工藤公康監督~機能する強い組織の役割分担とは?【第121回】

工藤公康監督~機能する強い組織の役割分担とは?【第121回】

2019年のプロ野球は、福岡ソフトバンクホークスの日本シリーズ制覇をもって全日程を終了いたしました。

今年の日本シリーズは、読売ジャイアンツがクライマックスシリーズ・ファイナルステージで阪神タイガースを圧倒して勝ち進み、シーズン2位からパリーグのファーストステージ、ファイナルステージを勝ち進んだ福岡ソフトバンクホークスとの間で、ガップリ四つの熱戦が期待されていましたが、福岡ソフトバンクホークスの4連勝と、意外な幕切れとなってしまいました。

あまりのあっけなさに少し拍子抜けの感すらありましたが、一方で福岡ソフトバンクホークスの強さがどこまでも際立った日本シリーズでもありました。
そしてパリーグとセリーグには我々が想像している以上の格差が既についているのかもしれないということも思い知らされました。

という訳で、今回は福岡ソフトバンクホークスの工藤公康監督を取りあげさせていただく中で、福岡ソフトバンクホークスというチームのチーム作り、強さの秘密の一端にも触れてみたいと思います。

工藤公康監督は1963年5月生まれの56歳、愛知県豊明市のご出身で、現役時代は左投左打の投手でした。
名古屋電気高校(現・愛知工業大学名電高校)時代の高校3年生の夏の甲子園では2回戦でノーヒットノーラン達成し、チームもベスト4まで進出されています。

高校卒業後は社会人野球への就職を決めておられましたが、1981年秋のドラフト会議で西武ライオンズの強行指名を受け、紆余曲折を経た上でドラフト6位でプロの道へ進んでおられます。

プロ入り後の実績については今更語るまでもありませんが、西武ライオンズ(13年)、福岡ダイエーホークス(5年)、読売ジャイアンツ(7年)、横浜ベイスターズ(3年)、最後に古巣の西武ライオンズ(1年)と各チームに在籍し、通算29年の現役生活を通じて224勝142敗・3セーブ・10ホールド・防御率3.45の成績を挙げられました。

また最優秀防御率(4回)、最多奪三振(2回)、最高勝率(4回)といったタイトルも獲得し、ベストナインに3回、ゴールデングラブ賞(投手では唯一のセパ両リーグでの受賞)も3回受賞しておられます。

個人としての成績も素晴らしいのですが、工藤投手は西武・ダイエー・巨人の3球団で14回のリーグ制覇を経験し、うち11回で日本一も経験されており、まさに優勝請負人と呼ばれるにふさわしい貢献をしてこられました。

現役引退後は3年間、野球評論家としての活動をされた後、2015年のシーズンより福岡ソフトバンクホークスの監督に就任され、今シーズンまでで5年が経過しています。

福岡ソフトバンクホークスにおける投手出身の監督は、前身チームである南海ホークス出身の杉浦忠監督以来26年ぶりの就任でした。

監督就任にあたって王会長は「工藤カラーを出して自分の思いを表現してもらいたい。俺はこういう野球をやる、ということを選手にしっかり伝え、思い切ってやって欲しい」というメッセージを送られたそうです。

その言葉どおり監督就任1年目の2015年は圧倒的な強さでリーグ制覇を成し遂げ、日本シリーズも東京ヤクルトスワローズを下して日本一を達成されました。

ただ翌年、監督2年目の2016年に北海道日本ハムファイターズに敗れてリーグ制覇を逃すと「これだけの戦力を与えられて、なぜ負けるのか?」と猛烈な批判を浴びることもあったようです。

その屈辱をバネに監督就任3年目の2017年から今シーズンまで日本シリーズを3連覇。

就任からの5年間で二度のリーグ制覇、四度の日本一を達成されており、今や選手時代に優勝請負人と呼ばれたと同じく、監督としても優勝請負人と呼ばれてもおかしくない実績を打ち立てられ、まさに名将と呼ばれるような立場に立たれつつあります。

今や福岡ソフトバンクホークスは、リーグ制覇を成し遂げ、クライマックスシリーズで2位以下のチームを撃破し、その上でセリーグの日本シリーズ進出チームを破っての日本一を達成しなければまわりが許さない、そんなチームになりつつあるように思われます。

そこで福岡ソフトバンクホークスの強さの背景には何があるのか、少し触れてみたいと思います。

まず第一は選手層の厚さです。
このチームは正式な組織として三軍を保有し、三軍の専任監督、専任コーチを置いています。

そして二軍・三軍の専用施設である「HAWKSベースボールパーク筑後」(福岡県筑後市)という球場(メイン球場「タマホームスタジアム筑後」とサブ球場「ホームスタジアム筑後第二」で構成)・屋内練習場・合宿寮・クラブハウスが一体となった施設を抱えています。

指導者がいて立派な施設もある訳ですから当然選手もいます。

福岡ソフトバンクホークスは常時23~24人の育成選手を抱え、二軍の公式戦であるウェスタンリーグとは別に、毎年80試合前後の対外試合を行ない、若手選手の鍛錬・育成を継続的に行なっています。(これらのことについては当コラムの第53回「福岡ソフトバンクホークス・強さへの飽くなき追及」の項をご参照下さい。)

