大谷翔平選手~未踏の領域へ、いざ!【第159回】

大谷翔平選手~未踏の領域へ、いざ!【第159回】

2021年のプロ野球はすべての日程を終了し、今は静かなオフを迎えています。ご覧になった方も多いかもしれませんが、東京ヤクルトスワローズとオリックスバファローズの間で戦われた今年の日本シリーズは、6試合のうちの5試合が1点差という白熱した戦いとなり、東京ヤクルトスワローズの日本一で幕を閉じましたが、久しぶりに野球の面白さを心ゆくまで楽しませていただきました。

併せてこの秋、野球関連のニュースで大きな注目を集めたのが米国メジャーリーグ(アメリカンリーグ)のMVPを満票で獲得した大谷翔平選手関連のニュースでした。大谷選手のMVP獲得は、二刀流というスタイルが我々日本人の想像以上に米国では高く評価されていることを思い知らされました。という訳で、今回は二刀流というプレースタイルをすっかり定着させた大谷翔平選手を取り上げさせていただきます。

当コラムではこれまで三度、大谷翔平選手を取りあげています。

一度目は2014年7月、北海道日本ハムファイターズへ入団して2年目、ちょうど大谷選手が20歳になった頃(第23回「異次元の世界へのチャレンジ」)、二度目はその2年後の2016年10月、日本において二刀流を確立させ、リーグ優勝の立役者として、その年のクライマックスシリーズ、日本シリーズを戦う直前までを記しました。(第66回「極めよ二刀流!見たこともない世界へ」
三度目は2018年12月、メジャーリーグ(ロサンゼルス・エンゼルス)移籍後2年目のシーズンを終えた時期です。(第105回「もっと進化を!二刀流」

ここで“改めて”ということにはなりますが、大谷翔平選手の今日に至る足取りをプロフィール紹介という形で記させていただきます。

大谷翔平選手は1994年7月生まれの27歳、岩手県水沢市(現奥州市)のご出身で、投手・指名打者・外野手をこなす右投左打の二刀流選手です。小学校時代、中学校時代は地元のリトルリーグに所属し、共に全国大会にも出場されています。その後は花巻東高校に進学し、高校2年の夏、3年の春の二度甲子園にも出場されています。

全国的に名の知られた逸材として高校卒業後の進路に注目が集まっていましたが、ご本人はマイナーからのスタートを覚悟の上でメジャーリーグに挑戦したいと意思表明をされました。しかし北海道日本ハムファイターズ球団が強行指名をし、栗山英樹前監督に口説き落とされてドラフト1位で入団されました。

今から思えばあの時に日本ハム並びに栗山前監督との出会いがなければ、9年後メジャーリーグのMVPに輝く二刀流の大谷翔平選手の存在はなかったのかもしれません。高校卒業直後の開幕戦の先発メンバーに名を連ねる(8番ライト)という快挙は成し遂げたものの、二刀流への道は決して平坦ではありませんでした。

先発登板の前日と翌日は試合には出場せずにトレーニングだけに専念するなど、二刀流を確立する為の試行錯誤を繰り返した入団1年目でした。しかし2年目になると1年目のトレーニングの成果で身体が見違えるように大きくなり、投手として規定投球回を満たして11勝4敗・防御率2.61、併せて打者としても87試合に出場して打率.274、10本塁打を打ち、二刀流選手としての確かな橋頭保を築かれました。

入団3年目となる2015年には野手としての成績は低迷したものの、投手として15勝5敗(うち5完投3完封)、防御率2.24、196奪三振の成績を挙げ、最多勝利・最優秀防御率・最高勝率の三つのタイトルを獲得されました。

翌2016年には投打とも安定した成績を残し(投手として10勝4敗、防御率1.86、打者として打率.322、22本塁打)、リーグ優勝と日本一にも貢献し、史上初となる投手と指名打者の両部門でのベストナインに選出されると共にリーグMVPにも選出されるなど、もう日本ではやるべきことは全てやり尽くしたかのような圧倒的な存在感を示されました。

