業界の常識を疑ってみる -徳武産業株式会社

経営

西浦道明のメルマガ 2014年10月

先月、中小企業は自社独自の「池(市場)」を見つけ出し、自らがその「池のクジラ」になることによって高収益企業になれる、という考え方についてお話した。

それでは、どのようにして「池のクジラ」になればいいのか、前回に続き今回も、読者の皆様とご一緒にこのことを考えていきたい。

今回の事例企業は、高齢者・障がい者向け靴の製造販売をしている徳武産業(以下、T社)、社長は十河孝男氏(以下、S氏)である。

一般に靴業界では、靴の左右一組を一足と呼び、一足ごとに値づけして販売している。
これは、対象顧客が健常者である限り何の問題もない。

ところが、外反母趾や腫れ、むくみなど、足に悩みを持つ高齢者や障がい者が相手となると話は別だ。

左右で、足の長さが違ったり、幅が違ったり、靴底の高さや甲の高さが違ったりするからだ。

この人たちは、一足ではなく片足ごとに、できればセミオーダー的に足の形状を測定してもらい、サイズ違いを買いたいのが本音だ。

ところが、一般の靴業界の人々は、そんな面倒な顧客層を視野に入れてこなかった。

それを余りにも効率が悪く、商売にならない、まったく非常識なことだと考えていたからだ。

T社が進出を決めたのは、靴業界では誰もが振り向かなかった、この効率的でない、高齢者・障がい者向けの靴の製造販売という分野であった。

すべての靴を自社の「市場=池」とはせず、この極めて特殊な分野に特化しようと考えた。

しかも、定番商品なら一足数千円というリーズナブルな価格を設定した。

また片足でも販売するし、定番にはない特別な注文に対しても、パーツオーダーシステムにより、例えば靴底の高さ調整なら一工程2千円から4千円くらいをプラスすることにより応じることにした。

T社によって、潜在的なニーズはあったものの長い間放置されていた、高齢者や障がい者のための靴が遂に出現したのだ。

では、T社のS氏だけに、なぜこうした考え方ができたのだろうか?

出発点は、「入居しているお年寄りが転倒することが多くて困っている。転倒しない靴を開発できないだろうか」という老人介護施設の経営者からの依頼であった。

元々「高齢者市場にチャンスあり」と考えていたS氏は、この依頼に真剣に対応し、2年間に500人もの高齢者の足の悩みを調査した。

その結果分かったことは、高齢者や障がい者の中には、両足のサイズが違う人が多いということであった。

またそうした人たちは、大きい方の足に合わせて靴を買ってくるが、小さい方の足の靴の内側には詰め物をして履いているということであった。

だから転びやすかったのだ。

また靴の先を上に反らせば、転倒しにくいということも分かった。

「どうしたらこうした高齢者や障がい者のお役に立つことができるだろうか」と真剣に悩む中でS氏の頭に閃いたのが、「靴の片足販売」、「左右サイズ違いの靴の製造販売」であった。

こうした考え方は、それまでの靴業界ではまったく非常識だった。

しかし、このことは、ユーザーのニーズをトコトン調査した結果に過ぎなかった。

常識という枠に囚われた業界が、単に気づかなかっただけだった。

業界の常識などというものはいい加減なものであり、疑ってかからなければならないということがよく分かる。

いずれにしても、T社はこうして、今まで世の中になかった新しい「池」を見つけ出し、そこでクジラになったのだ。

前回と同じくT社でも驚くのは、リーマンショックがあった2008~09年にかけて、リーマンショックなどどこ吹く風とばかりに売上を右肩上がりで増大させていることだ。

顧客にとって高い価値を生み出したため、世の中の景気の趨勢とはまったく無関係に、顧客は「池のクジラ」のT社を支持し続けてくれたのだ。

  
  
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筆者紹介

西浦道明

アタックスグループ 代表パートナー
公認会計士 税理士 西浦 道明(にしうらみちあき)
1981年、株式会社アタックスを創業。中堅中小企業の経営の専門家として「社長の最良の相談相手」をモットーにしている。
東京・名古屋・大阪・静岡・仙台を拠点に、中堅中小企業の総合的なご支援に力を注ぎ、約200名のコンサルタントとともに日本に「強くて愛される会社」を一社でも多く増やすために汗をかく。
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