周東佑京選手~観る者をワクワクさせる、足のスペシャリスト!【第139回】

周東佑京選手~観る者をワクワクさせる、足のスペシャリスト!【第139回】

2020年のプロ野球は10月の最終週にセパ両リーグとも優勝チームが決まりました。セリーグの読売ジャイアンツは優勝を決めるまでに少しモタモタしましたが、一方パリーグの福岡ソフトバンクホークスは怒涛の12連勝をする等、2位チームを一気に突き放し、一気に優勝を決めてしまいました。

そんなチームにあって、後半戦の勝負どころで目覚ましい活躍によってチームを牽引された選手がおられますが、今回はその選手を取り上げさせていただきます。

その選手の名は周東佑京(シュウトウ・ウキョウ)選手です。

周東選手は群馬県太田市のご出身、1996年2月生まれの24歳、右投左打の内野手兼外野手の選手です。小学校2年生で野球を始め、高校は東京農業大学第二高等学校(群馬県高崎市)に進まれました。

高校3年時には主将として夏の群馬県大会の決勝まで進まれましたが、高橋光成(コウナ)投手(現・埼玉西武ライオンズ)率いる前橋育英高校に敗れ、甲子園出場の夢は叶いませんでした。

その後、北海道網走市にある東京農業大学オホーツクキャンパスに進まれ、1年時からレギュラーとして試合に出場されています。在学中に全日本大学野球選手権大会に三度、明治神宮野球大会に一度出場し、全国大会通算7試合で打率.364という成績を残すと共に、大学4年間で通算40盗塁を記録されています。

そして2017年秋のドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから育成2巡目で指名を受け、背番号121番でプロ野球選手としての第一歩を記されています。入団当時から脚力(50m走5秒7、一塁到達タイム3秒8)と機敏さではプロでもトップクラスとの評価を受けており、内外野を守れる守備力もまあまあ、課題は一にも二にも打つことでした。

1年目の2018年は二軍と三軍を行き来しながら打席数を積み上げ、内外野の守備の経験を積むことに専念されましたが、そんな中でも最終的には二軍公式戦90試合に出場し、打率は.233ながら、27盗塁でウェスタンリーグの盗塁王となっておられます。そんな周東選手に、前年リーグ優勝を逃し、2019年のチームスローガンに「奪sh!」を掲げ、走塁重視の方針を打ち立てたチームから白羽の矢が立てられます。

入団2年目となる2019年3月に支配下登録を勝ち取り、背番号も23番に変更されました。しかしこの時、二軍の打撃コーチであった大道典良コーチは、周東選手を一軍に、との方針に正直なところ「エッ?」と思われたとのことです。打撃については、まだ平均点を全然クリアできていないレベルであったからだそうです。しかし周東選手ほどのベースランニング技術を持つ選手は一軍にも見当たらず「打てなくても一軍に必要」な選手ということでの一軍昇格だったようです。

入団2年目の4月7日に一軍初出場、2日後には初盗塁、4月21日には初スタメンをつかみ、その試合でプロ初となる3ランホームランを含む4打点の活躍。しかしその後ご自身の打撃の調子が下降し始め、故障組の復帰と共に代走や守備固めとしての起用が増えていきました。

結局一軍選手としてのデビュー年となった昨シーズン(2019年)は、打率こそ.196であったものの、102試合の出場で25盗塁(盗塁成功率83.3%)という成績を残されました。ちなみに盗塁数はチームトップ、盗塁企画数20以上を記録したパリーグの全選手中、成功率は一番でした。

又オフの11月に開催された第2回WBSCプレミア12では、スペシャリスト枠として日本代表に選出され、本大会でも主に代走として起用されて大会最多となる4盗塁を記録するなど、足のスペシャリストとしての存在感を大いに発揮すると共に、プロ野球ファンの中での知名度も全国区のものとなっていかれました。

周東選手は盗塁においてスタートを切る際、相手投手の足が始動してからスタートをするのでは既に出遅れていると語っておられます。投手だけでなく投手のバックに映るスタンドの観客なども一緒にぼやっと見ることで、投球動作に入る前、足を始動する前の体のどこかに表われるほんのわずかの動きを把握されているようです。

投手ごとの、このほんのわずかな投球動作前の動きをつかみ取ることこそが周東選手の盗塁の極意なのだと思われます。そしてこの動きをつかむ為、周東選手はベンチにいる時に相手投手を凝視し続けておられるようです。更に実際の走塁にあたっては、スタートを切って左足・右足を踏み込んで3歩目の左足を踏み込んだ時にトップスピードになるようにダッシュをきかせておられるようです。二盗の場合は1塁ベースと2塁ベースの外側を結んだ線上を一直線に2塁ベースの右端目がけて走っておられます。

走行中は投手や投球は見ずにカバーに入る遊撃手の動きで判断、ヘッドスライディングはスピードが落ちるため行なわず、左右どちらか合う方の足を突き刺すイメージでスライディングをしているとのことです。

現代野球においては、バッテリーは足の速い選手の盗塁を阻止する為にクィックモーションを使い、牽制球を投げ、時にはボールをわざと外す等、ありとあらゆる手段を駆使して走らせない手立てを講ずる為、足の速い選手もそうそう簡単には走れなくなっています。しかし周東選手の盗塁技術の秘密の一端に触れ、何か納得ができたような気がしました。