日本での最終年となった入団5年目の2017年はケガの影響もあって出場試合数が減少し、投打ともにかなり成績は下がりましたが、そのシーズン終了後にポスティングシステムでのメジャー移籍を表明され、ロサンゼルス・エンゼルスへの移籍が実現しました。

メジャー移籍初年度の2018年はキャンプ、オープン戦で投打共に不振にあえぎ、現地の一部メディアからは「マイナー起用すべき」との声まであがったようですが、しかし開幕戦に8番指名打者として起用されると、初打席の初球を初安打、3日後には初登板初勝利、その2日後には指名打者として第一打席でメジャー初本塁打と、これ以上ない幸先良いスタートを切られました

結局メジャー初年度は投手として10試合に登板(すべて先発)して4勝2敗、防御率3.31、63奪三振、打者としては114試合に出場して93安打を放ち、打率.285、22本塁打、61打点、10盗塁という成績を挙げ、この年のアリーグ新人王に輝いています。メジャーリーグの新人王を獲得した日本人選手としては、野茂英雄投手、佐々木主浩投手、イチロー選手に続く4人目でした。

ただこの年のシーズン終盤にMRI検査を受けた結果、右肘靱帯に大きな損傷が見つかり、シーズン終了後にロサンゼルス市内の病院で靱帯再建手術(トミー・ジョン手術)を受けられました。この結果翌年の2019年は投手としては出場できなくなりました。(トミー・ジョン手術を受けると復帰まで1年以上が必要となる為)

メジャー2年目の2019年は打者としての出場だけでしたが、シーズントータルとして打率.286(384打数110安打)、18本塁打、62打点、12盗塁の記録を残されました。ただし9月中旬に左膝蓋骨の手術を受けた影響もあり、出場試合数は106試合に終わっています。

そして2020年、メジャーリーグのルールに「Two-Way Player(二刀流選手)」が正式に定義され、大谷選手はメジャーリーグ史上初の「二刀流」適用選手となられました。これによって前年までは不可能だった「投手として故障者リスト入りし、マイナーリーグ公式戦でリハビリ登板しながら、同時に野手としてMLB公式戦に出場する」ことが可能となりました。

これによってエンゼルスは開幕から大谷選手をDHで起用しつつ、同時にマイナーで調整登板させ、5月中旬を目処にMLBで復帰登板させるとのプランを発表しました。しかし新型コロナの影響で開幕が7月下旬に延期となり、60試合制に変更となったことで、シーズン開幕からの登板が可能となりました。

大谷選手は7月26日に約2年ぶりとなる復帰登板を果たされましたが、1回途中1アウトも取れずに3安打、3四球、5失点でノックアウトされ敗戦投手になってしまいました。1週間後の8月2日に二度目の登板の機会を得たものの、1回3分の2イニングを無安打ながら5四球2失点(押し出し四球が二つ)という残念な結果に終わってしまいました。

この登板後にMRI検査を受けとところ「右屈曲回内筋群の損傷、投球再開まで4~6週間が必要」との診断を受け、結局シーズン中の登板は絶望となり、2020年シーズンは上記2試合だけの登板で終わってしまいました。ただ負傷者リスト入りはせず、シーズン終了まで指名打者(DH)としての出場は続けられましたが、成績は低迷した状態でシーズンを終えられました。

ロサンゼルス・エンゼルスに移籍して3年、二刀流として新人王に輝くという実績は打ち立ててはいたものの、二刀流としての真価はまだ発揮しきれていない状態で迎えた2021年シーズンでした。そして春季キャンプの序盤、マドン監督は大谷選手に「起用にあたっての制限はしない」と宣言されたそうです。

この「起用に制限はしない」という言葉の真意は、そこまでの3年間はケガの防止を最優先とした慎重な起用を球団として行なってきたが、2021年シーズンからは大谷選手からの求めがなければ基本的には休養日も無し、故障のリスクは高まるものの、投打にわたってフル回転してもらうというメッセージだったようです。

