10月を迎え、今年も残り3か月となりました。
事業承継をご検討中のオーナー経営者の皆様にとって、このタイミングで確認しておきたいのが、「特例承継計画」の提出期限です。
令和8年度税制改正により、特例承継計画の提出期限は再延長されました。今回の延長により、事業承継に向けて一定の検討時間が確保されたことになります。
ただし、これは単なる「猶予」と捉えるべきものではありません。
令和8年10月時点から、贈与・相続の適用期限である令和9年12月31日までを数えると、残された期間は約15か月です。
この限られた期間をどのように使うかによって、自社株の承継だけでなく、経営そのものの承継の質も大きく変わってきます。
なお、本稿で取り上げるのは、非上場会社の株式承継に適用される「法人版事業承継税制」です。
延長されても油断は禁物、使える時間は決して多くない
法人版事業承継税制の特例措置は、自社株承継に伴う贈与税・相続税について、対象株式の全てにつき100%の納税猶予を受けることができる制度です。
一方、一般措置では、対象となる株式は発行済議決権株式総数の3分の2まで、相続税の猶予割合も80%にとどまります。
そのため、特例措置を活用できるかどうかによって、税負担や資金面への影響は大きく異なります。
例えば、自社株評価額が10億円規模のオーナー企業であれば、特例措置の活用により、数億円規模におよぶ納税資金の準備負担を大きく軽減できる可能性があります。
このように、事業承継における資金面への影響は決して小さくありません。
しかし、ここで注意したいのが「期限」です。
特例承継計画の提出期限は、令和9年9月30日まで延長された一方で、贈与・相続の適用期限は令和9年12月31日のまま据え置かれています。
つまり、計画提出の期限は延びても、実際に事業承継を完了させるための最終ラインは変わっていません。
「まだ先」では遅い、実務で見る承継準備のタイムリミット
「期限が延びたなら、まだ余裕がある」と感じられるかもしれません。しかし、実務のスケジュールを考えると、決してそう単純ではありません。
仮に令和9年9月末ぎりぎりで特例承継計画を提出した場合、その後の3か月で贈与または相続を完了させる必要があります。
その間には、以下のようなさまざまな準備が必要となります。
- 自社株の評価
- 承継スキームの検討
- 必要に応じた組織再編
- 贈与契約書などの書類整備
- 認定申請
- 税務申告への対応
これらを短期間ですべて進めるのは、決して容易ではありません。
そのため、逆算して考えると、遅くとも令和9年春頃までには、事業承継の基本方針を固めておくことが望ましいと考えられます。
税理士や税務顧問と連携し、月次決算をベースに株価の動向を把握しながら、「誰に」「いつ」「どのような方法で」承継するのかを、早い段階から具体化していくことが重要です。
「株だけ承継」の落とし穴、税金対策だけでは会社は引き継げない
事業承継のご相談では、どうしても「株価は下げられるか」「どこまで納税額を抑えられるか」といった税務面に議論が寄りやすくなります。
もちろん、税負担を抑えることは重要です。事業承継において、税務面の検討は欠かせません。
ただ、本当に大切なのは、株式を動かすことそのものではありません。
その先にある、会社・家族・後継者の未来をどう描くかです。
事業承継や財産承継は、本来「株式」だけの問題ではなく、家族関係と経営体制を同時に整えていくプロセスだからです。
どれほど税務上優れたスキームであっても、
- 家族や親族内の合意形成が十分でない
- 創業者の理念や取引先との関係の引継ぎが曖昧
- 幹部との関係調整ができていない
- 後継者の育成が追いついていない
といった状態で承継を進めれば、承継後にさまざまなひずみが生じる可能性があります。
税務の最適解と、家族にとっての納得解、そして経営上の最適解は、必ずしも一致しません。
ここに、事業承継の難しさがあります。
さらに、法人版事業承継税制は、認定を受ければ終わりという制度ではありません。その後も、一定の要件を満たしているか、取消事由に該当しないかを継続的に確認していく必要があります。
本制度は、事業の継続や雇用の維持を支援する制度であるため、今後、会社規模の縮小や事業の見直しが見込まれる場合には、特例措置ありきで進めるのではなく、別の承継方法も含めて慎重に検討することが重要です。
残された時間で、何を引き継ぐか

自社株承継や財産承継は、一度の手続きで完結する「点」の作業ではありません。
会社の未来、家族の関係、そして後継者の成長までを含めて、時間をかけて取り組む「線」の活動です。
今回の特例承継計画の再延長も、単に「期限が延びた」と捉えるのではなく、承継の質を高めるための準備期間として活用することが大切です。
今年の秋から整理を始め、年内に方向性を定め、来春から具体的に動き始める。
そのくらいのスピード感で、今から少しずつ準備を始めてみてはいかがでしょうか。
残された期間で考えたいのは、「何を引き継ぐか」だけではありません。
株式、財産、経営、そして創業者の想い。
次の世代に何を残し、どのような未来を託すのか。
そこまで見据えることが、これからの事業承継に求められています。
事業承継税制を活用すべきかどうかというご相談を含め、事業承継・財産承継・自社株承継についてお悩みの際は、どうぞこちらからお気軽にご相談ください。
筆者紹介

- アタックス税理士法人 社員 税理士 松田 亜子
- 南山大学経済学部卒業。南山大学大学院修了後、2013年アタックス税理士法人入社。同年税理士登録。前職で中小企業の税務顧問業務に従事し、アタックスではその基盤に加え、法人の資本政策(事業承継対策、組織再編など)、法人オーナーの資産税対策(財産対策、相続対策など)の業務にも多く携わっている。お客様の悩みや課題に真摯に向き合い、「社長の最良の相談相手」として、お客様にとっての最良の課題解決を図るべく業務に従事している。

