山本由伸投手~大きく育て!未来の絶対的エース【第116回】

山本由伸投手~大きく育て!未来の絶対的エース【第116回】

2019年のプロ野球はオールスター戦も終わり、後半戦の熱戦の真只中です。

オールスター戦休みに入る段階では、セリーグは読売ジャイアンツ、パリーグは福岡ソフトバンクホークスの優勝で決まりかな、という雰囲気になりかけていましたが、オールスター休みが明けてからの4カード12試合で、両チームとも4カード中3カードで負け越しの4勝8敗と少しカゲリも見え始め、2位チームとの差も縮まって少し面白い展開になってきています。

一方でセリーグ最下位の東京ヤクルトスワローズ、パリーグのオリックスバファローズにもまだCS(クライマックスシリーズ)進出の芽は十分に残されており、まだまだ今後の戦いから目が離せません。

そんな中、チームは最下位に沈んでいるものの、7月28日(日)現在、投手成績リーグ1位に輝く投手がおられます。今回はその投手を取りあげさせていただきます。
その投手の名は、オリックスバファローズの山本由伸(ヨシノブ)投手です。

山本投手の名前の「由伸」については、プロ入り前、山本投手の誕生した年(1998年)に読売ジャイアンツに入団した高橋由伸元選手・前監督にちなんで巨人ファンの実父が名付けたと報じられたことがあったそうですが、山本投手自身によれば、実母の名前から「由」、実父の名前から「伸」の字を取る形で祖母が命名したとのことです。

山本投手は岡山県備前市出身、1998年8月17日生まれ、まもなく21歳になる右投右打の投手です。
身長178㎝、体重80㎏と、プロ野球選手としては決して大きい選手ではありません。小学校1年生から地元のチームで野球を始め、中学3年生の時には東岡山ボーイズというチームで二塁手兼投手として全国大会に出場されたこともあります。

その後先輩の紹介で宮崎県の私立都城高校へ進学され、1年生の秋から本格的に投手へ転向されています。高校時代既に150キロを超えるボールを投げていたようですが、残念ながら甲子園への出場経験はありませんでした。

そして2016年秋のドラフト会議でオリックスバファローズから4位での指名を受け、プロ入りされています。

入団1年目の2017年は、春季キャンプを二軍でスタートすると早くも5月初旬にウエスタンリーグの対広島東洋カープ戦で先発として公式戦初登板。この試合を皮切りに8月中旬までウエスタンリーグの公式戦8試合に登板して2勝0敗、防御率0.27という好成績を残し、8月20日に本拠地での対千葉ロッテマリーンズ戦に先発として一軍公式戦デビューを果たされました。

この試合では勝ち負けはつきませんでしたが、8月31日に開催された相手本拠地での同カードでプロ入り初勝利を挙げておられます。結局この年は、すべて先発で5試合に登板し、1勝1敗、防御率5.32という記録を残されました。

2年目となった昨シーズンは、春季キャンプから一軍に帯同し、一軍の先発ローテーション入りを目指すもかなわず、公式戦の開幕は二軍で迎えることとなりました。しかしウエスタンリーグ公式戦での好投が認められ、4月後半に一軍へ昇格、以降はセットアッパーとして起用されました。

4月28日に対福岡ソフトバンクホークス戦で公式戦初ホールドを挙げると、その後もセットアッパーとして登板を重ね、前半戦でパリーグ歴代3位(10代の投手では初めて)の15登板試合連続ホールドポイントを記録し、監督推薦でのオールスター戦出場も果たされています。

ちなみにですが、山本投手がオールスター戦に選出されたのは選出発表時点で19歳10ヶ月だったそうですが、オリックスに所属する10代の選手がNPBのオールスターゲームに出場した事例は、前身の阪急ブレーブス時代の1956年に米田哲也投手が高卒1年目の18歳4ヶ月で監督推薦選手として出場されて以来62年ぶりのことだったようです。

結局昨シーズン一軍公式戦にオール救援で54試合に登板し、4勝2敗1セーブ32ホールド、防御率2.89という好成績で1年を終えられました。

そして入団3年目を迎えた今シーズン、前年までのエースだった金子弌大(チヒロ)投手、西勇輝投手が他球団へ移籍されたことを背景に、自ら志願して春季キャンプから先発投手としての調整を本格的に再開し、4月3日の対福岡ソフトバンクホークス戦で先発として今シーズンの初登板を果たされました。

この試合、8回表1アウトまでソフトバンク打線を無安打に抑えるなど、9回を1被安打2与四球無失点の好投を見せてくれました。(試合は延長12回0対0の引き分け)

以降今シーズンは、直近の登板となった7月27日まですべて先発で15試合に登板し、109回3分の1イニングを投げて5勝4敗、防御率1.89という成績を残されています。