大谷選手ご自身はこのメッセージを「二刀流を頑張れというポジティブな部分もあると思いましたし、そこに対して頑張りたいという気持ちもより強くなりました。ただ一方で、ある程度、形にならなかったら、この先は考える必要があるんじゃないか、というニュアンスも含まれていたと思います」と語っておられます。

大谷選手は2021年シーズンを二刀流継続へのラストチャンスという覚悟をもって臨まれたのかもしれません。トミー・ジョン手術で右肘にメスを入れた、投手としての復活こそが二刀流継続への大前提とは分かっていても、シーズン当初は探り探りの部分が多かったようで、7月を迎える頃まではまだリハビリ中という感覚だったそうです。

感覚が戻るに従い、小さく変化するカットボールを有効に使うことで、早いカウントから凡打を誘うことに成功するようになったそうです。速球で押し、スプリットを落として三振を奪うといった力勝負と、打たせて取ることで球数を少なくアウトを重ねる“技”の引き出しを増やしたことで制球が安定し、四球も減ったとのことです。

その結果、7月以降は11回の登板で無四球試合が7回、クオリティスタート(6回以上投げて自責点3点以下)は9回を数え、シーズン全体では23試合の先発で130回3分の1イニングを投げて9勝2敗、防御率3.18、156奪三振という成績を残し、チームのローテーションの中心として投手陣を支え続けてこられました。

一方打撃の面については、2019年9月に受けた左膝の手術の影響で2020年は筋力が低下し、2020年シーズンを通して打撃不調の原因となったようですが、左膝の状態が戻ったことで2020年オフに充実したトレーニングを積めたことが、2021年シーズンで力強いスイングを取り戻せた要因だったようです。

併せて2021年シーズンを二刀流として、故障をせずにフルに完走する為に細心の注意を払われたのが「疲労のマネジメント」だったそうです。元々大谷選手は練習量の豊富な選手ですが、シーズンに入ってからは、鍛錬よりもリカバリー(体力回復)をメインにし、疲労回復に時間を使われたようです。

具体的にはバットを振る量を減らし、なるべく効率よくその日の練習を終えられるような工夫をされているようです。疲労をためず、常にいいコンディションを保つ中で、大谷選手にとっての良いスイングが出来れば、結果は自ずからついてくるということに確信が持てた1年でもあったのではないかと思われます。

そうした細かい工夫と努力の結果、2021年シーズンは投打のタイトルの獲得こそなりませんでしたが、投打に渡って水準以上の成績(投手・・・9勝2敗、防御率3.18、156奪三振、打者・・・打率.257、46本塁打、100打点、26盗塁)を挙げ、前述のリーグMVPをはじめ、数々の表彰を受けられました。

代表的なものをいくつかご紹介すると、大リーグの選手間投票によって選ばれる「年間最優秀選手」「ア・リーグ最優秀野手」、両リーグのポジション別に監督とコーチの投票で決定する「シルバー・スラッガー賞」のDH部門、年間で最も活躍した指名打者に贈られる「エドガー・マルティネス賞」。

更にはメジャーリーグ全体のベストナインを選ぶ「オールMLB」表彰。これはファン投票50%と専門家パネルの投票50%で選ばれるもので、文字通りのベストナインとなるファーストチームと準ベストナインとなるセカンドチームが選出されます。大谷選手は指名打者としてファーストチームに、先発投手としてセカンドチームに選出されており、1人の選手が2部門で選ばれた初めての選手でもありました。

もうひとつ余談ですが、つい先日の現地時間12月7日に全米の全スポーツ選手を対象にいわゆる「スポーツ界の年間最優秀選手」を選出する「スポーツパーソン・オブ・ザ・イヤー」の発表があり、アメリカンフットボールのスーパーボールで優勝したNFLタンパベイ・バッカニアーズのクォーターバック(QB)であるトム・ブレイディ選手が選ばれました。

44歳で5度目のMVPに輝いたトム・ブレイディ選手の受賞に対して、大谷選手の落選に驚き嘆く声が多く上がったとの報道を目にし、米国で野球以上に人気の高いアメリカンフットボールのスーパースターの受賞以上に、野球のメジャーリーグの二刀流に高い価値を見い出す方がアメリカには結構おられることに驚きを感じました。

