企業経営のみならず、全ての活動には、目的・手段、そして結果の3つはつきものである。
この3つの中で、最も重要かつ大切なことは、「何のために」「誰のために」といった目的である。それもそのはず、目的がなければ、手段を講じる必要もないし、手段を講じなければ結果は発生しないからである。
では、企業経営の目的・使命は何であろうか。それは、その企業に関係するすべての人々の幸せの追求・実現である。未だ多くの関係者が意識している業績や企業の成長発展が、企業経営の目的でも使命でもないのである。
関係する主な人々とは「社員とその家族」「社外社員とその家族(仕入先や協力企業)」「現在顧客と未来顧客」「地域住民とりわけ障がい者等社会的弱者」、そして「株主・支援機関・地域社会」の5人(者)である。
この5人(者)を幸せにすることこそが、また、この5人(者)が、程度の差こそあれ、幸せを実感するような経営を実践することこそが、企業経営の目的・使命であり、存在価値なのである。
しかしながら、依然、経営者をはじめとした企業関係者や、支援機関の関係者の多くは、関係する人々の幸せの追求・実現のための手段に過ぎない業績や企業の成長発展を、企業経営の目的・使命と勘違いしている。
業績や企業の成長発展が企業経営の目的・使命とした経営のもとでは、人、とりわけ、社員や、筆者らが社外社員と名付けた仕入先や協力企業等で黙々と働く人々は、幸せを追求・実現しなければならない人々ではなく、業績向上の手段やコスト等と評価・位置付けられてしまう。
そればかりか、不況や為替レートの大幅な変動等、様々な理由で企業の業績が悪化すると、罪の無い社員を平然とリストラをしたり、当然のように、いわゆる「下請いじめ」に走るのである。
よりひどいと思うのは、業績は赤字どころか黒字であるにもかかわらず、「将来の危機に備えて…」等といった、訳のわからない口実を並べ、「黒字リストラ」をする企業の存在である。
もとより、業績の追求・実現や、企業の成長発展を軽視しているわけでは決してない。それもそのはず、業績や企業の成長発展を実現しなければ、社員に対し適正な賃金や賞与を支払うことができないばかりか、将来への種まきとしての投資もできないからである。
それどころか、赤字経営が長期化すれば、雇用を守ることもできなくなってしまうからである。加えて言えば、発注者が、できない・やれない・やりたくない仕事を担ってくれている社外社員(仕入先や協力企業)が幸せを実感できるような取引支払い条件を明示し、実行できないからである。
つまり、業績や企業の成長・発展の実現は、企業経営の目的として重要ということではなく、企業経営の真の目的である、関係する人々の幸せの実現の手段として重要ということなのである。
こうした目的を手段とし、逆に手段を目的としたような経営を行う企業が、未だ多いのは、「企業経営の最大の目的は、株主価値の最大化、つまり高い業績の実現…」等と、教えているビジネススクールや大学をはじめとした教育機関の経営学教育の問題も大きい。
加えて言えば、金融機関等産業支援機関や、マスコミの影響も大きい。
自分事であるが、筆者も60年近く前に大学経営学部で学んだ一人であるが、そこで教えられ、学んだ講義の大半は、人を大切にするどころか、人をいかに、効果・効率的に利活用するかといった、業績や勝ち負けこそを最重視・大切にするような経営学であった。
恥ずかしながら、筆者も当時は、経営学とはそもそも、そういう学問かと疑問すら持たなかった。ともあれ、そこで学んだ人々が、やがて企業や社会のリーダーになったり、一部ではあるが、経営学を教える学者になったりするのである。
これではいつまでたっても、「働く幸せ」「働く喜び」を実感する人々が増えないどころか、逆に、身体や精神に支障をきたす人々が増加していくと思われる。
余談であるが、学会ではこのおよそ10年間、「人を大切にする経営実践企業」と「業績を大切にする経営実践企業」の経営成果に関する比較研究をしてきたが、そこには明確な違いが浮き彫りにされた。
例えば、
- 人を大切にしている企業は社員の子供の数が多い
- 人を大切にしている企業は黒字経営
- 人を大切にしている企業は社員の離職率が低い
- 人を大切にしている企業は地域貢献・社会貢献に積極的
- 人を大切にしている企業は法定外福利厚生制度が充実している
- 人を大切にしている企業の社員のモチベーションは高い
等である。
つまり、人を大切にする企業を飛躍的に増加することができれば、わが国は再び世界の国々から尊敬され憧れの国になることができるのである。
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筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。