となります。

事業価値を高めることは、オーナーの選択肢を広げ、最終的な手取りを最大化することにもつながります。

自社の事業価値はどの程度なのか、また事業承継に向けて何から取り組むべきかを整理したいとお考えでしたら、ぜひこちらからお気軽にご相談ください。

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筆者紹介

坂井啓宏

株式会社アタックス・ビジネス・コンサルティング 執行役員 坂井 啓宏
中堅中小企業の業績管理制度構築や事業計画策定等のコンサルティング業務に従事。中小企業再生ファンドの運営にも携わる。現在は、デューデリジェンスや計画策定等の企業再生支援、株式公開支援、買収監査や企業価値評価等のM&A支援を中心にプロジェクトマネージャーとして活躍中。

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