はじめに
2025年3月31日に、経済産業省において「ファミリービジネスのガバナンスの在り方に関する研究会」が開かれました。
本研究会では、日本に多く存在する「ファミリービジネス」が一層の成長を実現するためには、「コーポレートガバナンス」のみならず、「ファミリーガバナンス」の構築が重要であるという認識のもと、どのようなファミリーガバナンスが規範的であるか、ということが議論されています。
「ガバナンス」と聞くと、「コーポレートガバナンス」を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
日本では、特に2013年以降、「攻めのガバナンス」をキーワードとして、コーポレートガバナンス改革が推進されてきたため、ニュースや新聞でこの言葉を目にする機会も多かったことと思います。
ファミリーガバナンスとは
では、「ファミリーガバナンス」とは一体どのようなものなのでしょうか?
それは、「家族が所有する大切な資産や事業を、世代を超えて円滑に承継し、家族間の調和を保ちながら、持続的に発展させていくための仕組みや取り決め」を意味します。
- 家族間の争いを未然に防ぎたい
- 築き上げた資産や事業を、次の世代にきちんと引き継ぎたい
- 家族の絆や、大切にしてきた価値観を未来へ繋ぎたい
ファミリーガバナンスは、こうした家族の願いを実現するための、現代的なアプローチです。
「ファミリーガバナンス」は、どのような家族、どのような家庭にとっても大切なものですが、特に日本に多く存在するファミリービジネス(明確な定義はありませんが、いわゆる同族企業やオーナー企業と同義と捉えて差支えありません)において、その重要性が一層際立ちます。
日本の企業の9割以上がファミリービジネスと言われ、中には数百年続く老舗企業も少なくありません。その繁栄の秘訣の一つが、このファミリーガバナンスにあるとも言えるでしょう。
日本に古くからある「家訓」や「家憲」に通じる知恵
この「ファミリーガバナンス」という考え方ですが、私たち日本人には、昔から似たような概念が根付いていました。
それが、「家訓(かくん)」や「家憲(かけん)」と言われるものです。
江戸時代から続く老舗の商家や、由緒ある武家には、必ずと言って良いほど「家訓」や「家憲」が存在しましたが、これらは単なる訓示ではありません。
例えば、近江商人である中村治兵衛は、「我子に渡すまでわずか三十年が一生なり、一切を大事にして我子へ無事堅固にして可被渡候、わずかの内の手代ばんとうすると思い、大切に可被致者也」という言葉を遺しています。
この言葉が意味するのは、「自分の一生は、身代をわが子に渡すまでの30年であり、親から譲り受けた財産を大切に守り、 自分の子供達に無事に引き継ぐべきものである。たった30年間の手代や番頭としての役割を果たすつもりで、家業に努め財産を大切にすべきである」というものです。
これはまさに、ファミリービジネスが永続的に繁栄するための「経営哲学」であり、現代の言葉で言えば「スチュワードシップ(預かり責任)」の精神そのものです。
「先祖から受け継いだ大切なものを、次の世代へ無事に引き継ぐ責任を果たす」という、深い知恵が込められています。
三井家や住友家といった、現代まで続く日本の名だたる企業グループも、その源流には「家憲」や「家訓」が存在し、それが現代の経営にも脈々と受け継がれています。
「ファミリーガバナンス」とは、この日本の伝統的な「家訓」や「家憲」の精神を、現代の複雑な社会状況に合わせて再構築し、より実践的な形にしたものであると言えます。
ファミリーガバナンスのための取り組み
「ファミリービジネスのガバナンスの在り方に関する研究会」では、取り組み例として、ファミリー評議会、ファミリー憲章、ファミリーオフィスが挙げられています。
家族が定期的に集まり、家族に関する様々な事柄について話し合い、協力して意思決定を行うための、構造化された会議
ファミリー憲章
現代版の「家訓」として、家族の理念、資産運用方針、事業への関わり方、紛争解決ルールなどを明文化
ファミリーオフィス
家族の資産管理、税務、法務、慈善活動などを専門的にサポートする体制を構築
これらの取り組みは、単なる「ルール作り」に留まりません。その根底にあるのは、家族間のオープンな対話と、何よりも大切な信頼関係の構築です。
家族が一丸となって未来を築くための、大切な土台となるものです。
なぜ今、ファミリーガバナンスが必要なのか
では、なぜ今、これほどまでにファミリーガバナンスが注目されているのでしょうか?
残念ながら、「争族」という言葉を耳にする機会も増え、家族間の争いが深刻化するケースも少なくありません。また、中小企業では事業承継の課題に直面しているケースが増えています。
事業承継においては、目に見える資産だけでなく、長年培ってきた信頼関係、企業文化、ノウハウ、そして家族の絆といった「目に見えない資産」も次世代へしっかりと承継していく必要があります。
こうした現代の複雑な課題に対応するためには、「ファミリーガバナンス」という考え方が、ますます重要視されているのです。
さいごに
「ファミリーガバナンス」と聞くと、少し堅苦しく感じるかもしれません。
しかし、それは「家族のルール」や「家訓」のように、皆さんのご家庭で昔から大切にされてきた考え方に通ずるものだと気づくと、もっと身近に感じていただけるのではないでしょうか。
大切なルールや思いは、ぜひ次の世代にも繋いでいきたいものです。そのための仕組みが、「ファミリーガバナンス」なのです。
今回の内容が、皆さんのビジネスにおける「ファミリーガバナンス」について考えるきっかけになれば幸いです。
筆者紹介
- アタックス税理士法人 社員 税理士 有賀 雄一
- 名古屋市立大学卒業後、金融機関、個人会計事務所勤務を経て、2013年アタックス税理士法人入社。主に中小企業から中堅企業の税務顧問を担当し、組織再編支援や相続対策、事業承継対策支援まで幅広く対応する総合的な税務コンサルタント。誠実な対応を心がけ、どんなことでも相談できる関係づくりを心掛けている。