栗林良吏投手~狙え!新人投手初の最多セーブ王【第148回】

栗林良吏投手~狙え!新人投手初の最多セーブ王【第148回】

2021年のプロ野球は開幕して一ヶ月が経過しましたが、今シーズンの大きな特徴は各チームの新人選手の活躍が目立つことです。ドラフト1位で入団した12人の選手のうち、既に半数以上の8人が一軍でのデビューを果たしていますし、ドラフト2位以下で入団した選手も含めると、既にかなりな活躍をしている選手が出てきています。

投手では東北楽天ゴールデンイーグルスのドラ1・早川隆久投手、広島東洋カープのドラ1・栗林良吏投手、阪神タイガースのドラ2・伊藤将司投手、千葉ロッテマリーンズのドラ1・鈴木昭汰投手、北海道日本ハムファイターズのドラ1・伊藤大海投手、広島東洋カープのドラ2・森浦大輔投手、同じくドラ3の大道温貴投手、野手では阪神タイガースのドラ1・佐藤輝明選手、横浜DeNAベイスターズのドラ2・牧秀悟選手といった方々の活躍が目立ちます。

それらの選手の中から、今回は新人投手ながらチームの守護神として目覚ましい活躍をされている広島東洋カープの栗林良吏投手を取り上げさせていただきます。

栗林良吏(リョウジ)投手は1996年7月生まれの24歳、愛知県愛西市(旧海部郡佐織町)出身(*愛西市は愛知県の最も西に位置し三重県に接しています)の右投右打の投手です。小学生時代に野球を始め、高校は私立の愛知黎明(レイメイ)高校に進学されています。高校時代に投手に転向し、愛知黎明高校では3年生夏の甲子園出場を目指す愛知県予選で決勝戦まで進出されましたが、甲子園への出場は叶いませんでした。

その後、名城大学に進学されましたが、ここでの一人のコーチとの出会いが栗林投手のその後を大きく変えることとなりました。そのコーチは山内壮馬コーチと言い、名城大OBで2007年にドラフト1位で中日ドラゴンズに入団された投手でした。プロ生活9年で通算17勝、2012年には二桁勝利も挙げられましたが、プロでは大輪の花を咲かせることは出来なかった投手でした。

山内コーチが現役引退後、名城大のコーチに就任されたのが2017年、最初に栗林投手の投球を受けたのは栗林投手が2年生の冬だったそうです。第一印象は、球はめちゃくちゃ強くて速い、しかしノーコンだったとのことです。しかし素材として持っているものはプロへ行ける可能性はあるな、と感じさせるものだったようです。ただ栗林投手ご本人には当時はそんな気はなく「僕で行けるんですか?」という感じだったとのことです。

コーチとして最初にメスをいれたのは投球フォーム、勢い任せに投げていたフォームを矯正し、真っすぐ立ってバランスよく踏み出せるようにしたら、それだけで直球がより安定するようになったそうです。その当時、栗林投手が投げていたのは直球とスライダーだけ、山内コーチに言わせると「真っ直ぐ、真っ直ぐで突っ込んでいくイノシシみたいな投球」だったそうです。

プロに行ける可能性を持った素材であり、先々のことを考えると共に、長いイニングを投げさせる為にも球種としてカーブが必要と考え、栗林投手にはカーブの習得を指導されたようですが、その効果は抜群で、それまではカウントを整えるのも抑えるのも直球とスライダー頼みであったものが、そこにカーブが加わったことで、簡単にストライクが取れるようになり、低めのボールで空振りも取れるようになったことで、投げられるイニングも伸びていかれたようです。

栗林投手は三人兄弟の末っ子で、元々慎重な性格で人と争うのも苦手とするタイプの方だったようです。その性格の優しさが災いして厳しく内角を突くことを苦手とされていましたが、山内コーチの厳しい指導で内角への投球も身につけていかれました。大学野球の段階なら今のままでも勝てる。しかし将来プロの世界へ行くならそれでは通用しない、ということを山内コーチが厳しく指導されたようです。

こうして山内コーチと出会ってから栗林投手ご自身も急成長され、3年生の春のリーグ戦ではノーヒットノーランを達成、更にはリーグ戦優勝を経てチームを明治神宮野球大会にも導かれました。3年時には個人として大学日本代表にも選ばれておられます。大学4年の夏にはカーブに続く新たな球種としてフォークボールの習得にも取り組まれました。こうして秘かに自信を深め、大学4年の秋のドラフト会議に臨まれました。