5勝4敗という成績だけを見るとあまりたいしたことがないように見えてしまいますが、7月28日現在規定投球回数(所属するチームの消化試合数と同じイニング数)を投げている投手の中で、防御率3.00以内の投手はパリーグに3人、セリーグに5人のたった8人しかいませんし、その中で防御率1点台の投手は両リーグを通じて山本投手ひとりだけです。

高卒3年目の今シーズン、山本投手は凄みを増しながら、更に進化を続けておられるように見受けられます。

しかし入団1年目は、ご本人が言われるには力で投げておられたそうで、疲れたらもう投げられないような状態に陥っておられたようです。

現実に1年目の登板は、一軍では先発しても5回が精一杯、登板翌日は痛みでキャッチボールも出来ない状態になっていたとのことです。
ところが1年目のオフに転機がやってきます。

このオフ、山本投手は横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智選手たちと自主トレを共にされたのですが、そこで出会ったトレーナーや筒香選手に大きな衝撃を受け、考え方や練習方法が一変したそうです。

詳しいことは分かりませんが、体の強さや柔軟性、連動制といったあらゆるものを同時に高められるトレーニングを教わり、それを以降も継続されたことで、疲れにくい身体を手にいれられたようです。

従って今は試合終盤のイニングでもあまり疲れを感じないようで、それを山本投手は「力で投げていないから」と表現されています。山本投手流の言い方では「力じゃない力。力を抜いた中で力を出せる。体全体でしっかりボールに力を伝えられているという感じ」だそうです。

山本投手は最速157㎞のストレートにスライダー、カーブ、ツーシーム、カットボール等々の多彩な変化球を投げ分ける投手ですが、今シーズンは先発への復帰を見据えて、昨オフから更にシュート、チェンジアップの習得に励んでこられました。

昨シーズン、セットアッパーを任された時はカットボールを習得し武器にしてこられましたが、右打者の外角方向に曲がるスライダー、カットボールに加えて、右打者の内角方向に曲がるシュートを持つことで、自らの投球の幅と選択肢を広げておくことが最大の目的とのことです。

先発完投を目指す投手は、一試合の中で相手打者と少なくとも三度は対戦しますが、相手打者が対戦するたびに違うピッチャーと対戦していると思うぐらい、山本投手は自らの幅を広げておきたいと考えておられます。

よって投げるボールだけではなく、クィックを交えるなど投げるフォームにも工夫をこらしているようですし、フォームの中でも更に小さな変化をつけることによって、相手打者に「なんかタイミングが合わないな」と思わせたり、打者との間をズラしたり、といった工夫を色々されているようです。

山本投手は「先発投手としての理想像は?」と問われ、「“負けない投手”です。その為には“打たれない”。そして“疲れない”、この三つです」と答えておられます。

打たれないから負けないし、球数も増えないから疲れない、この循環こそが山本投手の考えておられる理想の先発投手だそうです。その上で、一年を通して先発としてチームに貢献したと言える二桁勝利を目指したいと語っておられます。

前述した通り、山本投手はここまで15試合に先発し109回3分の1イニングの投球回数をこなしていますが、この間に投げた球数は計1620球です。1イニングあたりの投球数は約15球、実際は15球に満たない数値で、そのストライク率が約67%を記録しています。

速球をテンポよく、それもストライク先行で投げ、フォークやカットボールの決め球も球威がある為、打者も早いカウントから勝負を仕掛けていかざるを得ない。その結果、山本投手のペースに相手打者を巻き込むことが出来ているのだと思われます。

私はこの原稿を書きながら、我々はひょっとしたら後に歴史に名を残す大変な投手の出現を目の当たりにしつつあるのかもしれないと思えてきました。

オリックスバファローズの前身チームのひとつである阪急ブレーブスの弱小チーム時代を支えた米田哲也投手(通算350勝)、黄金時代の絶対的エースであった山田久志投手(通算284勝)、もうひとつの前身チームである近鉄バファローズの大エースであった鈴木啓示投手(通算317勝)といった大投手達の足跡をなぞれるような存在を目指していただきたいものです。

そして山本投手の進化と共にオリックスバファローズがパリーグの強豪チームの一角を占め続ける存在になってもらいたいものです。

絶対的エースとチームの優勝という図式を思い浮かべる時、私の頭に真っ先に浮かぶのは、その年24勝0敗という圧倒的成績でチームを日本一に導いた田中将大投手(現ニューヨークヤンキース)と東北楽天ゴールデンイーグルスの関係です。

山本由伸投手にも、あの時の田中将大投手のような絶対的エースとしてチームに君臨していただく日がやってくることを願ってやみません。

シーズン残り49試合、少し厳しいのかもしれませんが、山本投手には年間二桁勝利と防御率1位のタイトル奪取をぜひ実現してもらいたいものです。

(おわり)
2019/7/30

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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