飲むためだけではない工業用ストロー -シバセ工業株式会社

経営

西浦道明のメルマガ 2023年4月

2014年から、当メルマガでは自社独自の「池(市場)」を見つけ出し、その池の「クジラ(圧倒的なシェア・ナンバーワン)」となった結果、高収益を獲得・維持している中堅中小企業をご紹介している。

連載104回目の今回は、岡山県浅口市で、各種ストローの製造・販売を行うシバセ工業株式会社(以下、S社)の池クジラぶりを見ていきたい。

S社の創業は、1926年に、芝勢家が精米業として創業したのが始まり。

その後、1949年に、精米麦・素麺加工販売として「芝勢興業株式会社」を設立。
そして1969年に、現在の主事業であるプラスチックストローの生産を開始している。

なぜ、S社が精米業からストロー製造に事業転換をしたかだが、それはS社が立地する浅口市が国産ストロー発祥の地だからだ。

明治時代、浅口市周辺では麦の生産が盛んで、収穫の終わった麦わらを材料にして編んだ真田ひも「麦稈(ばっかん)真田」や麦わら帽子、そうめんといった麦関連の産業が次々に誕生していた。

そして、麦の茎を使ったストローもその1つだった。
ちなみに、ストローは麦わらが語源である。

S社は、メーカーとしては後発であったが、すぐに大手飲料メーカーとの取引が決まるなど、順調に業容を拡大していった。

さらに80年代にはいると、小売店に並ぶ紙パックジュースのストローや学校給食用のストローなどの生産が9割以上を占めるまでになった。

ただ、順調だったストロー生産も、90年代にはいると、得意先であった個人喫茶店の減少や中国をはじめとする安価な輸入品の影響もあり、廃業に追い込まれる同業も増えた。

S社にとって痛かったのは、1997年頃からの、他社開発の2段式の伸縮ストローの採用である。

S社が担っていた紙パックジュースに採用され、1995年5億円強あった売り上げは、2002年には1億2000万円にまで減少した。

その状況下、1999年に工場長として入社し、2005年に社長就任した磯田拓也氏(以下、I氏)は、新規開拓・新用途開発に積極的に取り組んだ。

そこで、S社が決めた経営方針は「自主独立」。

大手飲料メーカーとの取引に依存し苦しんだ経験から、1社依存はリスクが大きいと判断し、下請けにはならないと決めた。

そこで、2006年、HPにカタログを掲載し、新規顧客開発を兼ねながら、新用途のアイデアを募ろうとオープンイノベーションを試みた。

すると、S社の取引先以外の企業から「こういったものはできないか」という問い合わせが寄せられた。

I氏は、前職がエンジニアだったということもあり、プラスチック製のパイプとしてみれば、用途はまだまだ広げることができると確信した。

ストローは、薄くて、軽くて、使い捨てができるという特徴があり、製造は専用金型を用いることなく成形できるため、短納期・低コストで対応できた。

さらに、ストローは一見すると簡単に作れるように思われがちだが、薄いため、安定して製造するには技術やノウハウが必要だ。

S社でも、0.1ミリ単位でストローの直径を調整できる「薄肉成形技術」が強みになっている。

それゆえ、競合業者や新規参入もほぼない市場なのだ。

I氏は、オープンイノベーションによって発見した新用途のストローを「工業用ストロー」と命名し、2007年、工業向け生産を始めた。

これが、苦境に陥っていたS社に転機をもたらし、医療用・工業用に用途開発を進めていった。

例えば、運転前のアルコール検知器で使われるストローもその1つだ。

2023年にも、多くの一般企業で、車を運転する際にアルコール検知が義務化されるのに伴い、ストローの受注が相次いでいる。

S社のストローは、既存のすべての検知器にあうように、1ミリ刻みで5種類のサイズを用意している。

しかも価格は1本1円以下と、1本50~200円するマウスピースに比べ、はるかに安価なのだ。

さらに、マウスピースを洗う手間も省ける、検知器を介しての新型コロナの感染が広がるのを防ぐため、ストローを交換しようという需要もあって注文数が一気に増え、今では月に2000万本を生産するまでになっている。

さらに、ストローは消耗品のため、1回注文があれば、ほぼ確実にリピーターになる。

その他にも、バネやワイヤーなどの工業用備品を入れる容器や注射針やメスなど、鋭利な医療器具の保護カバー、血液などの液体を運ぶスポイトとノズルの役割を果たすものなど、次々に新用途の開発を進めている。

これらの取り組みと、ストローが軽くて衛生的で低コストで、金属や木材の代替品として広く活用できるという認識が高まっていることで、現在では、S社の取引先は5000社を超え、工業ストローの売上も全体の4割を占めるまでになった。

S社は、これまで飲料用という用途しかなかったストローに、付加価値の高い製品を用途開発することで、お客様から高い評価・信頼を得た。

S社は、飲むためだけではない工業用ストロー市場(池)のクジラとなった。

  
  
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筆者紹介

西浦道明

アタックスグループ 代表パートナー
公認会計士 税理士 西浦 道明(にしうらみちあき)
1981年、株式会社アタックスを創業。中堅中小企業の経営の専門家として「社長の最良の相談相手」をモットーにしている。
東京・名古屋・大阪・静岡・仙台を拠点に、中堅中小企業の総合的なご支援に力を注ぎ、約200名のコンサルタントとともに日本に「強くて愛される会社」を一社でも多く増やすために汗をかく。
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