福岡ソフトバンクホークスの公式ホームページには、三軍選手の非公式戦個人成績も記載されており、明日のスターを夢見る若手選手たちの奮闘ぶりを見ていただくことが出来ます。

余談ですが、昨年メジャーリーグのドラフトで全体8位の指名を受けるも、今年5月にソフトバンクに入団したカーター・スチュアート・ジュニア投手(20歳)も、この三軍で試合に投げながら鍛錬を積んでいます。

そしてこの三軍制度、数多くの育成選手を抱える福岡ソフトバンクホークスならでは、の現象が一軍メンバーに占める育成出身者の多さです。

先般の日本シリーズを例にとると、第一戦に先発し勝ち投手となった千賀滉大投手、全4試合で先発マスクをかぶった甲斐拓也捕手、全4試合に出場し第一戦・第四戦で先発出場した牧原大成二塁手、第一戦・第二戦で代走として起用され、攻略のキッカケを作った周東佑京外野手、第三戦に二番手で登板し勝ち投手となった石川柊太(シュータ)投手、更にはキューバ政府から当初育成選手として派遣されてきたセットアッパーのリバン・モイネロ投手(第二~第四戦の3試合に登板)まで含めるとベンチ入りメンバーに6人の育成出身者がいましたが、こんなチームはどこにも見当たりません。

育成選手ですから(モイネロ投手を除き)、どの球団にも支配下選手としてドラフト指名するチャンスはあったはずなのですが、ここに福岡ソフトバンクホークスのスカウト陣の選手を見出す眼の確かさと、その後の育成力の凄さが見てとれます。

この育成の為の環境整備という意味では、前述の「HAWKSベースボールパーク筑後」(開業して4シーズン経過)を活用しての効果がこれから本格的に表われてくるものと思われます。

更にもうひとつ、このチームの凄さを感じさせてくれたのは、今回の日本シリーズでこれだけの強さを見せたにも拘わらず、工藤監督や各選手のコメントから浮かれた様子や慢心を感じさせるようなものが一切出てこないことです。

今やチームにおける不動の生え抜き中心選手である広島県出身の柳田悠岐選手は、かつて自らが広島カープのファンであることを公言し、将来はFAの資格をとって広島へ移籍したいといった冗談とも本気ともつかないことを口にするような、どちらかというと軽いノリの選手でしたが、今やそんなそぶりは全く見せません。

選手の一人一人にチームとしての規律が深く浸透しているように感じられます。

工藤監督は今回の日本シリーズを振り返って、強いジャイアンツにどうやって勝つか、自分なりにしっかり準備をしてきたと語られると共に、自分の思った通りにやって、それでダメだったら責任を取ればいいというぐらいの覚悟をもって臨まれていたことを明かしておられます。

今回の日本シリーズで工藤監督が打線のキーマンに指名したのは柳田選手でしたが、実は柳田選手は左ヒザ裏の肉離れで開幕直後に戦線を離脱し、レギュラーシーズンの大半を棒に振っていました。

シーズンの終盤にようやく復帰はしたものの、まだ復調途上の柳田選手をキーマンに指名したのは、どんな状況でも全力でプレーする柳田選手のひたむきさが短期決戦にはどうしても必要と判断されてのことだったようです。

柳田選手は日本シリーズで3番を打ち初戦から第三戦まで毎試合打点を挙げ、見事期待に応えてみせました。
日本一が決まった瞬間、腕を広げて真っ先に柳田選手に飛びついた工藤監督の姿に、選手と起用する監督の間に流れる無言の信頼関係の厚さを見せつけられた思いがしました。

選手の発掘を担当するスカウト部門、そして選手の育成を担当する二軍・三軍の監督やコーチ陣、層の厚い選手の中から対戦相手や選手の調子、状況に合わせての選手起用を進言する一軍コーチ陣、そして采配の全責任を背負う一軍監督、チームの環境整備を担う後方スタッフ部門、まさに今の福岡ソフトバンクホークスは勝つべくして勝てるチーム力・組織力が備わり始めているように感じられます。

印象としては、かつてのV9時代の読売ジャイアンツに並び称せられるようなチームになりつつあるのかもしれません。

来シーズン福岡ソフトバンクホークスは、パリーグ優勝を果たした上で日本シリーズ制覇を目指してくるはずです。

しかし仮にこれを何年も続けられるとしたら、それはそれで日本のプロ野球の危機に他なりません。
パリーグのチームはリーグ制覇とクライマックスシリーズでの打倒ソフトバンクを、セリーグのチームは日本シリーズでソフトバンクを倒すことを目標に頑張って欲しいものです。

そして強いソフトバンクには、倒しがいのある王者として君臨し続けていただきたいものです。
その攻防は日本のプロ野球を更に発展させると共に、ファンに夢と楽しみを与えてくれるに違いありません。今から来シーズンの開幕を楽しみに待ちたいと思います。

(おわり)
2019/11/8

「福山義人のプロ野球に学ぶ組織論」一覧に戻る

筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

※福山義人氏への講演依頼はこちらから