北海道光生舎~驚愕の社会企業【第108回】

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北海道光生舎~驚愕の社会企業【第108回】

北海道のほぼ中央に赤平市という小さな町がある。かつては炭鉱の町として有名で、威勢を誇った時期もあるが、主産業である石炭産業の衰退とともに、年々過疎化が進行し、今や人口は1.2万人にまで激減している。そればかりか、その高齢化率も今や40%近くにまで上昇している。こうしたこともあり、地域住民の就業の場・自己実現の場である事業所数も年々減少し、今や出張所を含め約500ケ所と、全国の市でも最小クラスである。

ところが、こうした小さな・ないない尽くしの過疎の町ではあるが、残された障がい者や高齢者といった社会的弱者の命と生活を守ろうと、尽力している傾注に値する企業がある。

その企業とは社会福祉法人「北海道光生舎」で、今や職員や障がいのある就労移行訓練者等を含めると、何と1,000名を超える地域最大の雇用貢献型企業である。

創業は今から57年前の昭和31年、現理事長の父である亡き高江常男氏が、地域の障がい者の雇用を目的に、夫婦二人で開業した小さなドライクリーニング業である。創業者夫婦の壮絶な苦労と努力が実り、今日の成長発展をもぎ取っている。

当法人を知る上で、創業者である亡き高江前理事長のことを語らないわけにはいかない。と言うのは、創業者である高江氏の壮絶な人生と、強い思いがなければ当法人は誕生しなかったし、ましてや、今日の成長発展は不可能と思われるからである。

例えば、高江氏は10歳の時に遊んでいた竹とんぼが右目に刺さり、その時から義眼となり、また17歳(昭和19年)の時には、就職していた電気工事会社の仕事で、本来、電気が流れていないはずの3,000ボルトの電線を掴み、両手を付け根から切断している。

片目と両手の無い自分が生きていく道は勉学しかないと、以来、睡眠時間を3時間と決め、口にペンを咥えながら、必死に本を読み、認められようと文章を書き続けた。

余談であるが、眠くなると自分の体に針を刺したり、氷水の入ったバケツに顔を突っ込み、睡魔を追い払った。苦労と努力が認められ、その後、ローカル紙の記者として運よく採用され、何と編集長にまで出世したが、29歳の時、あえて退社し、上述したドライクリーニング業を創業したのである。

その理由は、取材で街を歩く度、出会う障がい者や家族から、「働きたい…、褒められたい…」という悲痛の叫びに応えてあげることが、障がい者でありながら職を得た自身の使命と思ったからという。

今でこそ、ドライクリーニングやリネンサプライ事業で、北海道を代表する企業にまで成長・発展したが、その最大の要因は、「情けや同情では仕事は続かない…、真にお客様が必要とする価値ある企業にしなければ…」という、亡き高江氏の経営姿勢と言える。「豊かさの貧困」状態にある多くの企業や人々が大いに学んでほしい企業であり人である。

 

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