出雲空港から車で30分ほど走った、未だ田園風景の広がる雲南市掛合町に、雲南ひまわり福祉会という名の社会福祉法人があります。
主事業は、障がい者の就労支援や障がい者や高齢者の生活支援等福祉サービス全体で、今から25年前の2000年に、障がい者を家族に持つ人々によって、設立されました。
この25年間、幾多の困難もありましたが、役職員一丸となっての努力のかいもあって、人口34,000人の小さな市なのですが、今や、県内でも、中堅規模の法人に成長発展しています。
そればかりか、その組織運営の考え方・進め方は、「5方良し経営のモデル」と、関係者の間で高い評価を受けています。
同法人の最も評価すべきは、福祉業界では、約6割の企業が入職者の不足や職員の離職等による深刻な人財不足に喘いでいますが、同法人においては、人の採用・離職には全く困っていないほどの人気企業であるという点です。
事実、組織のスタッフの満足度・幸福度や帰属意識の最大級のバロメーターともいえる、職員の転職的離職率は、過去13年間、何と0%なのです。
福祉業界の年間平均の転職的離職率は15%前後、なかには20%を超えるような企業もあるなか、ありえないレベルと思います。
こうした企業ということもあり、頻繁に見知らぬ求職者から「働かせていただきたいのですが今、募集をしていますか…」とか、「募集していなくても、募集をするときのために、一度、施設だけでも見学させていただきたいので、訪問させてくれませんか…」といった、電話や手紙が頻繁にくるといいます。
そればかりか、学校やハローワークからも「貴法人で是非、働きたいという人がいますが…、今募集をされていますか…、もし募集されていないならば、いつ頃なら、採用計画がわかりますか…」等といった、問い合わせの電話もあるといいます。
先日も、機会があって、訪問させていただいた折、対応していただいた常務理事や事務局長さんから、いい法人であることを証明するような、心温まる良い話を伺うことができました。
それは、夏休みに就業体験の打ち合わせにきた女子高校生の話でした。
面談の折、事務局長らが、「数ある職場の中で、なぜひまわり福祉会で就業体験をしようと思ったのですか…」と質問をしました。
すると、その女子高校生は
「実は、私の母は、ひまわり福祉会で働いています。母はいつも笑顔で仕事から帰ってきます。そして、『私の職場はこんなにいいところだよ…』と、いつもニコニコ顔で話してくれるんです…。仕事は障がい者や高齢者のお世話であり、大変だろうに、なぜなんだろう…と、いつも思っていましたので、そのワケを知りたく、就業体験をさせていただこうと思ったのです…」
と言ったのです。
より驚かされたのは、その言葉を聞いた常務や事務局長の感想を筆者が質問した時でした。
二人は顔を見合わせながら「正直、この女子高校生の話は、心から嬉しく、役職員一丸となって、みんなでこの間進んできた方向が間違っていなかったのだと、改めて感じました。
自分の職場を、自分にとって大切な人である子供や友人に対して、自信をもって紹介できるくらいに、職場環境を高めていくことこそ、正しい組織運営の在り方であると、あらためて実感した時でした…」と、目頭を熱くされ語ってくれました。
今や、優等生のような社会福祉法人になりましたが、今のようないい組織体になってきたのは、このおよそ15年くらい前からであると言います。
法人を設立し、約10年間は、正規スタッフに限っても、毎年、離職率は20%から30%と、3年間で大半のスタッフが入れ替わってしまうほどの荒れた職場でした。
このままでは、法人の将来がないどころか、内部崩壊してしまうと思った時もあったと言います。
「地域で共に暮らす喜びをめざし」を基本理念に設立された社会福祉法人が、こんな状態でいいのか…」と、その前後に請われ、入職した現常務理事や元事務局長たちが、危機意識を募らせ、役職員一丸となって基本理念を実現するための組織改革・改善に取り組んだのです。
その過程で様々な困難はありましたが、背中と心で示す役員や幹部スタッフのリーダーシップが、全職員の心をしかととられ、改革・改善の効果は次第にあらわれていきました。
当然ながら、職員の離職率は、年々低下していくとともに、職員のモチベーションは、逆に年々高まっていきました。一方、当然のことながら、利用者満足度も、それに比例するように年々高まっていきました。
その結果、法人の事業も、設立当初は、障がい者の就労支援施設の運営だけでしたが、その後、障がい児の放課後デイサービスや、障がい者の生活支援事業、さらには障がい者や高齢者のためのグループホーム事業など、地域で生き・暮らす障がい者や高齢者にワンストップサービスのできる、地域の中核的支援機関にまで成長発展したのです。
同法人のありえないレベルの低い離職率や、事業の成長発展の要因を、詳細に述べる紙面的余裕は無くなってしまいましたが、敢えて1つだけ言えば、同法人のリーダーたちは、「現象問題」ではなく、「本質問題」に真正面から取り組み、その除去のための改革を実践してきたからと思います。
社会福祉法人に限らず、企業の職員・社員の転職的離職や不満の最大の要因は、「職場の人間関係の悪化」「福利厚生制度や施設の未整備」「企業の組織運営に関する不平・不満」そして「将来性がない」の4つです。
つまり、仕事そのものが嫌だとか、給料が低いとか、さらには3Kなどといった理由ではないのです。雲南ひまわり福祉会の離職率0%は、偶然ではなく、この4つの問題の除去のための経営改革がもたらした結果だったのです。
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筆者紹介

- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。
 
