大野雄大投手~今始まった、大エースへの道のり!【第140回】

大野雄大投手~今始まった、大エースへの道のり!【第140回】

2020年のプロ野球はペナントレースの全日程を終了し、あとは読売ジャイアンツvs福岡ソフトバンクホークスの日本シリーズの開幕を待つばかりです。今シーズンは新型コロナウィルスの影響で開幕が大幅に遅れ、無観客試合でのスタートとなり、試合数も例年より少ない120試合制という異例づくめのシーズンでした。

そんな中、私自身が一野球ファンとして今シーズンの中で一番印象に残った選手は、中日ドラゴンズの大野雄大(ユウダイ)投手です。シーズンが開幕して1ヶ月以上も勝てませんでしたが、初勝利をあげてからの獅子奮迅の働きぶりは、まさに驚くべきものでした。今回はそんな大野雄大投手を取りあげさせていただきます。

大野投手は1988年9月生まれの32歳、京都市ご出身の左投左打の選手です。甲子園を沸かせたハンカチ王子こと早稲田実業高校の斎藤佑樹投手(現・北海道日本ハムファイターズ)、マー君こと駒大苫小牧高校の田中将大投手(2020年シーズンまでニューヨーク・ヤンキースに所属)と同学年になります。小学校5年生の時にスポーツ少年団で野球を始め、後に京都外大西高校に進まれています。

京都外大西高校では、2年生の夏、3年生の春に甲子園に出場されています。2年生の夏の大会ではチームは決勝まで進みましたが、田中将大投手の駒大苫小牧高校に敗れました。残念ながら決勝戦で大野投手に登板機会は巡ってきませんでした。その翌年、3年生の春の選抜では初戦で先発するも、東海大相模高校に敗れ悔しい思いをされた高校時代でした。

高校卒業後は「野球人としても人間としても成長できる」と勧められ、佛教大学に進学、1年生の春からベンチ入りし、中心選手として大いに活躍されました。所属する京滋リーグでは通算24試合の登板で18勝1敗という成績を残し、大学4年生の6月に開催された全日本大学野球選手権大会では、初戦で強豪東北福祉大学を2安打完封し、大学NO1左腕として存在を広く知られるところとなりました。

ただこの大会では2回戦で秋山翔吾選手(元埼玉西武ライオンズ、現シンシナティ・レッズ)率いる八戸大学に完封負けを喫し、悔しい思いもされています。全国大会における活躍で斎藤佑樹投手、大石達也投手(元埼玉西武ライオンズ、引退)、澤村拓一投手(2020年シーズン途中で読売ジャイアンツより千葉ロッテマリーンズへ移籍)と共に「大学球界BIG4」と称されるまでの存在になられました。

ただその後に開かれた世界大学野球選手権大会の日本代表メンバーに選ばれず、傍目にも分かるほど意気消沈し、深い挫折感も味わっておられます。しかも大学4年生の夏のオープン戦で肩を痛めて秋のリーグ戦に1試合も投げることが出来ず、ドラフト会議で指名を回避されるかもしれないという不安感にさいなまれるという経験もされています。

ただ幸いなことに、当時監督であった落合博満氏が「他球団が手を引くのなら単独1位指名でいく」と決断され、晴れて中日ドラゴンズの一員となられました。そしてこのことが、後々まで大野投手の心に球団に対する恩義として深く刻み込まれることとなります。こうして入団された1年目は、大半を左肩のリハビリに費やされ、一軍での登板はシーズン終盤での1試合(先発で4回7失点の敗戦投手)だけでした。

入団2年目となった2012年の7月に先発でプロ入り初勝利をあげると、この年は8試合に先発して4勝3敗、CSファイナルステージの初戦(対読売ジャイアンツ戦)に先発して勝利投手となり、オフの11月に開催された「侍ジャパンマッチ2012」の日本代表にも選出される等、着実に足場を固めていかれました。

入団3年目から5年目の3年間は、3年連続して二桁勝利、5年目の2015年には207.1イニングを投げましたが、これはこの年の12球団NO1の投球回数となり、名実ともにチームの主力選手のお一人となられました。そして6~7年目となった2016年・2017年は二年連続で開幕投手に指名され、更なる飛躍が期待されていたにも拘らず、両年とも7勝止まり、しかも負け数が勝星を上まわるという、大野投手としては屈辱的とも思える成績に終わっています。

翌2018年は心中期するものがあったはずですが、開幕一軍メンバーにも選ばれず、年間登板数はわずか6試合、まさかの勝ち星無し(0勝3敗)、防御率8.56という結果に終わってしまいました。翌年になって受けられたインタビューの中で、この年のことを振り返っておられますが、ボタンの掛け違いは3月のオープン戦にあったようです。

キャンプ以上に大切なものがオープン戦ということを十分理解して臨んだ対ヤクルト戦、1回裏の相手先頭打者は日本球界に復帰したばかりの青木宣親選手。ものすごい注目を集めておられたようですが、大野投手ご自身はそれほど意識をしていた訳ではないにも拘らず、全くストライクが入らずフォアボール。「まずい」と思っていたら次のバント処理をミスし、その後ワイルドピッチ。犠牲フライを打たれた後に2ランホームラン。2回にもホームランを打たれて、3回6失点の降板。  

結局開幕ベンチ入りを逃し、ここからもがき始めて、ルーティンを色々試すもうまくいかず、ようやく掴んだ一軍での先発登板も短いイニングでKO。こんなにイニングを稼げないなんて、と落ち込まれたようです。インタビュアーからの昨年一年を漢字一字で振り返ると・・・、との問いかけに「迷」と答えられたそうですが、併せて今年(2019年)は「心」です、心で投げます、とも答えられたそうです。

