下町ロケットのモデルになる -福井経編興業株式会社

経営

西浦道明のメルマガ 2021年9月

2014年から、当メルマガでは自社独自の「池(市場)」を見つけ出し、その池の「クジラ(圧倒的なシェア・ナンバーワン)」となった結果、高収益を獲得・維持している中堅中小企業をご紹介している。

連載85回目の今回は、福井県福井市で、婦人・紳士外衣、スポーツ外衣など、経編生地製造を行う福井経編興業株式会社(以下、F社)の池クジラぶりを見ていきたい。

F社は、1944年、メリヤス製造会社として設立した。

ちなみに社名の経編(たてあみ)とは、整えられた経糸(たていと)を編み込む「編み方」のことである。

出来上がった生地は、伸縮性や機能性に優れ、応用範囲は広く、その用途はファション、ユニフォーム、インテリア、医療、産業資材など多岐に渡っている。

F社は、国内生産量の23%にあたるニット生地を生産する、国内最大級のニット生地メーカーである。

その技術力は高く評価され、ラグビーワールドカップ2019では日本代表フォワード用ユニフォームに生地が採用された。

また2015年出版の池井戸潤著『下町ロケット ガウディ計画』(小学館文庫)は、F社の「心・血管修復パッチ」を取材し、その開発は作中に登場する新技術のモチーフとされている。

F社が立地する福井県はもともと地場産業として繊維産業が発展していた。

しかし、県内繊維産業の出荷額は1990年代初頭の4995億円をピークに、安価な中国製品の台頭とインターネット通販の普及により、2010年には2306億円と半減した。

そうした業界環境の中、F社は、委託加工単独から脱却し、自社製品の製造販売を通して自社ブランドの確立を進めていった。

F社現社長の高木義秀氏(以下、T氏)は、業界の先行きに対する強い危機感から、国内にとどまらず世界への挑戦を試みていく。

その1つが、2010年9月世界最高峰のファッション素材見本市「プルミエール・ヴィジョン」に参加することだった。

そこに参加した日本企業は大企業中心にわずか28社であったが、T氏は「どうしたらこの世界最高峰の展示会でF社の技術のインパクトを残せるか」と、シルクの糸を編み込む技術を開発した。

シルクなどの天然繊維は切れやすく、ましてやそれをハードな機械で編み込むというのは、他に真似できない技術であり、F社は世界中から注目を集め、トップブランドのジャケットなどに採用された。

T氏は、これに留まらず、その技術をさらに生かすため、業界ではほとんど前例のなかった医療分野を新分野として選んだ。

2010年、社内に人工血管プロジェクトチームを立ち上げ、研究を重ね、100%絹製の直径6mm以下の人工血管を量産する技術を開発した。

これにより、これまでの人工血管素材では直径6mm以下になると血栓ができやすくなるという課題の解決にも、大きな貢献を果たした。

さらには、小児時に手術をしても、身体の成長とともに伸長するため再手術を行わなくてもよい可能性のある「心・血管臓修復パッチ」を、すでに技術的には完成させており、2022年の薬事申請を目指している。

こうした医療分野への進出という高難易度の業務に取り組むことにより、F社内にチャレンジ精神や向上心が醸成され、社員の意識を高めるとともに、採用面でも大きな効果をもたらした。

F社は、それまでは外部に発信できる魅力に乏しく、なかなか求人募集をしても集まらなかったが、これ以降、優秀な人財が続々と殺到する企業になった。

F社は、長年かけて培った「編み」の技術のトップランナーとして、今や衣料に留まらず医療分野にまで貢献する、経編業界(池)のクジラとなっている。

  
  
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筆者紹介

西浦道明

アタックスグループ 代表パートナー
公認会計士 税理士 西浦 道明(にしうらみちあき)
1981年、株式会社アタックスを創業。中堅中小企業の経営の専門家として「社長の最良の相談相手」をモットーにしている。
東京・名古屋・大阪・静岡・仙台を拠点に、中堅中小企業の総合的なご支援に力を注ぎ、約200名のコンサルタントとともに日本に「強くて愛される会社」を一社でも多く増やすために汗をかく。
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