平良海馬投手~進化途上の豪速球セットアッパー!【第145回】

平良海馬投手~進化途上の豪速球セットアッパー!【第145回】

2月1日に始まった春季キャンプも全てのチームで終了し、ここ以降はいよいよ3月26日の開幕へ向けて、チームとしての戦力の見極めと個々の選手の最後の調整が行なわれていきます。今年はどんな戦いが繰り広げられるのか本当に楽しみは尽きませんが、今回は今シーズンの更なる飛躍が期待される昨季のパリーグ新人王を取り上げさせていただきます。その選手の名は、埼玉西武ライオンズの平良海馬(タイラ・カイマ)選手です。

平良選手はお名前を見てお分かりいただけるかもしれませんが、沖縄のご出身です。1999年11月生まれの21歳、沖縄県石垣市出身、右投左打の投手です。球団の公式情報によると身長173㎝・体重100㎏、小学校から捕手として野球を始め、中学校で投手に転向、中学3年の時には全国大会にも出場されたことがあったようです。

その後、高校は地元石垣島の沖縄県立八重山商工高等学校へ進学されましたが、そこで3年間指導を受けた末吉昇一監督(現・沖縄県立具志川商業高校野球部長)との出会いがありました。末吉氏が言われるところによると、最初はただ力任せに投げる“野生児”のような投手で、完投して14四球なんてこともあったようです。

バックに足を引っ張られるとムキになったり投げやりになったり、ということもあったようですが、ある試合で打ち取った打球をエラーされた平良投手がベンチに戻ってきて「おい、エラーなんて気にしないで攻めていこうぜ!」とチームメイトを鼓舞する発言をされたそうで、末吉氏は驚くと共に「あの時、海馬が変身した・・・いや、脱皮した瞬間でしたね」と語っておられます。

そこからピッチャーとして劇的に変わったそうで、教えたことをただ鵜呑みにするのではなく、ボールの握りや肩甲骨の動き、体重移動といったことについて分からないことはなんでも聞きにくると共に、自らもビデオを見ながら納得づくで身につけていかれたようです。そういった工夫と研究、練習の積み重ねの結果、2年生の秋には球速はMAX147キロまで伸びたようです。

その後高校2年の後半からは自らジムに通うようになったそうですが、その結果ひと冬越えた3年生の春には球速は152キロまで伸びたようで、その時点で末吉氏は「こりゃあ、プロに出してあげなきゃ」と思われたとのことです。上のレベルへ行って、投げる以外の事で苦労しないように、牽制・クイック・フィールディングといったことを毎日のように指導されたようです。

八重山商工高校は、かつて大嶺祐太投手(現・千葉ロッテマリーンズ)がエースとして君臨し2006年の春夏に甲子園に出場したことがありますが、平良投手が在籍していた頃は、もうその面影はなく、平良投手には甲子園出場の経験はありません。というより、平良投手が3年生の時には公式戦では1勝も出来なかった弱小チームだったようです。

そんな弱小チームの出身でありながら、2017年秋のドラフト会議では埼玉西武ライオンズから4位指名を受け、プロへの第一歩を踏み出されました。ドラフト指名の時点で埼玉西武ライオンズが平良投手のどういう点を評価されていたのか、詳しくは分かりませんが、前述の末吉氏はこんなことを語っておられます。

「もともと、海馬は緊張して縮こまるとかビビるとか、そういうこととは縁のない胆の据わったヤツです。見とけ、オレがやったる・・・打てるもんなら打ってみろ! みたいな投げっぷりが見込まれて、それが指名につながったと私は聞いています。」

こうしてプロ野球選手としての道を歩み始めた平良投手ですが、入団1年目の2018年は一軍での出場はなく、二軍での鍛錬の日々を過ごされています。そして2年目の7月になって初めて一軍選手として登録され、7月19日の本拠地での対オリックス・バファローズ戦の9回表1-4の3点ビハインドの場面でプロ初登板を果たされました。俗に言うところの敗戦処理の形での登板でした。

1アウトから四球でランナーを一人は出しましたが、続くバッターを併殺に打ち取り、1回無失点で平良投手は初登板をいい形で終えられました。すると9回裏の攻撃で金子侑司選手の同点3ランが飛び出し試合は延長戦へ、更に11回裏に中村剛也選手のサヨナラホームランが飛び出し、5-4での劇的な勝利となりました。すると勝ち負けはつきませんでしたが、平良投手が試合後のヒーローインタビューを受けることになりました。
 
9回表の相手の攻撃をピシャリと3人で終わらせ、チームに流れを引き込んできたことがヒーローインタビューに繋がったのだと思われますが、プロ初登板の中継ぎ投手が試合後のヒーローインタビューでお立ち台に上がるという、平良投手は何か目に見えない強い運を持ち合わせた選手のように思えます。

その後、一度は一軍登録を抹消されましたが、中継ぎ投手陣の不足で再び一軍に登録されると、立て続けにプロ初ホールド、初セーブ、初勝利を挙げられました。初セーブの試合は、釧路市民球場で平日のデーゲームとして行われた対北海道日本ハムファイターズ戦でしたが、6回裏2アウトから4番手で登板し1回3分の1イニングを無失点に抑えると、8回に日没コールドゲームとなって平良投手に初セーブが転がり込んできました。

本拠地での初勝利の試合(福岡ソフトバンクホークス戦)も、7回表2アウトから3番手で登板し3分の1回を無失点に抑えると、その裏に森友哉選手の勝ち越し2ランホームランが飛び出しての初勝利でした。平良投手が自分の仕事をきちんと果たすと、勝利の女神が近寄ってくるような何か強い運を持っておられるように思えてなりません。

