松田宣浩選手~響け、熱男~!【第132回】

松田宣浩選手~響け、熱男~!【第132回】

新型コロナウィルスの緊急事態宣言が解除され、まだ完全な収束には至っていないものの経済活動を伴なう日常が戻りつつあります。

そんな中、2020年のプロ野球は無観客方式ながらも6月19日(金)の開幕が決まりました。
今は開幕へ向けての二週間の練習試合が、名古屋以東(8チーム)と関西以西(4チーム)に分かれて行われています。

調整が順調に進んでいるチーム、まだ整備の必要があるチームと状況は様々です。
消化すべき試合数も減少(143⇒120試合へ)し、セパ交流戦もなくなるという異例な状況の中、今年はどんな戦いが繰り広げられるのか、本当に楽しみです。

昨年日本一に輝いたのは福岡ソフトバンクホークスでしたが、パリーグ内の優勝争いは無論のこと、もし福岡ソフトバンクホークスが日本シリーズに進出した場合にはセリーグのどのチームがどんな戦いを挑んでくるのか興味が尽きません。

という訳で今回は、昨年日本一となったチームより、もうベテランの域に入った「熱男」こと松田宣浩(ノブヒロ)選手を取り上げさせていただきます。

まず松田選手のプロフィールよりご紹介させていただきます。
松田選手は滋賀県草津市出身、1983年5月生まれの37歳、右投右打の内野手です。双子の兄と共に小学校2年生で軟式野球を始め、中学生からは滋賀県内のボーイズリーグのチームで硬式野球に転向されています。

その後、兄弟一緒に岐阜県瑞浪市の中京商業高等学校(後に中京学院大中京高校に改称、更に2020年4月より中京高校へ再度改称)に進学されました。

高校時代は2年生の時に夏の甲子園に遊撃手として出場されましたが、1回戦で延長11回1-2の惜敗でした。高校時代は通算61本塁打を記録するなど長打力のある遊撃手として名を馳せられましたが、卒業後は東都大学リーグの亜細亜大学に進学されました。

ちなみにですが、双子の兄はトヨタ自動車野球部に進まれ、兄弟が初めて別の道を歩まれることとなりました。

亜細亜大学入学後は遊撃手から三塁手にコンバートされ、1年生の春のシーズンから4番打者として東都大学リーグ戦に出場し、同シーズンで3本塁打を打つなど、力を見せつけられています。

世界大学野球選手権や日米大学野球選手権の日本代表メンバーにも選出される等、大学球界を代表する強打者のお一人として活躍された後、2005年秋のドラフト会議で、当時存在した逆指名の希望入団枠制度により福岡ソフトバンクホークスに入団されました。

当時、球団はチームとしての次代のレギュラー二塁手候補を必要としており、王貞治監督は当初松田選手の二塁手へのコンバートを考えておられたようです。

というのは三塁のポジションにはメジャーリーグから2年契約で入団し、まだ契約を1年残すトニー・バティスタ選手がいたからですが、なんとバティスタ選手との契約を解除(もちろん違約金を支払って)し、2~3年後を考慮して若手選手の活用に舵を切られたのでした。

そんな経緯もあって守り慣れた三塁手としてプロ生活をスタートし、2006年の開幕戦にスタメン選手として第一歩を記されています。新人の野手が一軍の開幕戦にスタメンで出場したのは小久保裕紀選手以来、チームで12年ぶりのことだったようです。

しかし思った程の活躍は出来ず、6月半ばに二軍落ちするとそのままシーズンを終えられました。62試合出場で、打率.211、3本塁打、18打点の苦い1年目でした。その後、2008年には三塁手のレギュラーを掴み取った時期もありましたが、翌年と翌々年はケガの影響で出場試合数も減ってしまいました。

そして松田選手が真の意味でチームの中心選手の一角に君臨されるようになられたのは入団6年目の2011年、全試合フルイニング出場を果たされた時からです。

この年は松田選手の他にも川崎宗則選手、本多雄一選手も全試合フルイニング出場されていますが、同一年に同一チームから3人のフルイニング出場選手が出たのは、2リーグ制以降、初の記録だったようです。この年はいずれも自己最高記録となる打率.282、25本塁打、83打点、27盗塁、OPS(出塁率+長打率により算出).854を記録し、リーグ連覇に大きく貢献されました。

以降もチームの中心選手として活躍するかたわら、2012年頃からは侍ジャパン日本代表チームの常連メンバーとして、幾度も国際試合の場でも戦ってこられました。

そして2015年のシーズン途中で取得した海外FA権について、シーズン終了後に行使を宣言。行使の選択肢を「メジャーリーグ球団への移籍」か「ソフトバンクへの残留」に絞った上で、メジャーとの交渉に臨まれました。

それに対して球団は、球団史上初めて「宣言後の残留」を松田選手への特例として容認する中で、メジャーリーグの複数球団との交渉が行なわれ、特にサンディエゴ・パドレスとは具体的な交渉が行なわれたようですが、三塁以外の複数の守備位置を守るという球団からの条件提示で折り合えず、破談になったようです。

