阿部長商店~頑張る気仙沼市の水産会社【第119回】

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阿部長商店~頑張る気仙沼市の水産会社【第119回】

気仙沼市に「株式会社阿部長商店」という社名の企業がある。主事業は水産物の加工・販売やホテルの経営等である。

創業は現社長である阿部泰浩氏の父親が昭和36年、気仙沼港で水揚げされた魚の仕入販売業としてスタートしている。その後、時代変化を予測し、外食事業やホテル事業に進出するとともに、水産業も単に仕入小売りではなく、水産物の加工にまで事業を展開し、今や、地域では最大級の企業にまで成長発展している。

この間、幾多の危機が当社を襲っているが、最大の危機は、なんといってもあの忌まわしい3.11(東日本大震災)である。3.11(東日本大震災)により、当社のメインであった水産事業部は稼働していた9工場中8工場が全壊の被害を受けた。

そればかりか、観光事業部の中核であったホテルの1も半壊、地区にあった物販店も2店舗が全壊するという甚大な被害を受けたのである。その被害総額はなんと数十億円であったという。

当社を知る多くの関係者は、全壊した多くに事業所を目の当たりにして、気の毒であるが、今度こそは再起は不可能と噂したという。一方、当社の従業員の多くも、たとえ会社が再建できたとしても、多くの従業員の解雇は必至と思った。

被災数日後、当社の役員会が開催されたが、社長以外の役員は「全員解雇は止む無し…」で一致した。当社の社員も、今回は「自分たちが解雇されても仕方がない、それは会社の責任では決してない…」と思った。

加えて言えば、労働局(職業安定所)のスタッフも、ほぼ全壊してしまった当社を訪れ、「一日も早く全従業員を解雇しなさい・・

事態が事態だけにそれは許されることです…、このまま雇用を続けると、貴社が大変だけではなく、従業員が他社に就職できなくなってしまう…」と説明し説得した。

こうしたまるで四面楚歌の中、阿部社長は迷いに迷ったが決断し、そのことをまずは役員会の席上で話した。「退社したい人を誰一人として止めないが、会社は誰一人として解雇しない。この大震災で、家族や家を失い、地域のコミュニテイまでもが、ずたずたに寸断されてしまった従業員の唯一の“絆”は会社しかない…。

この生きる糧である絆まで切ってしまったら、さらに社員を心身ともに傷つけてしまう。当社の全社員は私たちの家族だ…。だから全社員を「休職」扱いに順次復帰していただく。この決断に不満な人は社長の解任発議をして欲しい…」と。

創業者であり、カリスマ的存在である会長をはじめとした他の役員も、社長の決断に涙し再建を誓い合ったという。

しかしながら、この決断は無謀という人もいると思われる。というのは、解雇すればその瞬間、関係性は切れることになるが、休職の場合、あくまで会社の従業員でなり、この場合、少なくとも会社負担の社会保険料等の支出は余儀なくされるからである。ちなみにその金額は、当社の場合、毎月約2,000万円、年間ではなんと2億4.000万円となる。

しかも会社は全壊し、ほとんど営業はできていないのにである。先般機会あって、当社を社会人大学院生と訪問調査する機会があった。阿部社長が「今年の売上高は震災前のピークに戻りそうです。従業員さんも既に500名が復帰してくれました…」と話してくれたが一同涙が溢れだしてきた。

 

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