栗原陵矢選手~更なるチームの活性化をもたらした、日本シリーズMVP【第141回】

栗原陵矢選手~更なるチームの活性化をもたらした、日本シリーズMVP【第141回】

2020年のプロ野球は日本シリーズや若手選手中心のフェニックスリーグも全ての日程を終え、今は完全なオフシーズンを迎えています。その日本シリーズですが、福岡ソフトバンクホークスが2年連続で4連勝で読売ジャイアンツを下して日本一となりました。

これで福岡ソフトバンクホークスの日本シリーズ制覇は4年連続となりましたが、セリーグを圧倒した読売ジャイアンツが接戦にも持ち込めず敗退してしまったことで、セリーグ・パリーグ間のリーグ格差がクローズアップされています。

ただ今回の日本シリーズについて言えば、初戦でジャイアンツのエース菅野智之投手が一人の打者に打ち込まれてしまったことで、シリーズ全体の流れが完全に福岡ソフトバンクホークスに行ってしまったように思えました。初戦で菅野投手を打ち崩し、チームに流れを引き寄せたのが福岡ソフトバンクホークスの栗原陵矢(リョウヤ)選手でした。

今回はこの栗原選手を取り上げさせていただきますが、併せて福岡ソフトバンクホークスというチームの強さの源ともなっている、チーム内の競争原理といった点にも触れてみたいと思います。

栗原選手は1996年7月生まれの24歳、福井県福井市出身の右投左打の野手です。元々捕手としてプロ入りされましたが、出場機会を増やす為、今は外野手、一塁手として活躍されています。(ただし2020年シーズンまでは、捕手として選手登録されています)

小学校1年生から野球を始め、中学では地元の「福井ブレイブボーイズ」というチームに所属し、2年生から捕手になり、ボーイズリーグの中日本代表として海外遠征も経験されています。

高校は福井県立春江工業高校(*)に進学され、1年生の春から正捕手、秋には4番打者として、秋季の北信越大会で打率.651を記録してチームを初優勝に導き、その後に出場した明治神宮野球大会ではベスト4にも入っておられます。2年生の春には甲子園にも出場されましたが、残念ながら1回戦で静岡の常葉菊川高校に敗れています。(* 春江工業高校は学校統合により現在は閉校となり、校名は坂井高校となっています)

高校2年生の夏、3年生の春夏は甲子園出場には至りませんでしたが、高校時代は通算26本のホームランを打ち、3年生の夏の甲子園終了後、9月にタイで行なわれた「18U野球ワールドカップ」の日本代表メンバーに選ばれ、このチームの主将と正捕手を務めておられます。ちなみにですが、このチームでのチームメートには岡本和真選手(現・読売ジャイアンツ)、高橋光成(コウナ)投手(現・埼玉西武ライオンズ)らがおられました。

この18U野球ワールドカップは決勝で韓国に敗れ準優勝でしたが、この時の活躍が認められ、2014年秋のドラフト会議では福岡ソフトバンクホークスから2位指名を受け、プロへの第一歩を踏み出されました。入団1年目の2015年の活動の場は主に三軍でしたが、2年目の2016年は二軍公式戦(ウエスタンリーグ)への出場も増え、着実にステップアップしていかれました。

そして3年目を迎えた2017年に初めて一軍昇格を果たすと、6月の読売ジャイアンツとの交流戦で代打としてプロ初出場、この年は3試合の出場だけでしたが、翌2018年は出場も11試合に増え、プロ入り初安打を打つと共に、シーズン終盤には初のスタメンマスクも経験されました。

入団5年目となった2019年には、捕手だけでなく外野手にも挑戦して徐々に出番を増やし、プロ入り初打点や初本塁打も記録する等、打力をアピールする場面が増えていきました。結局プロ入り後の5年間のうち、一軍公式戦への出場がなかった最初の2年間を除くと、3年間で46試合に出場し、トータル51打数10安打、打率.196、1本塁打、7打点という成績でした。