その後、松田選手は王貞治球団会長直々の要請で残留を決断し、2016年からの4年契約を結ばれました。

松田選手の選手としての特徴は、走攻守のすべてにおけるスピード感あふれるプレーであり、攻撃面では信条とするフルスイングと強靭なリストを生かした長打力が持ち味です。かつてはライナー性の打球を持ち味とされていたようですが、2015年に本拠地の福岡ドームにホームランテラスが新設された以降は、常に外野フライを打つイメージで打撃に取り組まれているようです。

その結果ホームランテラス新設後の5年間は、年齢を重ねておられるにも拘らず、ホームランの本数に全く衰えはありませんし、直近二年間は連続して30本超を打たれています。一方守備面では強肩を生かしたスローイングが持ち味であり、三塁手として史上最多となる通算8度のゴールデングラブ賞を受賞しておられますし、昨シーズンまで6年連続での受賞を今も継続中です。

既にプロ野球選手として一流との評価を確固たるものとされている松田選手に対して失礼な言い方になるかもしれませんが、プロ生活14年間でこれまで野手として残してこられた成績の数値だけを見ると、打撃タイトルを取っておられない事もあって、多少物足りなさも感じてしまいます。

それでは数字に表われない松田選手の良さとは何なのでしょうか?
それはチャンスをモノにする勝負強さとチームを鼓舞する守備と声の力だ、とのことです。

声の力?

松田選手は自分が打とうが打てまいがベンチでは常に大声を出し続けているそうです。ヤジを飛ばすのではなく、味方を鼓舞し続けるのだそうです。得点したランナーを出迎えるのも一番早い。不利な展開で暗くなりがちなチームの雰囲気を、ベテランの松田選手がエールを飛ばすことで最後まで諦めないムードに変える。

この手のタイプの選手はなかなかいないようです。
チームの主力選手でありながら、同時に縁の下の力持ち的な役割も果たしておられます。

しかも松田選手は自らの強みを練習を継続出来ることだと語っておられます。自らのテーマ・課題を継続してやり続けることが出来る。チーム内に与える影響力という意味では、たとえ打てなくても松田選手はベンチにいるだけでも戦力になるような貴重な存在であるように思えてきます。

松田選手はプロ野球選手として「全試合フルイニング出場」に強いこだわりを持っておられます。「僕の究極の目標であり続けている」とまで述べておられます。それは打って走れて守れる選手の証明であるから、ということのようです。ただし近年はさすがにフルイニング出場は難しくなっていますが、2015年以降5年連続の全試合出場は継続中です。

これから始まる2020年シーズンも、この全試合出場には強いこだわりを持っておられるようで、6年連続となればパリーグ史上5人目の快挙となります。開幕が遅れた影響で日程が過密になるとも言われていますが、そんなことには関係なく出続けるつもりでやっていく、と決意を語っておられます。

今の日本のプロ野球チームの中で、勝つ為に必要と思われることを最も的確に行なっているのが福岡ソフトバンクホークスというチームだと私には思えます。

それは戦力となる選手を見出し、育て、そして勝つ為の作戦を練り上げ、更にその為に必要な環境を整えるetc、そういったこと全てをひっくるめた組織マネジメントの力です。

福岡ソフトバンクホークスというチームでは、次から次へと若い有望な選手が出てきます。常にチームの中が新陳代謝されていく状況が整っているように思われます。

しかし年齢を重ねたベテラン選手がチーム方針という名のもとに一方的に出場機会を奪われるようなことになると、それはチーム内の活性化の芽を削ぐことになってしまいます。松田選手のように、まだまだ若い選手には負けないという気概を示し、それをキチッと成績で示してくれる存在がいてこそ、チーム内は活性化します。

そんな選手がチームの勝利の為に率先して声を出し、先頭に立って練習もする。こんなベテラン選手を生み出した組織風土こそが、ソフトバンクというチームの強さを生み出す源泉になっているように思えてなりません。

今回の新型コロナ騒動で日本中が自粛モードにあった中、松田選手が自身のインスタグラムで「大変な時期ですけど、ここは力を合わせて乗り越えていきましょう」というメッセージと共にお馴染みの本塁打パフォーマンス「熱男~!」を披露した上で、「次はアナタです」と締めくくり、「#ひとつになって乗り越えよう」というハッシュタグを書き添えてリレーを発案されました。

するとその日のうちにチーム内の内川聖一選手がバトンを受け取られ、そこからチーム内の選手はおろか、他球団の選手やサッカー界、芸能界の方までもが、それぞれの「熱男~!」で盛り上げに一役買われたようです。

松田選手は「熱男」という言葉に出会ってから自分も変わったしチームも変わったと語っておられます。松田選手は、今や「熱男」という言葉が松田宣浩の代名詞ともなっているので、今年も熱く、若く、元気に戦っていきたいと決意を口にされました。

まもなく始まる2020年シーズン、12球団の各チームには日本中を元気にしてくれるような熱戦を期待したいと思います。そして松田選手ご自身も6年連続の全試合出場を目指し、何度も何度も球場の観客席に向かって「熱男~!」の雄叫びをあげられることを心よりお祈りしたいと思います。

(おわり)
2020/06/10

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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