中小製造業のモデル企業

経営

営利を目的にした企業が、「ここまでやるのか…」と、驚嘆するような企業があります。

その企業は、東海バネ工業といいます。本社は、大阪市内、主力工場は兵庫県豊岡市、社員数は現在86名です。同社の主事業は、社名のとおり各種バネの製造です。

こういうと、読者の方々は「何だ、どこにでもあるバネ屋…」かと思われそうですが、同社の実態はかなり異なります。

その特徴を3点ほど上げると、第1点は、生産ロットの違いです。

一般的にバネ工場は量産物、少なくても二桁程度の数量なのですが、同社の製品は、そんな数の多いものは1つもありません。大半はわずか1個、多くても5個程度です。

多品種少量生産という言葉はよく聞きますが、同社は、多品種微量生産工場ということになります。加えて言えば、製品の大半は、高度の技術を必要とする、例えば、スカイツリーのバネや人工衛星の制御に使うバネなのです。

第2点は、同社は単に多品種微量生産工場ではなく、その商品の大半は同社が企画・開発したバネという点です。

ですから、顧客からの注文は、制作図面が来るのではなく「こんな機能のバネが欲しい…」だけで、そこから同社の技術陣のチャレンジがスタートするのです。

そして、第3点は、第1・第2の特徴にも大いに関係しますが、同社は、その商品の「値決め権」を持っている点です。

これまた一般的には、「いくらで作ってください…」とか「予算はこれだけしかありませんので…」と暗に、指値のような単価で発注されます。

しかしながら、同社には、こうした発注はほぼゼロです。

それは、同社では「いくらで作って欲しい…」等といった注文や、「他社との競争見積もり的注文」は、基本的には断っているからです。

中には、見積もり要請の企業もありますが、同社では「やってみなければわかりません…」と見積すらしないケースもあります。

それでいて、受注は途切れたことはありません。いかに優れた経営が行われているかということが良くわかります。

とはいえ、こうした経営は創業当初から確立していたわけではありません。

それどころか、創業者の時代は、バネの多品種少量生産工場とは言え、他社との競争見積もりの商品が大半でした。

その結果もあり、業績は低収益であり、受注も月により大きくブレる経営でした。

こうした経営を見事に変えたのが、2代目社長となった渡辺良機氏でした。

渡辺氏は、創業家の親族でも、新卒で入社した社員でもありませんでした。

たまたま、創業家に後継者がおらず、また社員の中にも、それを志す人もいなかったので、遠縁の他社にサラリーマンとして勤務していた渡辺氏に白羽の矢が立ったのでした。

渡辺氏は文系出身でしたが、創業者は職人集団をまとめ経営をするには、職人の理解と協力が必要不可欠と考え、入社数年間は個性の強い職人集団の中に放り込みました。

今でいう、いじめのような出来事も多々ありましたが、渡辺氏はめげず、努力し、ついには、ベテランバネ職人からも、一目置かれるようなバネ職人となりました。

それ以来、他のバネ職人は、渡辺氏を「この人ならついていってもいい…」となりました。

その後、渡辺氏は、営業や総務等も経験し、東海バネ工業の全てが、誰よりも詳しいリーダーとなったのです。

職人をはじめとした全社員の信頼を得た渡辺氏は、何としても、彼ら・彼女らの待遇改善をするとともに、夢と希望に満ち溢れた、働きがいのある・働きやすい企業づくりをせねばと心に誓うのでした。

そのために考えたビジネスモデルが、上述した現在の経営だったのです。

余談になりますが、渡辺氏は、株を東海バネ工業の全社員に譲るとともに、中途入社とはいえ、渡辺氏が絶大な信頼をする夏目直一氏に社長職を譲り、今は一株も持たない、「顧問」として、遠くから東海バネ工業と、そのリーダーである夏目社長を見守ってくれています。

こういう経営者・こういう企業が増加すれば、我が国は間違いなく再生するのですが…

 
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筆者紹介

坂本光司

アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長  坂本 光司(さかもとこうじ)
1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。

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