ゆっくり、ゆっくりとした歩みではあったものの、打力の面でのチーム内へのアピールは着実に進んでいったようです。実は栗原選手は肩も強く、正確な送球で盗塁を刺せるといった点で捕手としての評価も低くはないのですが、チーム内には今やパリーグはおろか、球界一とも言われる甲斐拓也捕手がおられる為、栗原選手の打力を生かす場として、他のポジションでの出場は、言ってみれば当然の帰結であったのかもしれません。

こうして迎えた2020年シーズン、約3ヶ月遅れとなった6月19日の開幕戦(対千葉ロッテマリーンズ戦・福岡PayPayドーム)、栗原選手は2番一塁手として初めて開幕戦にスタメン出場されました。試合は1対1で延長にもつれ込み、延長10回裏、栗原選手のサヨナラヒットで福岡ソフトバンクホークスが劇的な勝利を飾りました。

開幕して最初の10試合を3勝6敗1分とあまり調子の上がらなかったチーム状況の中で、栗原選手は主に2番ないし1番打者として2カード目までの9試合中8試合でヒット(うち2試合は猛打賞)を打ち、打撃面でもう外せない選手としての立ち位置を自らの力で掴み取られました。その後も打順、守備位置はチーム事情によって変わりはするものの、試合にはほぼ出続け、チームに4人しかいない規定打席到達打者の一人となられました。

結局レギュラーシーズン120試合の118試合に出場され、440打数107安打、打率.243、17本塁打(リーグ7位)、73打点(リーグ4位)という成績でした。打率はあまり高くはなかったものの本塁打と打点は主砲柳田悠岐選手に次ぐチーム2位の成績でした。得点圏打率はリーグ5位の.333、特に満塁の場面では11打数6安打、打率.545、15打点という勝負強い一面を発揮されています。

こうして迎えたポストシーズンでしたが、千葉ロッテマリーンズと本拠地で戦ったクライマックスシリーズの第一戦では、1回裏にいきなり迎えた1アウト満塁のチャンスを併殺打でつぶしてしまい、第二戦も含めてチームは連勝でCSを勝ち上がったものの、栗原選手は1本のヒットも打てずじまいで終わってしまいました。

その後、日本シリーズ初戦までの5日間で栗原選手は自らの状態を見事に立て直された訳ですが、これは1年間ほぼすべての試合に出続けた経験があってのことだったようです。長いシーズンを戦い抜く中で、当初は分からなかった調子が落ちた時の修正の仕方を実戦の中で学んだ経験が、初めて経験する日本シリーズという大一番を前にした調整で生きたようです。

それと併せて、工藤監督が経験の浅い栗原選手に対してシーズン中から言い続けてこられた「駄目だったら使った監督が悪いという気持ちで行け!」という言葉が、大一番を前にした栗原選手に、本来の持ち味である思い切りの良さを思い起こさせ、それが迷いのないバットスイングにつながっていったようです。

11月21日(土)に初戦を迎えた日本シリーズ、5番打者の栗原選手は2回表の第一打席で菅野投手のスライダーを見事にライトスタンドへ2ランホームラン、6回表にも2アウト一・三塁で左中間を真っ二つに破る2点タイムリー二塁打。後から振り返ると、この4打点が日本シリーズの流れを決定づけました。栗原選手は続く第二戦も4安打、第三戦・第四戦は打てなかったものの、日本シリーズMVPにも輝かれました。

今回の栗原選手の日本シリーズMVPは、二軍の若手有望選手たちに物凄い刺激を与えているようです。三森大貴(ミツモリ・マサキ)選手(高卒21歳、2016年ドラフト4位)、柳町達(ヤナギマチ・タツル)選手(大卒23歳、2019年ドラフト5位)、リチャード(本名:砂川リチャード)選手(高卒21歳、2017年育成ドラフト3位、2020年3月支配下登録)といった面々です。

