皆様の会社に対して定期的に実施される「税務調査」、特に近年その重要性が高まっている「国際税務調査」について、「自社としてどのような備えが必要か」「どのような点に留意すべきか」といった視点から、皆様に分かりやすくご説明させていただきます。
国税庁が明かす「国際税務調査」の衝撃的な実態
国税庁が毎年11月に公表している「税務調査実績」の中でも、昨年発表された「令和5事務年度」のデータは、国際税務が特定の大企業のみの問題ではなく、幅広い企業にとって軽視できない重要なテーマとなっていることを示しています。
まず、法人税の分野においては、海外取引を行う企業に対する実地調査が3,668件実施され、そのうち約3割にあたる993件で、税務上の誤りが指摘されました。
把握された申告漏れ所得金額は1,877億5百万円を超え、前年比で22.1%もの増加を記録しました。
この数字は、国税庁が国際税務の分野に注力し、着実に成果を上げていることを如実に物語っています。
さらに、源泉所得税の分野においても、非居住者や外国法人への支払いに関する調査で、713件もの課税漏れが指摘され、27億8千3百万円の追徴課税が行われました。
これらの取引は、海外への送金や人的役務提供の対価など、多くの企業にとって日常的に発生し得るものです。
国税庁は、「国外送金等調書」や「租税条約に基づく情報交換制度」を積極的に活用し、より深度ある調査に取り組んでいると明言しています。
これらの数字が示しているのは、「国際税務はもはや一部の大企業だけに関係する話ではない」という現実です。
来月発表予定の「令和6事務年度」の実績においても、この傾向は変わらないと予測されており、国税庁は今後も海外取引に対する深度ある調査を継続する方針です。
今現在、海外子会社との取引を含め、何らかの形で海外と関わりを持っている企業であれば、これらのデータは単なる統計ではなく、「警告」として受け止める必要があると言えるでしょう。
「国際税務?うちは関係ない」本当にそう言い切れますか?
現在、税務当局は国際税務に関する調査を一層強化しており、企業には「実務対応力」が求められる時代に突入しています。
万が一、調査で指摘を受ければ、多額の追徴課税や企業としての信頼失墜といった重大なリスクに繋がります。
こうしたリスクに対しては、「顧問税理士任せ」ではなく、自社と顧問税理士が一体となって取り組む姿勢が求められます。
本稿では、国際税務における主な留意点を整理しましたので、ぜひ、自社のリスク管理体制の見直し・強化にお役立てください。
税務調査は「事前準備依頼」からもう始まっている!
税務調査が始まる前に、税務署や国税局から自社宛てに、「調査事前準備依頼」という文書が送付されます。
この文書には、調査前に準備していただきたい資料の一覧が記載されており、調査初日までにこれらの準備を完了することが求められます。
この「調査事前準備依頼」は、単なる資料リストではありません。
むしろ、調査官が「何に疑問を持っているのか」「どこにリスクがあると見ているのか」といった、調査の「狙い」を読み解くための非常に重要なメッセージなのです。
このメッセージを正確に理解し、先手を打つことが、調査を有利に進める鍵となります。
単に資料を集めるだけでなく、その背景にあるリスクを察知し、調査官の疑問点を先回りして解消できる対策を、顧問税理士と連携して事前に講じておく必要があります。
つまり、税務調査はこの「事前準備依頼」を受け取った時点で、すでに始まっていると言っても過言ではありません。
この段階でどれだけ適切に準備できるかが重要です。
ここが狙われる!海外取引の5つのチェックポイント
ここからは、特に国際税務調査で重点的にチェックされる「海外取引に関する資料」に焦点を当て、それぞれの資料がなぜ重要なのか、また自社がどのような点に着目し、日頃から資料を管理・準備しておくべきかについて、詳しく解説します。
出向者に関する一覧表
海外子会社を持つ企業では、人材の出向はよくあることです。
調査官は、この「出向者リスト」を確認し、特に「較差補填金」(日本と海外の給与差額補填)の取り扱いについて、厳しくチェックします。
