人と地域に優しい隂山建設

経営

東北新幹線の郡山駅から車で10分ほど走った場所に、2階建ての真っ白な建物があります。ここが「献血の隂山」とか「災害の隂山」といわれ、地域住民からも高い評価を受けている隂山建設株式会社の本社です。

主事業は、社名の通り、工場や学校、公共施設、さらにはマンション棟の建築物の設計・施工を行う、いわゆるゼネコンさんです。

同社の本社の建物も素敵ですが、より素敵なのは、会社の中に一歩入った時に感じる空気感です。それはまるで、我が家に帰ってきたかのような温かい独特の空気が流れているのです。

その理由は、これから少し述べますが、同社の経営の考え方・進め方から醸し出される空気感だと思います。

隂山建設には、既に何回も訪問させていただいていますが、最初に訪問した時、まず驚いたことは、本社の正面にある駐車場の広さです。その広さは1000坪といいます。

社員数は約50名、しかも社員の駐車場や建築資材の置き場も別の場所にありますから、どう考えても広すぎるのです。ですから、何回訪問しても駐車場はいつもガラガラなのです。

それには訳があるのです。その訳とは、1年に1回(1日~2日)ですが、同社の駐車場で世のため人のためになるイベントを開催するためだけなのです。

そのイベントとは「献血」です。約40年前の1984年から毎年8月の第一金曜日に、この広い駐車場で、想像を絶する規模の献血が行われているのです。

献血に来られる人は、年々増加し、今では1日の献血者が、何と1300人前後いるのです。このため、献血の当日は、福島県内にある8台全ての献血車が、同社の駐車場に集結するのです。

余談ですが、朝から夕方まで献血が続くのですが、1300人が限界で、これ以上は、献血車を増やすしかないのです。

同社の社員数は50名、それに家族や友人が来たとしても、せいぜい150人~200人程度と思われるので、どう考えても数字が合いません。それは、同社の仕入れ先や協力企業の社員やその家族、さらには、同社のお客様、地域住民、趣旨に賛同した心優しい人々が、献血のために、全国各地から、わざわざやってくるからです。

40年前、献血活動を始めたのは、同社の創業者の知人が、大量の稀有な血液の輸血が必要な手術が必要となり、社員や友人に呼びかけスタートした献血でした。

残念ながら合う血液が不足し、その方は亡くなってしまうのですが、「世の中には、様々な血液を必要としている人々がいるんだ…」と、以後、毎年継続し実施しているのです。

ちなみにスタートの年は、200人足らずでしたが、その後、賛同者も増え続け、今や1300人前後にも達しているのです。

驚くことは、献血日の前日は、全社員や協力企業の社員で、テント張りや、当日食べていただく食材の買い付け・調理、さらには、参加者全員へのプレゼント商品の購入・準備等をするのです。また翌日は、片付け等もありますので、3日間は、開店休業状態になります。

より驚くことは、それにかかる費用です。どう考えても、50万円や100万円ではないと思います。しかしながら、だれにも頼らず、蔭山建設が100%支出しているのです。

隂山社長は「世の中には困っている人々、助けを求めている人が大勢います。大したことはできませんが、そうした人々のお役に立ちたいのです…。お世話になった地域社会への恩返し・恩送りです」と笑っていいます。

隂山建設のすごさは、献血だけではありません。災害時においても、頭が下がる活動をしているのです。台風やゲリラ豪雨、あるいは地震等で、大きな被害を受け、助けを求めている地域や人々のところに、正に「お助け隊」のように出かけてくれるのです。

最近では遠い九州や中国地方・東北地方にも行ってくれました。もとより全社員が行くことはできませんが、毎回、社長を先頭に社員の1割が出かけているのです。隂山社長さんや社員が、泥だらけになりながらの仕事ぶりを見て、被災された方々は感激し涙を出しながら、深々とお礼を言うそうです。

同社がなぜ「献血の隂山」「災害の隂山」といわれ、なぜ同社が地域内外から、宝のようないい会社と言われる意味が、これだけでも十分、分かると思います。

同社が高く評される点は、こうした地域社会に優しい取り組みだけではありません。社員やその家族、協力企業やその家族に対する優しさも、傾注に値することばかりです。

多くを語ることはできませんので、社員とその家族に関することを、1つだけ紹介します。

それは、同社の「遺児年金制度」です。

10数年前、小さな子供と奥さんを残し、原因不明の突然死をした社員の家族の命と生活を守るために、全社員の総意で創設したものです。簡単にいえば、その子供が大学を卒業するまでの間、その教育費の一部を会社が支給するというものです。

先日、蔭山社長にお会いした時、胸が熱くなる良い話を聞きました。それは、その子供(A君)が高校2年生となり、いつもの通り、正月のお小遣いを届けに行った時の話でした。帰り際A君は、専門学校で建築のことも学び、卒業したら、「隂山建設で働きたい…」といったそうです。

話してくれた、心優しい隂山社長の目には涙が浮かんでいました。

 
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筆者紹介

坂本光司

アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長  坂本 光司(さかもとこうじ)
1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。

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