中国の経営者や学者などが参加した「日本の優良企業視察団」のお世話をすることが時々あります。お世話の内容は、訪問調査する企業の選定やアドバイスと講義です。
かねてより、こうした視察団は多かったのですが、近年は様変わりしてきているように思います。
かつては、彼らが希望する視察先は、日本を代表する自動車会社やエレクトロニクス会社、あるいは全国チェーンの流通産業等が大半でした。
また、彼らに講演をする講師も、私のような中小企業の専門家ではなく、大企業の経営学、とりわけ、その経営戦略論や経営管理論を専門とする、理論経営学者が大半でした。
ところが、近年では、そうしたニーズが激減し、逆に、私が専門とする中小企業、とりわけ、「人を大切にする経営学」や「5方良しの経営学」を学びたいという人々が増加しているのです。
15年ほど前に、数冊ですが、私の本が中国語に翻訳されたり、中国企業向けの本も執筆したことがありますが、それでも、その反響はいまいちでした。
ですから、なぜ近年になって、多くの中国人経営者が、日本の「人を大切にする真っ当な中小企業」に強い関心があるのかが、最初はよくわかりませんでした。
いつぞや、率直に視察団の団長である中国人経営者に質問をしたのです。「なぜ著名な大企業ではなく、中小企業なのですか…」「なぜ著名な経営学者ではなく、私なのですか…」と。
すると、中国人の経営者は、はっきりと、次のように言ったのです。
「これまで、日本に追いつき・追い越せで、日本の巨大企業・著名企業や、大企業の管理的経営学を研究している学者から多くのことを学んできました。
ある時代までは、それなりの効果はあったと思います。しかしながら、今はもう十分です。
日本の巨大・著名企業の経営学や、それを先導した理論経営学者の経営学を、これ以上学び・自社に導入すれば、逆に離職者は増大し、企業の中に冷たいギスギスしたような空気が流れ、企業経営がうまく回らなくなってしまうことがわかってきたからです…」
「私たちが学びたいのは、日本の大企業が実践している経営学ではなく、ブレず人を大切にする経営を実践している中小企業なのです。
そして、聞きたいのは、そうした経営学を研究・普及されている先生の話なのです…。失礼な言葉かもしれませんが、今や日本の巨大企業・著名企業から学べることはほとんどありません…」と。
より、驚くのは、毎回20名から30名の経営者が来日するのですが、その学ぶ姿勢や質問内容です。
日本の講演会場では、日常的に見られる光景である居眠りをしたり、中座をするような方は、ほとんどおらず、熱心にメモを取っているのです。
しかも、質問も重箱の隅を突つくような内容ではなく、問題の核心に迫るような内容なのです。
より驚くのは、終了後の感想文の内容です。参加した経営者の大半が、
「自分がやっている経営は間違っていなかった。今日はそのことが確認できました…」とか
「社員のためにやるべき新しいヒントをたくさん教えていただきました。会社に帰ったら、社員と相談をし、やってみようと思いました…」
等と書いてあるのです。
このように、中国だけでなく海外でも、私たちがかねてより提唱している「人を大切にする経営」「5方良しの経営」を実践する企業がどんどん増加しているのです。
残念なのは、その発祥の国である「日本企業」の実態です。
依然、目的と手段を勘違いした企業や経営者が多いのです。相も変わらず、赤字リストラどころか、将来に備えてなどと訳の分からないことをいいながら「黒字リストラ」等をする企業も少なからず散見できるのです。
こうした経営が平然と行われる要因は多々ありますが、その1つは、全てとは言いませんが、経営学教育、その根拠でもある経営学用語事典(辞典)の用語解説の誤解・間違いであると思います。
例えば、代表的な事典では「人件費」とは、企業経営における最大のコスト・費用であるとか、「利益率」は高ければ高いほど良いとか「社長とは」その企業の最高権威者等説明されているのです。
こうした解釈に基づく経営では、到底、人は幸せを実感できないと思います。
こうした中、私たち一般社団法人人を大切にする経営学会では、2年の歳月をかけ、135名の学会員が参画し、まさに本邦初の『人を大切にする経営学用語事典』を編纂し、北海道の共同文化社さんから出版させていただきました。
この事典では「人件費」とは、「社員とその家族を幸せにするための、必要不可欠な支出であり、企業経営の目的そのものである」としました。
また、「利益率」については、「利益率よりはるか重要なことは、社員の人件費や、社員とその家族に対する福利厚生費の適正支出である。それゆえ、利益率はほどほどが良い」としました。
さらに、「社長とは」については、「社長という名の仕事をする社員のことをいう」としました。
本事典では、こうした用語解説が1000項目示されています。
多くの企業がこの事典通りの経営を行ったならば、日本の未来は明るいと思いますが、「他人事」「奇麗ごと」と考え、行動しない人が多数派ならば日本の未来は暗いと思います。
是非、人を大切にする経営学用語事典を手に取っていただきたいと思います。
アタックスグループでは、1社でも多くの「強くて愛される会社」を増やすことを目指し、毎月、優良企業の視察ツアーを開催しています。
視察ツアーの詳細は、こちらをご覧ください。
筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。