野球というスポーツは主に打つ・投げる・走る・守るという四つの要素で成り立っています。中でも野手の打つという行為、投手の投げるという行為は究極の専門能力と言われています。高校生、大学生頃までのマチュアならともかく、プロの世界ではこの二つの専門能力を同時に活用しての二刀流は有り得ないと思われていました。

日本で大谷選手が二刀流として成功してからも、米国の雰囲気は「日本で出来ても野球の本場のメジャーでは無理」という空気が支配的であったのだと思われます。従ってメジャー移籍1年目に二刀流として新人王に選ばれましたが、投手、野手の個々の成績ではもっと上位の選手がいるにも関わらず、二刀流として1人の選手が二つの実績を体現していることに対する衝撃が実に大きかったのだと思われます。

そんな観点からすると2021年シーズンで大谷選手が打ち立てた成績は、まさに有り得ない・アンビリーバブルな出来事として受け止められたのだと思われます。ちなみにですが、MVP投票における選出の仕組みは、ア・リーグ15チームの担当記者から2人ずつが選ばれ、計30人の投票で決められています。

今回の大谷選手の満票による選出というのは、全米に散らばる各チームの番記者のすべての人が一位投票をしたということであり、それぐらい二刀流の投打でハイレベルの成績を挙げることに強い衝撃を受けると共に、同時に深い敬意が払われていることを如実に示しているように思われます。

ケガと故障のリスクが普通の選手に比べてはるかに高い二刀流の大谷選手に対しては、今後二刀流としては投打の成績を大きく飛躍させるのはかなり厳しいのではないか、という見方もあるようです。言い換えれば今シーズンの成績がそれぐらい突出したものであったという見方でもあります。

ただ大谷選手ご自身は、本格的二刀流として一定レベルの実績を残した今シーズンをベースに、選手としてここからいよいよピークを迎えていくというお気持ちであり、今後7年ぐらいが勝負の年と捉えておられるようです。

投手として規定投球回数を投げて二桁勝利、防御率2点台、打者として規定打席に到達した上で打率3割超、ホームラン40本台、100打点超、30盗塁、そして投打の何らかのタイトル獲得まで実現すれば、まさに夢のような出来事として野球という競技の歴史に永遠に名を残すことになられるものと思われます。

大谷選手はプロ野球の世界で誰も成し得ていなかった二刀流に挑戦したチャレンジャーでした。日本でそのチャレンジに一定の成果を出し、野球の世界最高峰の舞台であるメジャーリーグで、今度はイノベーター(革新者)としてまさに革新を起こされつつあるのだと思われます。

超人的な能力を持つ選手の集団であるメジャーリーグで革新を起こしつつある大谷選手の存在は、野球という競技への魅力を高め、ファンの方々の興味を一段と引き付けることにもつながります。

更には極めて高い身体能力を有する、将来のプロ野球選手候補の中から二刀流を目指す人たちもきっと出てくるに違いありません。大谷選手が日米のプロ野球生活9年間で試行錯誤の中から身につけてこられたトレーニング方法、調整方法、身体のケアetcが大いに参考になるはずです。

未知の領域、新たな領域に挑戦する者が現れることで変化が起こり、更にそこから革新が生まれる時、世の中が変わり始めるのだと思われます。大谷選手は野球発祥の地、アメリカでその革新を起こそうとされています。そんなイノベーターが我々と同じ日本人であることがちょっぴり誇らしい気分です。

来シーズン以降も二刀流として更に高みを目指し、そして念願であるポストシーズンやワールドシリーズの舞台で、ヒリヒリするような戦いの場で躍動される大谷選手のご活躍を心よりお祈りしたいと思います。

(おわり)
2021/12/9

(ご挨拶)
2013年10月の執筆開始以来、8年余にわたって続けさせていただきましたが、今回の大谷選手の回をもって一旦区切りとさせていただきます。長年のご愛読を心より感謝申し上げます。

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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