「腕を振って相手をねじ伏せる。球が荒れたって構わない。目の前の敵に集中する。それが自分の本来のスタイル。勝って喜び、負けて悔やむ。それが僕。僕にはクールな姿は似合わない。与田監督からは『170イニング投げてくれ』と言われました。まずはそれが目標です。」そして昨シーズン(2019年)、大野投手は与田監督との約束を見事に果たされました。

4年ぶりの二桁勝利はならなかったものの、177.2イニング(リーグ1位)を投げて9勝8敗、防御率2.58で初の最優秀防御率のタイトルも獲得。併せて9月14日の阪神タイガース戦では史上81人目となるノーヒットノーランも達成され、前年の0勝から見事に復活されました。

ここで少し大野投手の投球スタイルにも触れてみたいと思います。大野投手は二段モーションのオーバースローから最速152㎞、平均球速140㎞台後半のキレのあるストレート、フォーク、100㎞台のカーブ、縦横に曲がる二種類のスライダー、縦に大きく変化するツーシームを投げ分けておられます。

中でも最大の持ち味はストレートの威力です。球威がある上、ゾーンの中で勝負できる制球力がある為、球数が抑えられ、結果として完投を重ねられる要因にもなっています。V9時代の読売ジャイアンツのエースであり、後に監督も務められた堀内恒夫氏は、2020年シーズン後半の大野投手を評して、自分の手にボールがついており、特に変化球は自分の好きなところ、思うところに投げられているはずであり、素晴らしい!凄い!の一語に尽きると大絶賛されています。

その2020年シーズンですが、シーズントータルで20試合に登板し148.2イニングを投げて11勝6敗、防御率1.82(リーグ1位)、148奪三振(リーグ1位)、10完投うち6完封勝ち、という見事な成績でした。ただ開幕投手として6月19日のマウンドには立たれたものの、序盤の5試合は調子が上がらず、5試合で30.2イニングを投げて0勝3敗、18失点(自責点15)、防御率4.40と不甲斐ない成績からの出発でした。

ご自身として6試合目の先発となった7月24日の本拠地での阪神戦、大野投手は復調の気配を見せて5回1失点で勝ち投手の権利を持って降板されたのですが、リリーフ陣が打たれてチームは逆転負け。ナゴヤ球場での残留練習でベテランの山井大介投手、藤井淳志選手から「お前が長いイニングを投げなあかん。何してんねん」と苦言を呈されたようです。

この両ベテランの叱咤が大野投手の闘志に火をつけました。「僕だって5回で代わっていいなんて思っていない」。最後まで投げきると固く心に誓われたようで、次の登板日である7月31日のヤクルト戦において、完投で初勝利をあげると、そこから巨人戦2試合も含めて5試合連続完投勝利と、状態は一変しました。

大野投手の奮闘もあってチームは8月に5カード連続の勝ち越し、最下位に甘んじていた順位も一気に3位まで浮上しました。結局初勝利をあげた7月31日以降だけを見ると、14試合に登板し、113イニングを投げて11勝3敗、10完投(6完封勝ち)、防御率1.12、シーズン後半には45イニング無失点と、球団の無失点記録も更新するなど、まさにエースの名にふさわしい圧巻のパフォーマンスでした。

実は大野投手は2020年シーズンの途中で国内FA権が取得できることが分かっていた為、2020年シーズンは1年契約を結んでおられました。ご本人もFA権が取得できたら、多分シーズンオフには他球団の話も聞くんだろうなと思っておられたようです。しかし今シーズンの最終戦の試合前、報道陣に対してFA権を行使せず、中日ドラゴンズに残留することを表明されました。3年契約を結んでの残留ということで大まかに合意されたようです。

その時に述べられた理由のひとつは、大学時代の最後の秋のシーズンで投げられなかった自分をドラフト1位で指名していただいた恩返しがまだ出来ていない、というものでした。もしFA権を行使して争奪戦になっていたら、ひょっとすればもっと高い契約金を得ることも可能であったのかもしれません。

しかし大野投手はそうしませんでした。金額の多寡ではない、もっと大切にしたいものが間違いなくあったのだと思われます。大野投手が残留を決めた時、与田監督が「今日は何ていい日なんだ」と大野投手に言われたそうです。そしてチームメートの選手からも「ありがとう」とたくさん言われたそうです。それに対して大野投手は「こちらこそ、ありがとうという気持ちですよね」と感謝の気持ちを口にされています。

また併せて、大野投手は「ファンの皆さんに対してもまだ恩返しが出来ていない」とも語っておられます。「頑張れ!大野」といつも声を掛けてもらっているが、今回は残留してまた応援してもらえれば嬉しいし、僕にとってはファンの皆さんへの恩返しは勝って喜んでいただくこと、今度は優勝してファンの皆さんと一緒に喜び、そして一緒に泣きたいと心情を吐露しておられます。

自分を育ててくれたチームに感謝し、支えてくれるファンの思いにも応えたい。大野雄大という青年は古いタイプの日本人なのかもしれません。日本人の心の琴線に触れるこんなエースがチームの中心、大黒柱として存在してくれればチームはきっと一丸になれるに違いありません。

大野投手が今シーズンの初勝利後の14試合で見せた圧倒的なパフォーマンスを再現できれば、来季の中日ドラゴンズは手ごわい存在となりそうです。日本球界を代表するような圧倒的な大エースとなられる道のりを、一ファンとして楽しみに応援させていただこうと思います。

(おわり)
2020/11/19

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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