地域に優しいケーキハウスツマガリ

経営

大阪梅田駅から阪急神戸本線の特急に乗車し、15分ほど走った夙川駅に下車し、今度は阪急甲陽線に乗車、そして5分ほど走ると、終着駅である甲陽園駅です。そこから商店街を5分ほど歩くと、いつ訪ねても、お客様でごった返している洋菓子屋さんがあります。

この店こそ、お菓子好きの人ならば、大抵の人が知っている「ケーキハウスツマガリ」の本店です。有名なお店ですが、この本店はわずか17坪しかありません。しかも、お店は、前を走る道路からは一段低い、まるで半地下のような感じの場所にあります。

ツマガリの創業は、今から35年前の1987年、宮崎県生まれの津曲孝さんが、著名な製菓店をスピンアウトし、スタートしました。努力と苦労のかいあって、毎年、少しずつ規模を拡大し、現在では、社員数250名の中堅企業にまで成長発展をしています。

これほどの規模・これほどの著名な企業になれば、より良い立地条件・店舗効率の良い場所に移転するのでしょうが、そんな考えは毛頭なく、今でも、創業時の小さなお店が本社なのです。

それには訳があります。創業者である津曲さんが、「創業時の熱き想い」「本日開店の心…」を忘れないためでもあります。

ともあれ、お店の近くにある駐車場を見ると、いつも満車状態で、県外ナンバーの車も多く駐車してあり、いかに、ツマガリが、お菓子好きの地域内外の顧客から期待され・支持されているかが良くわかります。

ちなみに、ケーキハウスツマガリのお店は、この本店のほか大丸梅田店と大丸神戸店にも出店していますが、出店をしたかったからというよりは、大丸百貨店に強くこわれたからでした。

東京等に本店のある他のブランド百貨店からも、破格の条件で出店要請が多々あるそうですが、津曲さんは、その全てをお断りしているそうです。

その意味は、地域社会、とりわけ甲陽園という地域への思いとこだわりです。

ですから、ツマガリは、百貨店に出店しているとはいえ、そこでは焼き菓子だけで、生ケーキは本店だけでしか販売していないのです。百貨店の店舗でも販売すれば、間違いなく売上高は数倍、増加するのでしょうが、あえてしないのです。

「一人でも多くの人々に、美味しい本物のお菓子を提供したい…」「お世話になった地域社会に御恩返しをしたい…」と、規模等への思いが全くないからです。このことは、お菓子作りに欠かせない原材料の仕入れ先を見ても驚きます。

いつぞや、筆者がお伺いした時、水は水道水は一切使わず、○○県の山中の湧水を買っています、栗は四国の○○円のものです。牛乳は東北の○○牧場の、この牛から搾乳しています等と、仕入先の現場や牛の写真まで見せていただきました。加えて言えば、仕入先には、いくらで仕入れたいとかは一切言わず、生産者の言い値で仕入れていると言います。

ケーキハウスツマガリの経営は、本稿のテーマである「5方良し経営」そのものですが、その全てを紹介する紙面的余裕はありませんので、筆者がとりわけ感心している、ツマガリの地域社会・地域住民への優しい思いを示すエピソードを2つ紹介します。

それは、創業時の社員数が数名の時も、社員数が250名となった今でも、本店は変わっていないことにも関係するのですが、本店の周辺に小さくツマガリの看板がかかった大・中・小の建物がやたら多いことです。

案内していただくと、そこは、ツマガリの製菓工場や、倉庫、試作工房、社員の福利厚生施設等で、その数は10ヶ所を優に超すのです。郊外に新たな土地を求め、1ヶ所に集約すれば、企業としての効果・効率は高まることは間違いないのですが、あえてしないのです。

それは、お世話になった地域社会への恩返しのためなのです。

点在している工房等は、もともとは他店の小売店舗や事務所、あるいは個人住宅でした。しかしながら、後継者がいなかったり、業績不振で廃業したり、あるいは、高齢者住宅で、亡くなられたり、遠方の子供のもとに引っ越されたりと、様々な理由で、空き家・空き店舗になってしまった建物ばかりです。

ですから、ツマガリの本店のある街並みは、右も左もまるで「ツマガリ商店街」なのです。

建物は、購入した建物が半分、賃貸契約の建物が半分です。それは、所有者の希望をかなえてあげるためでした。それぞれの所有者から提示された購入金額や賃貸価格は、異常とも思える価格もあったそうですが、津曲さんは相手の言い値で、あるいは、希望する条件で購入や賃貸をし続けてきたのです。

もう1つは、地域に住む障がい者の働く喜び・働く幸せを提供するため、雇用にも力を入れ、その雇用率は法定雇用率の2.3%をはるか上回っているのです。そればかりか、全社員で寄り添い育てている点です。

きっかけは、まだお店がそれほど大きくない時でしたが、ある日、20歳前後の娘さんと、そのお母さんが、お店に訪ねてきたのです。娘さんには、知的障がいがありました。

津曲さんを見つけると、「社長さん、この子はツマガリのケーキが大好きです。障がいがありますが、美味しいケーキを作る仕事をしたいと、家で毎日のようにケーキ作りの練習をしています。娘の憧れの職場です。なんとか働かせてくれませんか…」と、嘆願するように話したのです。

津曲さんは、「検討します…」等とは、一言も言わず、人懐っこい笑顔で「わかりました…。明日からでも、来週月曜日からでも来てください。大歓迎しますよ…」と、お母さんに話しました。お母さんの目からは涙が溢れ出たそうです。

 
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筆者紹介

坂本光司

アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長  坂本 光司(さかもとこうじ)
1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。

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