自社で確認すべき着眼点
賞与部分の負担:
基本給は海外子会社が負担し、賞与部分のみを日本法人が負担しているケースは特に注意が必要です。このような場合、税務上「国外関連者への寄附金」と指摘されるリスクが高いため、支払いの根拠を明確にしておくことが求められます。
また、契約書や議事録などの書面で支払い根拠を示すことが重要です。
出向契約書
出向者リストと並び、その内容を裏付ける「出向契約書」は非常に重要です。
自社で確認すべき着眼点
源泉徴収の漏れ:
出向者が「日本非居住者」(通常は海外滞在1年以上)の場合であっても、日本法人から受け取る賞与などに対し源泉徴収がされていないケースが指摘されやすいです。契約内容をしっかりと精査し、源泉徴収の要否を確実に確認することが重要です。
海外出張規定・出張報告書
海外出張が単なる訪問ではなく、海外子会社への「役務提供」を伴う場合には、問題視されることがあります。
自社で確認すべき着眼点
役務提供と対価:
日本の従業員が海外子会社の業務を支援した場合、通常は対価が発生すべきです。「対価なし」で処理していると、「国外関連者への寄附金」と認定される可能性があります。
出張報告書:
報告書には、現地での具体的な業務内容、成果、海外子会社への貢献度を詳細に明記し、調査官に対して適切に説明できるようにしましょう。
また、旅費の負担割合についても確認が必要です。
海外送金資料
海外への送金は、税務当局が特に注目する取引の一つです。
特に「ロイヤルティ支払」など、無形資産の使用料に関する送金は、注意が必要です。
自社で確認すべき着眼点
源泉所得税の徴収漏れ:
ロイヤルティ支払では、源泉所得税の徴収漏れが典型的な指摘事項です。
租税条約の適用を誤解していないか、また要件を満たしているかを必ず確認してください。
税務署は把握済み:
銀行を通じた海外送金の情報は、税務署に自動的に通報されています。そのため、調査官はすでにこれらの情報を把握しているものと想定し、対応する必要があります。
送金の目的や受取人について、明確に説明できるよう、資料を整理しておきましょう。
海外子会社との契約書
親会社と海外子会社との取引(親子間取引)で、「契約がない」「口頭で処理している」といったケースは非常に危険です。
自社で確認すべき着眼点
取引の適正性:
契約書がない場合、取引金額や内容の適正性が証明しにくく、「国外関連者寄附金」などとして指摘されるリスクが高まります。
書面契約の徹底:
ロイヤルティ契約、業務委託契約、役務提供契約など、重要な取引については、必ず書面による契約書を締結し、内容を明確にしておく必要がありますので、請求書との照合も定期的に行いましょう。
国際税務は、もう「標準装備」の時代です

国際税務調査に対する備えは、もはや企業にとって「標準装備」の時代に入りました。国際税務は、もはや一部の特殊な分野ではなく、自社の事業活動に密接に関わる、極めて重要な要素となっています。
そのためには、日々の取引から税務リスクを常に意識し、適切な資料作成と管理を行うことが重要です。
そして何よりも、国際税務に精通した顧問税理士と密に連携し、積極的に情報共有を行うことが不可欠です。
今からでも決して遅くはありません。まずは、自社の国際税務の全体像を把握し、個別取引に即した実務対応力の強化に取り組んでください。
そして、顧問税理士と密に連携し、万全の体制で税務調査に臨みましょう。このような備えこそが、自社の事業の安定と、税務リスク対策を確実なものにするでしょう。
ご不明な点やご相談がございましたら、いつでもお気軽に、アタックス税理士法人 国際部までお声がけください。
筆者紹介

- アタックス税理士法人 社員 税理士 永持 祐司
- 税務顧問から個人資産家や法人オーナーの資産税業務を含めた財産コンサルティングに従事。組織再編を活用した事業承継、財産承継コンサルティングの業務を中心にオールラウンダーなプロジェクトマネージャーとして活躍中。国際税務では、クロスボーダー取引、東南アジアを中心とした税務対応や海外を活用したタックスプランニングなどの実績がある。現在、アタックス税理士法人国際部副部長として活動中。
