石井一久GM兼監督~これから始まる、未知への船出!【第144回】

石井一久GM兼監督~これから始まる、未知への船出!【第144回】

2021年のプロ野球は現在キャンプの真只中ですが、今年はコロナの影響でキャンプを行なう宮崎県、沖縄県の全キャンプ地で無観客での開催となっています。

今年は2球団で監督の交代がありましたが、私が特に注目しているのは、チーム編成を司るゼネラルマネージャー(GM)の立場から、兼任する形で新監督に就任された東北楽天ゴールデンイーグルスの石井一久GM兼監督(正式な肩書は、取締役ゼネラルマネージャー兼監督)です。

これまでのプロ野球の歴史で、監督経験者で後にGMとなられた方は何人かおられましたが、コーチ・監督の経験なくGMから監督に就任された方は今回の石井監督が初めてのケースです。という訳で今回は異色の道を歩む、東北楽天ゴールデンイーグルスの石井一久GM兼監督を取りあげさせていただきます。

石井一久氏は1973年9月生まれの47歳、千葉県千葉市のご出身で、現役時代は左投左打の投手でした。東京学館浦安高校の1年生から投手を始められましたが、甲子園出場の経験はないものの、高校時代から逸材として名が知れ渡り、プロのスカウトからは「10年に一人、江夏豊に匹敵する左腕」とまで呼ばれていたようで、1991年秋のドラフト会議でヤクルトスワローズから1位指名を受け、プロへの第一歩を記されています。

高卒1年目、18歳の石井投手は12試合28イニング(うち先発5試合)の登板機会を得る(成績は0勝0敗)と共に、チームが進出された日本シリーズの第3戦に先発するという貴重な体験も積まれました。ちなみにですが、レギュラーシーズンで未勝利の高卒新人が日本シリーズの先発マウンドを踏んだのは石井投手が史上初めてだったようです。

その後、2年目3勝、3年目7勝と着実に力をつけ、入団4年目の1995年には26試合(うち先発21試合)に登板して13勝4敗、防御率2.76と完全に自立し、チームの主力投手の一人となられました。1990年代前半から後半にかけての故野村克也監督率いるヤクルトスワローズ黄金時代を主力メンバーとして支え、1998年・2000年には最多奪三振のタイトルを、同じく2000年には最優秀防御率のタイトルも獲得するなど、リーグを代表する投手のお一人との立場も確固たるものとされています。

その後ポスティングシステムでアメリカへ渡り、2002年からロサンゼルス・ドジャースで3年、ニューヨーク・メッツで1年のメジャーリーグ生活を送られました。特に最初に所属されたロサンゼルス・ドジャースでは3年間で36勝25敗の成績を挙げられたのですが、いずれの年も前半戦に比べて後半戦は失速気味の少し残念な結果でしたが、これはヤクルト時代からの古傷であった左膝の痛みが悪化された影響等もあったのだと思われます。

アメリカでの生活を4年で打ち切られた後は、日本球界に復帰し、古巣の東京ヤクルトスワローズ(チーム名は2006年より頭に東京がつく名称に改称)に2年、その後FA権を行使して埼玉西武ライオンズに6年在籍し、2013年に現役生活を引退されました。日本国内で18年、メジャーリーグで4年、計22年間の現役生活でした。

その間に通算182勝(国内143勝、メジャー39勝)、2550奪三振(国内2115、メジャー435)という成績を挙げられました。中でも国内での通算2000奪三振の達成は1967回3分の2イニングで成し遂げられており、これはそれまでの記録保持者であった江夏豊投手の記録を超えるプロ野球最速記録でした。

キャリアの前半は三振のとれる速球派投手であった石井投手ですが、メジャー時代の終わりごろからは、故障の影響も考慮してか、変化球や投球術を駆使する技巧派投手へ変化していかれました。それに伴い球速は落ちましたが、三振奪取率はそれほど変わらず、ご本人も語っておられるように「三振の取り方を知っている」投手だったのだろうと思われます。

