ファミリー企業の経営者と事業承継のお話をすると、「理屈では分かっているが、決めきれない」という言葉をよく耳にします。
自社株や相続税の試算まではできても、後継者や家族の話になると、判断が止まってしまうのです。
これは決して珍しいことではありません。事業承継は、数字だけでは割り切れないテーマだからです。
SEW理論について
ファミリー企業の意思決定を理解する考え方として、社会情緒的資産理論(SEW理論)があります。
SEW理論そのものについては、筆者が以前に執筆した「ファミリー企業が長期存続する理由~SEW理論とは何か?」で詳しく解説しています。
まずはそちらをご覧いただくと理解しやすいと思います。
本コラムでは、このSEW理論を前提として、事業承継・財産承継の場面においてどのように考えると整理しやすくなるのかについてお話しします。
事業承継と財産承継は別の問題である
事業承継は「会社を誰に任せるか」という経営の問題です。一方、財産承継は「個人の財産をどう分けるか」という家族の問題です。
この二つを同時に解決しようとすると、「会社は後継者に任せたいが、財産は平等に分けたい」という矛盾が生じ、話が進まなくなります。
特にファミリー企業の株式承継については、これら2つの想いが入り組むため、より複雑になります。
なぜ決めきれないのか
SEW理論では、経営者は「一族=会社」であるとの認識のもと、利益や節税といった財務的な価値だけでなく、「一族で会社を守りたい」「次の世代につなぎたい」「社会の評判を落としたくない」といった非財務的な価値を重視して意思決定をすると説明しています。
事業承継で決めきれないのは、これらの価値が無意識のうちに影響しているからです。
ファミリー企業にとって、会社は単なる投資対象ではなく、一族の歴史や象徴でもあります。
そのため、多少非効率に見えても「一族でのコントロールを維持したい」「一族の後継者に会社を託したい」と考えるのは、ファミリー企業にとっては合理的な判断なのです。
うまくいった事例
経営権を後継者に集中させるために財産を整理した事例です。
この事例では、株の承継にあたって、どこまでを一族として捉えるかが重要でした。会社には、後継者である長男のほかに、姉と弟の二人も働いていました。
父である社長も、姉も弟も、長男が後継者であることに全く異論はありませんでした。
社長は、兄弟姉妹全員が仲良くやっていってほしいという想いを抱きながらも、会社は後継者一人に継がせる決断をしました。
つまり、未来の会社のあるべき姿を描いた結果、経営権を集中させるために、株の全てを後継者に持たせることにしたのです。
ただし、財産については、兄弟姉妹平等にしたいと考えました。
そこでとった方法は、次の二つです。
- 承継コストがかさんだとしても、株は生前に後継者に売却する
- 社長の財産は全て現金化する
後継者は決意の表れとして、自らの資金で株を買い取りました。
社長に相続が発生したときは、財産は現金のみとなっているため、兄弟姉妹でどのようにでも分けることができます。
また、現金のみであるため、財産額を超える相続税が発生することもありません。さらに、相続した現金から相続税を支払うことも可能です。
事前の整理には承継コストがかかりましたが、一族にとっては最善の判断となりました。
よくある失敗事例
反対に、よくある失敗は、事業承継と財産承継、そして経営者が大切にしている価値を整理しないまま進めてしまうことです。
自社株を分散させてしまったり、税金対策を優先しすぎて納得感のない形になったりすると承継後に問題が表面化します。
最終的には親族間の争いに発展し、収集がつかない状況になる事例は、枚挙にいとまがありません。
最後に

税理士は税金の専門家ですが、事業承継の場面では、経営者の考えや価値観を整理する役割も重要になります。
SEW理論は、「なぜ迷っているのか」「何を守りたいのか」を整理するための一つの考え方です。
事業承継や財産承継に、唯一の正解はありません。大切なのは、会社と家族にとって納得できる形を見つけることです。
判断に迷われたときは、一度立ち止まり、考えを整理するところから始めてみてはいかがでしょうか。
アタックス税理士法人では、事業承継、相続対策に関するご相談を承っております。
会社の将来やご家族のことを含め、経営者の皆様が抱えるさまざまなお悩みやご希望を丁寧にお伺いし、最適な方法をご一緒に考えてまいります。
関心のある方はこちらからお気軽にお問い合わせください。
筆者紹介

- アタックスグループ パートナー アタックス税理士法人 代表社員 税理士 青木 規朗
- 中小企業から上場企業まで幅広い法人税務顧問を担当する傍ら、個人資産家や企業オーナー等への資産税業務に従事。特に組織再編を含めた自社株承継対策や相続対策など財産コンサルティングを得意とする。 税法にとらわれない顧客の立場に立った課題解決をモットーとしている。