このドラフトに臨むにあたって栗林投手は、もしドラフト3位以下の指名なら社会人野球に行くことを各球団に伝えておられたようです。これはそれぐらいの評価がないようではプロでは通用しないとの思いがあったからのようです。しかしその影響もあってか、残念ながら大学4年の秋時点でのドラフト会議ではどの球団からも指名を受けることは出来ず、社会人野球の名門トヨタ自動車に進むことを決意されます。

しかし大学卒業を待たずに参加されたトヨタ自動車の春季キャンプで、栗林投手は投球練習を受けてくれたキャッチャーから衝撃的なひと言を浴びせられます。「このスライダーは通用しない」。これまで最も得意とし頼りにもしてきたボールを真っ向から否定されたことはショックだったはずですが、栗林投手はこのひと言を謙虚に受け止められました。

それは受けてくれたキャッチャーが、トヨタ自動車OBで2009~2015年までの7年間プロに在籍された細山田武史氏(現・トヨタ自動車硬式野球部コーチ兼捕手、元横浜DeNAベイスターズ・福岡ソフトバンクホークス)であったということも影響していたのかもしれません。プロの一軍で200試合以上マスクをかぶった経験を持ち、高い技術を持つプロの打者にどんなボールが通用するかの見極めが出来る方だったからです。

細山田氏は栗林投手のスライダーについて「栗林のスライダーはかなり大きく曲がります。しかし曲がり始めが早いためレベルの高い打者には見極めやすいという弱点もありました」と語っておられます。そこから栗林投手は生き残りを掛けて、他の持ち球に磨きをかける努力を続けられます。すなわちフォークは直球と同じ軌道を心掛け、カーブは打者の手元でのキレを更に増すことを追求していかれました。

更には入社1年目から社会人野球の檜舞台である都市対抗野球選手権大会の決勝戦の先発マウンドに立つといった経験を重ねることで、マウンド度胸も身につき、投手として一回りも二回りも成長し、2020年の秋に二度目のドラフト会議を迎えられました。もうこの時には社会人ナンバーワン投手との称号も手にしており、順当に広島東洋カープから1位指名を受け、晴れてプロへの第一歩を踏み出されました。

入団発表と共に用意された背番号は20番。広島東洋カープではかつて北別府学氏や永川勝浩氏(現・広島東洋カープ一軍投手コーチ)もつけたエースナンバーです。期待の大きさが表われていますが、併せて栗林投手は自らがドラフト1位であること、昨年のドラフト1位である森下投手の活躍、それにチームにおける20番の重みを考えると1.5倍増しのプレッシャーを感じますと言いつつ、このプレッシャーをいい方向に変えられるよう頑張りたいと力強く語っておられます。

キャンプ、オープン戦を順調に過ごされた栗林投手に対して、佐々岡真司監督は抑えを指名されました。社会人時代もほとんどを先発投手として過ごされた栗林投手でしたが、試合の後半を託すリリーフ陣の整備が最大の課題であったチーム事情を考慮しての抜擢であったのだと思われます。併せてセットアッパーにも新人の森浦大輔投手、大道温貴(ハルキ)投手を配する思い切った布陣を敷かれました。

こうして迎えたシーズンの開幕でしたが、栗林投手の出番は本拠地に中日ドラゴンズを迎えた開幕第二戦(3/27)で早くもやってきました。9回表3点リードの場面で4番手としてマウンドに立つと、先頭の6番京田選手をセカンドゴロ、7番木下拓選手を初球ピッチャーゴロ、8番根尾選手を2ストライクと追い込みフォークで空振り三振。初登板で初セーブを挙げられましたが、新人投手の初登板セーブは史上5人目の快挙だったようです。

栗林投手は初セーブを挙げたデビュー戦以降も順調に登板を重ねておられます。大学時代、社会人時代に磨き抜いた150キロを超す直球に加え、カーブ、スライダー、フォークを駆使、登板数を重ねるにつれて持ち前の度胸に更に磨きがかかり、もう何年も抑え投手をやっているかの風格さえ漂い始めています。

栗林投手の特徴の一つは、奪三振率の高さ(4/25現在13.50・・・1試合に換算した奪三振率)であり、まさに抑え投手に必須とも言える極めて高い奪三振率を誇っています。他にも普段はあまり見慣れないいくつかの指標によって、投手としての能力の高さが証明されています。