こうして2年目のシーズンを26試合に登板して24.0イニングを投げ、2勝1敗1セーブ6ホールド、防御率3.38という成績で終え、シーズン終盤には中継ぎ投手陣の一角を担うところまでのし上がってこられた平良投手ですが、実は入団1年目のオフに一緒に自主トレをさせてもらった元西武の菊池雄星投手(現・シアトルマリナーズ)から多大な影響を受けておられたようです。

平良投手は、菊池雄星投手との出会いで全てのことが変わったとまで言っておられます。野球のことだけでなく、生活のあり方まで、何から何まで全てのことが学ぶことばかりであったようです。どういう目的でどんな練習をするのか、今自分がすべきことを自分自身で考えて実践してみる、菊池雄星投手の言動の全てから刺激を与えられたようです。

この菊池雄星投手との自主トレの後に入団2年目の中継ぎ投手としての一軍定着があったのですが、実は2年目のシーズン終了後にも菊池雄星投手の自主トレにくっついてアメリカへ渡っておられます。一度目の時にはまだ緊張もあり多少の遠慮もあったようなのですが、二度目はもっと貪欲に納得がいくまで勉強がしたいという思いだったようです。そしてこの自主トレ期間中に約70万円する投球用トラッキングシステム「ラプソード」を自費購入し、このシステムを活用した自らの球質改善に努められました。

こうして迎えた入団3年目となる2020年シーズンでしたが、新型コロナの影響で大幅に遅れたものの、開幕と共に中継ぎとして起用され続けて無安打・無失点の投球を継続し、27個目のアウトを取るまで被安打ゼロを続けたことで、一部のスポーツ紙や西武ファンの間からは“ノーヒットノーラン”の達成という賞賛の声も上がったようです。

ただ“ノーヒットノーラン”の2日後の楽天戦、2点リードのノーアウト満塁の場面で登板しシーズン初被安打となる同点適時打を打たれると、更に2アウト満塁の場面で満塁ホームランを打たれるといった苦い経験もされました。しかし、その後再び20試合連続無失点を記録するなど、シーズンを通してリーグ最多タイの54試合(53.0イニング)に登板して1勝0敗1セーブ33ホールド、62奪三振、防御率1.87という文句のない成績を挙げ、見事パリーグ新人王にも輝かれました。(新人王は支配下登録5年以内で、前年までの通算成績が投手は30イニング、打者は60打席以内なら有資格者となります)

平良投手はランナーの有無にかかわらず、セットポジションからクイックモーションで投げ込みます。最速160㎞、常時150㎞台後半をマークする直球は「ズドーン」という感じの豪速球ですが、併せてスライダー、カットボール、チェンジアップといった変化球も切れが素晴らしく、対戦する打者にとっては実に打ちづらい投手に成長されました。

2020年シーズンのパリーグMVPは福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手でしたが、このパリーグを代表する強打者がシーズン終了後のファン感謝イベントのトークショーで、ファンから最も苦手な投手は? と問われて、平良投手の名を挙げられました。

「平良投手はボールも速いし、クイックモーションでの投球も速い。今まで見たことのないタイプの投手です。シーズンでも打ててないですしね」と率直に語っておられます。ちなみに昨シーズン柳田選手とは5回対戦して1四球、2三振でヒットは打たれていません。高卒3年目にして、これだけのバッターに認められる存在にまで自らの技量を高めてこられました。

キャンプも終わり、これからは3月26日の開幕へ向けて、オープン戦での実戦を通しての調整が進んでいきます。まもなく始まる2021年シーズンの目標について、平良投手は防御率0点台で最優秀中継ぎのタイトル獲得を口にされています。今や平良投手と言えばパリーグを代表する速球派投手のお一人と評価されていますが、ご本人は特に球速にこだわるつもりはなく、ストレートの球質を上げると共に、決め球ともなるチェンジアップを中心に変化球の精度も上げていきたいと抱負を語っておられます。

今年は延期となった東京オリンピックが夏に開催される予定ですが、野球日本代表「侍ジャパン」の稲葉監督は、昨季外国人選手に対して22打数1安打と完全に抑え込んだ実績を持つ平良投手を、代表候補の一人として考えたいと明言されています。ひょっとするとオリンピック代表としてJAPANのユニフォームに身を包む平良投手の勇姿を見ることが出来るかもしれません。

埼玉西武ライオンズは2018~2019年とパリーグで二連覇を達成しましたが、
その間のチーム防御率は2020年も含めて3年連続でリーグ最下位であり、弱体投手陣を打撃力で支えてきたチームであったと言えます。しかし昨シーズンで平良投手がセットアッパーのエース的存在として自立されたことにより、抑えの増田達至投手と共に勝ちゲームの8回・9回にしっかりメドが立ちました。

全国手には無名に近い存在の高校球児を敢然とドラフト指名したチームとしての眼力と3年目で完全に自立させた育成力は賞賛に値します。近代野球では試合後半の7回以降を勝ちゲームとしてどう確立するかが、チーム力そのものを決定的に左右します。埼玉西武ライオンズが高卒で入団した平良投手を3年で独り立ちさせ、チームにとって必要不可欠な核となる選手に育て上げたことは、今後の選手育成にとっても非常に意味のある出来事であったように思われます。

まもなく始まる2021年シーズンのパリーグでは、福岡ソフトバンクホークスの牙城をどのチームが脅かすのか、東北楽天ゴールデンイーグルスに復帰され田中将大投手にパリーグの強打者がどう立ち向かっていくのか、本当に見どころ満載です。そんな中、まだまだ伸びしろ一杯の平良投手が更にどんな進化を見せていかれるのか、大いに楽しみです。平良投手の益々のご活躍と埼玉西武ライオンズの躍進を心よりお祈りしたいと思います。

(おわり)
2021/3/1

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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