引退後は、現役時代から芸能活動のマネジメントを委託していた吉本興業に2014年4月に契約社員として入社されています。同社には高卒採用枠の一般の社員と同じ給料で入社されたようです。吉本興業の社員として野球解説や評論活動を行なうかたわら、現役スポーツ選手のマネジメントや引退スポーツ選手のマネジメントをする中で、広くスポーツ界に貢献することを志望動機とされていたようで、こうした考え方や行動は、一般的なプロ野球人とはかなり違ったユニークなものであったように思われます。

その後2018年の9月1日に、その年の1月に急逝された故星野仙一氏(在任時取締役副会長)の後任として、編成部門を統括する取締役ゼネラルマネジャーに就任されました。これは元々親交のあった楽天グループのオーナーでもある三木谷浩史氏から東北楽天ゴールデンイーグルスの監督への就任を打診された際に、監督への興味はなかった石井氏が「監督は受けませんが、ゼネラルマネジャーなら引き受けます」といったやりとりがあって就任される運びとなったようです。

就任の際に三木谷オーナーから石井GMへの要望は「常勝軍団を作って欲しい」という一点だったそうです。これは毎年毎年の成績もさることながら、中期的にいつも優勝争いが出来るような強いチーム作りを目指すということだと思われます。大方針とも言えるオーナーからのお題を受けて、石井GMは常勝チームを目指すことを使命と受け止め、いずれ自分がチームから身を引く時期がきても、しっかり優勝を狙えるような強いチームを作り上げることこそが自らに課された使命と心に決められたようです。

とは言うものの、石井GMが就任された時のチームは得点力が決定的に不足している状況だったようで、短期的に戦力をどう引き上げるかを考えた時にオフェンス・ディフェンスの両方をガンと引き上げることは極めて難しい為、まずはある程度得点を取れるところから着手されることになったようです。

そこでFAだったりドラフトでも野手を中心に獲っていこうという方針を決められました。2018年9月のGM就任の翌月のドラフト会議で指名したのが辰巳涼介外野手(ドラフト1位)、太田光捕手(同2位)、渡辺佳明内野手(同6位)といった面々です。またその年のシーズン終了後にFA宣言をされた浅村栄斗(ヒデト)選手を他球団との熾烈な争奪戦を勝ち抜いて獲得されています。

また2019年のドラフトでは小深田大翔(コブカタ・ヒロト)内野手を1位指名し、2019年のシーズン終了後にFA宣言をされた鈴木大地選手の獲得にも成功されています。この両選手と前年にFA加入された浅村栄斗選手は、2020年シーズンではチームにとって欠くことの出来ない大きな戦力となっておられます。2020年シーズンのパリーグにおけるチーム打撃成績を見てみると、打率・打点でリーグ1位、ホームランでリーグ2位となっており、石井GMのチーム強化の方向性は功を奏していることが見てとれます。

一方投手部門でも2020年シーズンから涌井秀章投手を千葉ロッテマリーンズから金銭トレードで獲得したり、アメリカ帰りの牧田和久投手を他球団との争奪戦の結果獲得したり、極めつけは今年になってから1月終わりごろに前ニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手を日本球界最高年俸で迎え入れたりと、GMとしての手腕が目立ちます。

勿論、田中将大投手については、これだけの年俸を出してでも獲得しようという強い意志を示された三木谷オーナーの英断と、シーズンオフの日本での練習環境を何年にもわたって提供し続けるといった形で田中投手との友好的なコンタクトを取り続けた球団の姿勢があってのことではあるのですが、FA加入された浅村選手、鈴木選手との交渉過程からも分かるように、石井GMは相手をその気にさせてしまう、極めて優れたコミュニケーション能力の持ち主のように思えます。