ストライクゾーン内のボールをバットに当てられる確率を示す「Z-contact%」、全投球のうちバットに当てられる確率を示す「Contact%」といった指標です。栗林投手の場合は前者が60.0%、後者が52.6%となっていますが、4/25現在12球団の全投手でトップの数値となっています。すなわち栗林投手はプロの並み居る強打者を相手にしながら、ストライクゾーン内でもなかなかバットに当てさせない投手だということを示しています。

更にもうひとつ、全投球に対して打者が空振りしてストライクとなった割合を示す「SwStr%」という指標は22.5%、同じく4/25現在セリーグでは栗林投手がトップですし、12球団全体でも福岡ソフトバンクホークスの最強セットアッパーと目されるリバン・モイネロ投手の23.0%とも遜色ない数値となっており、投手としての基本能力の高さを示しているように思われます。

栗林投手はデビュー戦の後、4/29までに12試合のすべてを抑えとして登板し、12イニングを投げて被安打2、18奪三振、4与四球、無失点、8セーブという見事過ぎるぐらい見事な投球を続けておられます。中でも圧巻であったのが4月25日(日)の東京ドームでの対読売ジャイアンツ戦でした。

この試合8回表が終了した時点では8-2で広島のリード、栗林投手の出番は無さそうな感じでした。しかし8回裏にジャイアンツの猛攻が始まり、勝ちゲームを担う広島の中継ぎ陣である森浦投手、大道投手、塹江投手がことごとく打ち込まれ、8回裏で8-8とゲームは振り出しに戻ってしまいました。

流れは完全にジャイアンツに傾いたと思われたところ、広島攻撃陣も意地を見せ、9回表の攻撃で先頭打者の中村奨成選手の二塁打をキッカケに、送りバントと菊池涼介選手の犠牲フライで虎の子の1点をもぎ取りました。そして1点リードの9回裏、マウンドに上がったのが栗林投手でした。まさに抑え投手の最大の見せ場ではありますが、想像もできないぐらいのプレッシャーがかかる場面でもありました。

しかもジャイアンツの打順は2番若林晃弘選手、3番丸佳宏選手、4番岡本和真選手と続く中軸であり、何かが起こっても不思議ではないシチュエーションでした。9回表に1点のリードを許したとはいえ、流れはまだジャイアンツにあるのかなとも思える場面で、栗林投手は三者連続空振り三振に切って取るという圧巻の投球を見せつけました。

実は前日にも栗林投手は登板しセーブを挙げられはしたのですが、その時は連続四球で得点圏にランナーを背負っての苦しい投球であり、佐々岡監督も「前日の反省点を修正し、あのしびれるような場面での三者連続三振は素晴らしかった」と奮闘を続ける若き新人クローザーに賛辞を送られました。

広島東洋カープは2016~2018年の3年連続でリーグ制覇を成し遂げましたが、以降の2年間は4位5位と苦しい戦いが続いています。その要因の相当部分が試合の後半を担うリリーフ陣にあったことは明らかです。そこでチームはリリーフ陣に今シーズン入団の新人投手3人(栗林投手、森浦投手、大道投手)を抑えとセットアッパーに起用するという思い切った手を打ちました。

これによって勝てる試合をきっちり勝てるようになり、チームとしての体制が整いました。選手の適正を見抜き、抜擢された選手がその起用に応える。まさにチームマネジメントがうまく機能した好例だと思われます。

ここまで文句のない活躍を見せる栗林投手ですが、ここから先の懸念のひとつは徐々に蓄積していくであろう疲れとの戦いです。抑えのエースである以上、勝てる展開になれば投げざるを得ません。ただ登板過多にはならないよう、チームとして登板イニング数のコントロールはきちんとしてあげて欲しいものです。

現在抑えの役割を担うクローザーには「最多セーブ王」というタイトルが用意されていますが、現行制度となった2005年以降新人投手でこのタイトルを獲った投手はいません。(かつてセーブ数+救援勝利数のセーブポイントで最優秀救援投手表彰を行なっていた時代には、与田剛投手<中日ドラゴンズ、現中日ドラゴンズ監督>、三瀬幸司投手<ダイエーホークス>の二人が新人としてタイトルを獲得)

栗林投手には史上初めての新人投手による最多セーブ王タイトルの獲得という快挙にもチャレンジしていただきたいものです。広島東洋カープが今後勝ち進み、優勝争いにも食い込んでいく為には栗林投手が欠くことの出来ない戦力であることは、もう誰の目にも明らかになりました。

今シーズンのここから先の栗林投手の益々のご活躍と広島東洋カープの躍進を心よりお祈りしたいと思います。

(おわり)
2021/4/30

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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