そんな周東選手の今シーズンですが、シーズン当初は代走、守備固めとしての起用が多く、シーズンの折り返しとなった60試合の時点(8/28)で打率.212、盗塁数11個と今ひとつ調子の上がらない出だしでした。しかし折り返しを過ぎて9月半ばになると、打順もほぼ1番に固定されると共に打撃の調子も上がり始め、9月の月間成績は打率.307、14盗塁をマークする等、調子の上がりきらないチームの状態(9月のチーム成績11勝12敗2分)の中で、リードオフマンとしての存在感を発揮し始めました。

そして勝負どころの10月になると、10月9日に2位の千葉ロッテマリーンズに敗れてゲーム差無しまで追い詰められると、その翌日から一気にギアが入って12連勝、アッという間にマジックを点灯させ、そのまま一気にリーグ制覇まで突っ走りました。この間、周東選手は10月16日から10月30日まで13試合連続盗塁記録を打ち立て、チーム躍進の原動力となられました。

チームは10月一ヶ月間を22勝4敗1分で駆け抜け、周東選手ご自身も打率.306、23盗塁という驚異的な記録を残されました。ちなみにですが、月間23盗塁は前身の南海ホークス時代の1964年に広瀬叔功(ヨシノリ)選手の持つ19盗塁を更新するチーム記録、13試合連続盗塁は元阪急ブレーブスの福本豊選手が1971年、1974年に記録された「11」の記録を塗り替える日本記録でもありました。

記録を抜かれた福本豊氏は「私はマークがゆるい時やクィックが遅い投手の時にしか走れないようでは、仮にタイトルを獲っても盗塁王とは呼びたくないが、周東選手を見ていると久しぶりに本物の盗塁王、足でお客さんを呼べる選手が出てきたように思います」と賞賛の言葉を送っておられます。

また福岡ソフトバンクホークスの王貞治球団会長はリーグ制覇を決めた後のインタビューで、今シーズンの印象に残った試合や選手は? と問われ、「たくさんありますけど今年は何と言っても周東選手ですね。彼の足はチームにとって実に頼りになりますし、相手からしたらあんな嫌な選手はいないです。彼が打席に立つとバッテリーの雰囲気も違っていましたね。なんせ塁に出られればすぐ二塁打になっちゃう訳ですから。彼の成長、活躍はチームにとって実に大きかったですね」と絶賛されました。

新型コロナウィルスの影響で開幕が遅れ、しかも日程の都合で連戦が続いた今シーズンはどこのチームも選手のやりくりに結構苦労をされていました。福岡ソフトバンクホークスもその例に漏れず、新型コロナウィルスの余波で打線の中軸を担うキューバ勢の2人(デスパイネ選手、グラシアル選手)の来日が大幅に遅れたり、今宮選手の故障離脱や甲斐野投手、高橋純平投手が故障で投げられなかったりetcと、シーズン後半になるまで常に戦力のどこかが欠けた状態での戦いを強いられてきました。

そんな状態でもチームがガタガタと崩れないのがこのチームの本当の強さであり、底力なのだと思われます。常に20名以上の育成選手を抱え、三軍制のもとで鍛えに鍛えて、チャンスがあれば・・・と虎視眈々と一軍での出場を待つ飢えた狼のような若手たちが控えています。

今回取りあげた周東選手の他にも、このチームの一軍メンバーにはまだ数名の育成出身選手がいます。ちなみに10月27日の優勝決定の日のベンチメンバーの中には、中継ぎの高橋礼投手、先発捕手の甲斐拓也選手、この日は控えにまわっていた牧原大成内野手、釜元豪外野手、それに周東選手の5人がベンチ登録メンバーに名を連ねていました。

他には先発投手としてこの日はメンバー登録されていない千賀滉大投手もいます。主力選手にこんなに育成選手が名を連ねる球団は他に例を見ません。まさに福岡ソフトバンクホークスの選手を見出す目の確かさと育成力の高さを如実に物語っています。

このチームでは競争を勝ち抜いた者だけが一軍の舞台に立てるという、実にシンプルな鉄則が貫き通されているのだと思われます。そのことを示す象徴的な出来事がありました。この10年主力としてチームに貢献してこられた内川聖一選手が、リーグ制覇の決まった10月27日に自ら退団を申し出られました。二軍ではそれなりの成績を残されてはいたのですが、今シーズン一度も一軍の打席に立つチャンスは巡って来ず、他球団でのチャンスを求めての退団申し入れだったようです。

プロ野球ファンとしては少し淋しさも感ずる一方、シンプルな鉄則が貫かれた結果の出来事であり、ここに福岡ソフトバンクホークスというチームの強さの秘密と貫かれている厳しさを改めて思い知らされた気がします。

福岡ソフトバンクホークスはこれからパリーグの上位2チームによって行われるクライマックスシリーズを戦いますが、そこを勝ち上がると読売ジャイアンツとの日本シリーズへ駒を進めます。読売ジャイアンツが周東選手の足をどう封じ込めようとするのか、一方で周東選手はその包囲網をどう突破していくのか、実に楽しみです。

周東選手が課題の打撃のレベルを更に引き上げ、近い将来には福本豊氏の持つシーズン最多記録である106盗塁にも挑戦してもらいたいと思いますし、遠い将来には福本豊氏が持つ1065個の生涯盗塁記録をも視野に入れるほどの大選手を目指してもらいたいものです。走ることを通じて観る者をワクワクさせてくれる周東選手の益々のご活躍をお祈りしています。

(おわり)
2020/11/2

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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