現在、経済産業省では「ファミリーガバナンス・ガイダンス(仮称)」の策定に向けた議論が進んでいます。
※参考:経済産業省「第3回ファミリービジネスのガバナンスの在り方に関する研究会」
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/family_business/003.html
ガイダンスでは、日本企業の9割以上を占めるファミリービジネスについて、「所有・経営・家族」の要素が絡み合うことで生じる特有の難しさを指摘しています。
そのうえで、こうした課題を「ガバナンス(規律)」と「対話」によって乗り越えることが重要だと強調しています。
それにより、ファミリービジネスならではの強みである長期的視点や迅速な意思決定を最大限に活かすことができると促しています。
本稿では、このガイダンスの内容を踏まえ、事業承継の現場で実際に起きている課題と照らし合わせながら、その本質について解説します。
経産省が問題視しているのは「人」ではなく「構造」
同族企業の事業承継に携わる中で、次のようなお悩みをよくお聞きします。
- 先代と後継者の関係がこじれ、意思決定が進まない
- 取締役会で家族間の私情が絡み合理的な議論ができない
- 相続をきっかけに、親族株主の間で、経営方針をめぐる意見が分かれるようになった
こうした状況を見ると、
「親子関係の問題ではないか」
「経営者や後継者の資質の問題ではないか」
といったように、特定の個人に起因する問題として捉えられがちです。
しかし、ガイダンスの前提にある考え方は異なります。
問題の本質は、特定の個人の問題ではなく親族関係者の役割・立場・意思決定の整理がなされていないこと、つまり「ガバナンスの欠如」にある、という点です。
同族企業には「3つの論理」が同時に存在する
ガイダンスの背景には、同族企業が性質の異なる3つの論理を同時に抱えている、という問題意識があります。
<三つの論理>
- 会社の成長やステークホルダーの幸せを重視する「ビジネスの論理」
- 家族関係や感情を重視する「ファミリーの論理」
- 資産保全や株主権利を重視する「オーナーシップの論理」
これらはいずれも必要であり、欠かすことのできない視点です。しかし問題は、これらの論理が整理されないまま、混ざり合って使われてしまうことです。
例えば、本来はビジネスの論理で決めるべき人事に、ファミリーの感情が入り込むことがあります。
あるいは、本来はファミリーの論理で決めるべき事柄に、ビジネスの上下関係が持ち込まれることもあります。
こうした事例は、事業承継のタイミングで多く見受けられる問題です。
ファミリービジネスであるがゆえに生じるこうした家族間の衝突や葛藤を、皆さまはどのように捉えているでしょうか。
ビジネス上の人間関係が良好であれば、ファミリーとしての関係性がないがしろにされても本当にそれでよいのでしょうか。
ファミリーの幸せとは何なのか?一度立ち止まって考えていただきたいと思います。
ガイダンスでは、こうした論理の混在が経営リスクにつながることを示し、意思決定の透明性や役割の明確化の重要性を訴えています。
これをファミリービジネスの実務の視点で言い換えると、「何を、どの立場で、どの場で決めるのかを分けること」が重要だということです。
例えば、
- 家族として、価値観や関係性のあり方を話す場
- 株主として、資産や会社の将来を考える場
- 取締役として、経営戦略を議論する場
- 執行役として、日々の業務を執行する場
といった場が整理されていないと、話し合いのたびに論点がずれ、感情的な対立が生まれやすくなります。
経産省が重視する3つの取り組み
論点のずれや感情的な対立を予防するためのファミリーガバナンスの考え方は、主に次の3点にまとめられます。
- ファミリーの理念・価値観の明確化
家族として何を大切にするのかを言葉にし、共有すること。 - ルール・プロセスの明確化
親族の関与範囲、承継ルール、意思決定のプロセスを曖昧にしないこと。 - ファミリーの対話の場の設置
感情に左右されず、継続的にファミリーで将来を話し合える場や仕組みを持つこと。
これらはすべて、問題が起きてから対処するのではなく、問題が起きにくい構造をあらかじめつくることを目的とした考え方です。
ガイダンスでは、「ファミリー憲章」や「ファミリーポリシー」といった手段を通じて、ファミリービジネスのあり方や方針を明文化することを推奨しています。
これは家族を縛るためのものではありません。将来、意見が分かれたときに感情ではなく、合意された基準に立ち戻るための指針です。
ルールがあるからこそ、安心して話し合いができる。それがファミリーガバナンスの本来の役割です。
さらに言うと、ルールを作ること自体よりも、もっと大切なことがあります。
それは、ルールを作る「プロセス」です。
家族の歴史、創業時の苦労、先代の想い、そして会社の未来について、ファミリーが真剣に対話し、想いを共有する時間。
このプロセスこそが、ファミリーの結束を強固にし、次の世代へつなぐ力となります。
ファミリーガバナンスのはじめの一歩

ぜひ、次の問いから始めてみてください。
「この会議や話し合いは、ビジネスの話なのか、ファミリーの話なのか、オーナーシップの話なのか」
この問いを持つことが、ガイダンスが示すファミリーガバナンスの第一歩です。
当たり前のことのように思えますが、家族という、ある意味「甘え」のある関係性において、この規律を守ることは容易ではありません。
だからこそ、意識的に「場」を設計する必要があります。
ファミリービジネスにおいて、家族の関係は最大のリスクになり得ると同時に、最大の「資産」でもあります。
長期的視点、迅速な決断、ステークホルダーからの信用。これら同族企業ならではの強みは、ファミリーが一枚岩であってこそ発揮されます。
是非一度立ち止まり、ファミリーとビジネスの両方について、持続的な成長を考えるきっかけとしていただければ幸いです。
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筆者紹介

- 株式会社アタックス 社長塾推進室 室長 MBA(経営学修士) 小島健嗣
- 1979年生まれ。名古屋商科大学ビジネススクール卒。税理士法人、商社での財務責任者を経て、2013年アタックス税理士法人入社。2019年からアタック社長塾に参画。中堅中小企業への豊富な事業承継支援を通じて培った経験と知識を活かし、経営者の育成支援に従事。現在は、「強くて愛される会社」を志す経営者の育成機関「アタックス社長塾」の責任者兼伴走コンサルタントとして活躍中。