三森選手は今季初の開幕一軍入りを果たすも定着とまでは至りませんでした。ただウエスタンリーグでは今季打率.323で首位打者でした。柳町選手も球団の新人野手では14年ぶりとなる開幕一軍入りを果たすも一軍定着はなりませんでした。しかし日本シリーズの40人枠にも入り、着実な足跡を刻みつつある選手です。

もう一人のリチャード選手は支配下登録は勝ち取ったものの、まだ一軍経験はありません。ただウエスタンリーグでは12本塁打、47打点で打撃二冠を獲得し、次代の大砲候補と期待されています。二軍・三軍の施設で一緒に練習してきた栗原選手の活躍は「次は自分」との思いをこれら若手選手たちに与えたという意味でも、実に刺激的だったようです。

一方投げる方では、一方的展開となった日本シリーズ第二戦の8回・9回の1イニングを見事に抑えきった杉山一樹投手(社会人出身23歳、2018年ドラフト2位)、椎野新(シイノ・アラタ)投手(大卒25歳、2017年ドラフト4位)が共に150㎞を超えるストレートを投げ込み力で圧倒しましたが、彼らの投球はジャイアンツの選手相手に投げているというより、チーム内での自らの立ち位置をアピールする為に投げているかのようでした。

また今シーズン50盗塁で盗塁王に輝き、13試合連続盗塁の記録を作った周東佑京選手が、日本シリーズ終了後に発表された手記の中で「育成入団から3年、今の自分は想像以上ではあるものの、安堵する余裕はありません。なぜなら下からの突き上げがあるからです。僕の代わりはいくらでもいます。その思いはきっとこれからも変わりません」と述べられています。

今シーズン大きくブレークされた周東選手ですら抱くこの危機感、福岡ソフトバンクホークスの強さの源泉を見たような気がしました。それともうひとつ、今回の日本シリーズで私には強烈に印象に残るシーンがありました。第三戦、福岡ソフトバンクホークスが2-0でリードしている6回裏、2アウト満塁で代打として長谷川勇也選手が登場したシーンです。

長谷川選手は大卒14年目のベテラン選手で、2013年には首位打者のタイトルも獲ったかつてのレギュラー選手です。近年出番が減る中で巡ってきたチャンスの場面、初球から敢然と打ってでた当たりはTV観戦していた私には「抜けた!2点タイムリー」と映ったのですが、読売ジャイアンツの二塁手・吉川尚輝選手が横っ飛びに好捕する超ファインプレーで間一髪でアウトに仕留めました。

ヘッドスライディングで一塁に滑り込むもアウトになった長谷川選手が、膝まづいてグラウンドをたたいて悔しがる映像を目にし、使ってもらえた場面で結果という答を出さねば、という思いが痛いように伝わってきました。このチームでは、一軍の枠にもぐり込み、更にレギュラーポジションを奪い取ろうとする若手選手のみならず、ベンチに入っている全選手があたかも飢えた狼の集団であるかのように、いい意味での競争意識を燃えたぎらせておられるのだと思わされました。

栗原選手の今シーズンを通してのご活躍と日本シリーズMVPは、更にチーム内での競争を激しくさせ、それがひいては福岡ソフトバンクホークスの更なるチーム力アップに繋がるのでしょう。このチームが、かつて読売ジャイアンツが川上監督のもとで成し遂げられたV9を超えるV10を目指すというのも、あながち絵空事とは思えません。

日本のプロ野球のすべてのチームが打倒福岡ソフトバンクホークスを目指す中で、全体のレベルアップが図られ、本当の野球の醍醐味を味わいたいものです。そして栗原選手には来シーズンも不動のレギュラーとして更なる飛躍を遂げていただきたいですし、数年後にはチームの顔であるだけでなく、日本を代表するような大選手に成長していかれることを心より願っております。

(おわり)
2020/12/9

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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