スズキ機工株式会社~モノづくり産業のモデル【第156回】

スズキ機工株式会社~モノづくり産業のモデル【第156回】

千葉県松戸市の郊外に、スズキ機工株式会社という社名のモノづくり企業がある。

従業員数は16名ながら、オーダーメイドの各種産業用自動機械や、ユニークな多数の自社ブランド商品を設計製作する独立企業である。
創業は1971年、現社長である鈴木豊氏の実父が製缶機械メーカーを独立してスタートしている。

創業当社は18リットル缶を生産する製缶機械のメンテナンスを主に経営を行っていたが、バブル崩壊や缶の樹脂化・低価格化等により、業界全体がシュリンクしていくとともに、倒産も相次ぎ、一時、当社も連鎖倒産の危機に陥ったが、請われて入社した現社長の苦労と手腕で、見事その危機を乗り越え、今や注目されるものづくり企業の1社である。

現社長は、前職がある大手商社の営業マンであったということもあり、受注不足を補うため、新規取引先の開拓に尽力し、次から次に新しい仕事の受注に成功した。しかしながら、これまでの仕事の大半が、対応型商品であり、開発がらみの仕事の経験が決定的に不足していた。このため、せっかくの仕事を思うように商品化できなかった。

人財の確保といっても、会社そのものが極めて不安定な状況であり、人財確保をしたくても、支払い能力すら不十分な状況であった。
こうしたこともあり、鈴木社長は経済学部出身であったが、昼は営業をし、仕事が終わった夜は独学でCADや電子技術、機械工学を学んだのである。苦節1年、自慢の営業力に加え、メカもエレキも設計製作できる高度複合人財に社長自身が変身したのである。

一方、社長自身が先生となり、社内の技能者の技術者化を進めると同時に、社員重視の経営の実践を明確化し、それをトコトン実行していったのである。こうして、数年後、かつての指示待ち型企業・対応型企業が提案型企業・創造型企業に変化・変貌をしていったのである。

こうして、かつては取引先の意向に常に一喜一憂する機械のメンテナンスや製缶機械の生産がほぼ100%であったものが、現在では、なんと自社開発型のオーダーメイドの各種専用機械が50%、ロットで毎月流れる自社ブランド商品が50%である。

ちなみに、自社商品開発で当社がとった戦略は、営業範囲を片道1時間圏内に絞り、「何か困っていることはありませんか…」という、いわゆる御用聞きビジネスである。また寄り難しい販売戦略は、ビッグサイトなどでの展示会への戦力的出展やEコマースの利活用である。

こうした元気なモノづくり企業が多数派を閉めれば、わが国モノづくり産業は決して空洞化しない。

 

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