障がいのある社員が中核となり運営する障がい者つくし厚生会

経営

福岡県大野城市に、株式会社障がい者つくし更生会という、ユニークな社名の中小企業があります。

場所は、博多駅から電車で30分ほど走ったところです。

同社の主事業は、市から委託を受けた一般廃棄物のリサイクル施設の管理運営事業です。

同社の最大の特徴は、社名からもお分かりのとおり、障がいのある社員が中核となり運営されているという点です。

同社の現在の社員数は37名ですが、そのうちの32名が障がいのある社員さんなのです。

障がいの種別も、身体障がい者・知的障がい者、そして精神障がい者が在籍しており、しかも、そのうち5名が重度障がいのある社員さんなのです。

衆知のように、障がい者雇用の法定雇用率は、重度障がい者の雇用に関しては2人として計算されるので、同社の法定雇用率は、何と100%になります。

現在の法定雇用率は2.3%、該当企業の平均は2.2%ですので、同社の雇用率は、ありえないレベルと言っても過言ではありません。

しかも、同社はNPO法人でも、社会福祉法人でも、さらには特例子会社でもなく、営利を目的にした株式会社という組織形態なのです。

私もこれまで、障がい者雇用企業を多くみていますが、おそらく雇用率日本一の企業であると思います。

より驚かされるのは、障がいの有無にかかわらず、大半の社員は正社員として雇用され、定年までの雇用が保証されていることや、賃金のレベルです。

多くの企業においては、障がい者、とりわけ重度障がい者の雇用の場合は、最低賃金レベルであり、なかには、その最低賃金ですら、除外申請をしている企業が多くあります。

しかしながら、同社では、最低賃金の除外申請をしている社員は一人もいないどころか、他社の健常者の社員がうらやむような賃金を支払っているのです。

もとより、「かわいそうだ…」等と言って、設置者である行政が下駄をはかせたり、特別扱いをしているわけではありません。

それどころか、毎年毎年、この事業の運営主体は、あまねく公募されているのです。
にもかかわらず、同社がすでに20年以上、連続し運営しているのです。

では、なぜそれが可能なのでしょうか。それは、創業者の強い思いが脈々と、健常者・障がい者を問わず、今日まで浸透しているからだと思われます。

加えて言えば、一人ひとりの障がいを「個性」と捉え、全社員一体となっての事業運営が継続されているからと思います。

多くの企業では、社員の総力どころか、まるで引き算のような組織運営の所もありますが、同社は掛け算のような組織運営なのです。

私が、同社を知ったきっかけは、今から10年ほど前になりますが、私のもとに来た1通のメールでした。

内容は、

今年の春、当社の創業者である小早川が米寿を迎えます。

創業者は、太平洋戦争でシベリアに抑留され、戦後しばらくして祖国に帰還しました。「もう一度祖国に帰りたい・祖国で待ってくれている母親に会いたい…」という思いが、誰よりも強かったようで、内臓もほとんどない満身創痍の体での帰還でした。帰還した時は、唯一の身寄りである母親は、すでに天国に召されていて、自分自身も満身創痍の障がい者であったがゆえ、雇ってくれる企業もなく、大変なご苦労をされました。

しかし、創業者はめげず、自分と同じように苦しむ、働きたい障がい者のために、今日の「障がい者つくし更生会」という名の企業を立ち上げました。

私たち社員全員、創業者に感謝しても感謝しきれないような立派な方です。今、社員皆で創業者の、米寿のお祝いを考えているのですが、坂本先生に来社していただき、創業者である小早川にお会いいただき、労をねぎらっていただくのが最大のプレゼントになると皆で考えました。その理由は、創業者は、坂本先生の著作物が好きで、既に何冊も読んでおり、「この先生に死ぬまでに一度でもいいから会いたいな~」と、口癖のように言っているからです。静岡からは遠い大野城市ですが、どうか来て、創業者を褒めてあげてください…

といった内容でした。

私は、メールをいただき、直ぐに同社のホームページをみさせていただきましたが、正直驚愕させられました。

創業者である小早川さんには、一日でも早くお会いしたほうがいいと思い、メールをいただいてから、およそ1か月後、日程を調整し、羽田空港から福岡空港に飛び、電車を乗り継ぎ、同社を訪問させていただきました。

会社の応接間に通されると、車いすに座った、瘦せ衰えた小早川さんは、緊張したお顔で、すでに待っていてくれました。

私を見ると、よろよろしながら、車いすから立ち上がろうとしました。

私は、それを制し、新しい本をプレゼントしながら「小早川さんの活動は立派です。小早川さんの苦労と努力で、多くの人々が幸せな生活を送っています…。国家・国民を代表してお礼申し上げます…」と、お礼の言葉をかけました。

小早川さんや私にメールをくださった社員の目からも、大粒の涙が流れていました。

それから1年後、小早川さんは眠るように天寿を全うされました。

余談になりますが、一般廃棄物のリサイクル事業分野では、事故率も全国最低レベルであるばかりか、その経営内容も、全国トップクラスの実績といいます.

読者の方々に、ぜひ一度訪問して欲しいと思います。

筆者紹介

坂本光司

アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長  坂本 光司(さかもとこうじ)
1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。

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