ただ一方で、石井GMのやり方に批判的な目を向けておられる楽天ファンもかなりおられるようです。中でもチームの生え抜きで2013年の優勝にも多大な貢献をされた嶋基宏捕手を、結果的に自由契約で2020年シーズンより東京ヤクルトスワローズに移籍させてしまったこと、2018年シーズンに最下位であったチームを2019年シーズンに3位にまで押し上げた、チーム生え抜きの平石洋介元監督を1年で解任し、福岡ソフトバンクホークスに去らせてしまったこと、昨シーズン監督をさせた三木肇前監督を又もや1年で解任したこと等々が要因となっているようです。

それぞれの事案は、石井GMにとっては「常勝チームを作る」という使命、あるいは組織にとっての中期ビジョンに基づいた行動であり、それぞれの方とはかなりコミュニケーションをとられたようではあるのですが、結局心の底から納得を得られる結論には至らなかったということなのだと思われます。チーム編成の全権を握るゼネラルマネジャーと監督・コーチとのコミュニケーション、あるいはある時期までを支えてくれたが力に衰えの見え始めたベテラン選手とのコミュニケーションがいかに難しいものであるかを如実に教えられた気がしました。

そういった背景もある中での今回の監督就任でもある為、楽天ファンや一部のメディアの中には冷ややかな見方があることも事実のようです。要するに「お手並み拝見」という見方なのだと思われます。噂の域は出ませんが、今回の監督就任にあたっては三木前監督の複数の後任候補者のいずれの方からも色よい返事がもらえず、それならば、ということでGMとしてチーム状況を一番把握できている自らの監督就任を決断されたという話が出ています。

石井新監督は就任にあたっての会見で「この仕事は“非難いっぱい、賞賛少し”。何を言われても自分の信念を貫いていこうと思っています。ブレずにやっていくのは、覚悟を持ってやっていかないとできない」と所信を表明されました。
新監督としての船出は覚悟の発進と思われましたが、キャンプの開始と共にチームには大きな風が吹き始めたようです。

田中将大投手がキャンプの第2クールから参加されると、スポーツ紙やテレビのスポーツニュースで東北楽天ゴールデンイーグルスが取り上げられる頻度が一気に増えたように思われますし、現役バリバリの正真正銘のメジャーリーガーがチームメートに加わったことが楽天投手陣に既にプラスの化学反応を起こし始めているようです。学ぶべき手本がいつでも話の聴けるすぐ横にいてくれることが、今後どんなプラス効果をチーム内にもたらすのか、チームメートの皆さんも楽しみにされているのでしょうが、我々野球ファンも興味津々です。

ただ一方でコロナの影響で新外国人選手のビザの発給が遅れており、キャンプはおろか、どの段階からチームへの合流が実現するのかも見通せない状況です。3人の新外国人選手を迎え入れる予定であった石井監督にとっては大きなハンデを背負ってのスタートとなりますが、自らがGMとして編成した組織を自らが現場責任者として采配を振るい、高い結果を追い求めてゆく、まさにこれこそがGM兼任監督だけが味わうことの出来る醍醐味に違いありません。

これまでのチーム編成の結果を通じて、石井氏がGMとして優れた能力を持つ方であることは既に証明されているようにも思いますが、現場の采配については未経験であり、シーズン開始後どんな采配をしていかれるのか興味は尽きません。投手の交代、代打の起用、勝負どころでどんな作戦を使っていくか、最初からすべてがうまくいくとは思えませんが、石井監督ご自身も試行錯誤をしながら経験を積み上げていかれるのだと思われます。

田中将大投手の加入、大学NO1投手との評判でドラフト1位入団された早川隆久投手(早稲田大学出身)等の新戦力も加え、石井新監督が日々の勝敗を踏まえた微調整を加えながら、どんな形でチームの采配を振るっていかれるのか、コーチや選手とどんなコミュニケーションをとっていかれるのか、本当に楽しみです。2021年シーズンの東北楽天ゴールデンイーグルスの躍進と石井GM兼任監督の成功を心よりお祈りしたいと思います。

(おわり)
2021/2/10

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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