神里和毅選手~若きリードオフマン、更なる飛躍を!【第115回】

神里和毅選手~若きリードオフマン、更なる飛躍を!【第115回】

2019年のプロ野球は交流戦を終え、オールスター戦までの間での同一リーグの戦いの真只中です。

交流戦終了時点で首位に立っていたパリーグ・福岡ソフトバンクホークス、セリーグ・読売ジャイアンツの両チームが交流戦後の同一リーグ内の戦いをそれぞれ8連勝(交流戦の勝利も含めると9連勝)、7連勝と勝ち進む一方で、2位であった東北楽天ゴールデンイーグルス、広島東洋カープがそれぞれ引き分けをはさんで7連敗(交流戦の敗戦も含めると9連敗)、8連敗したことで、首位と2位以下のチームの差が一気に開き、首位に立つ両チームの独走の気配が漂い始めています。

そんな中、首位の独走許すまじ、と奮闘しているのが横浜DeNAベイスターズです。
セリーグ劣勢の交流戦でも10勝7敗1分と勝ち越し、5月半ば(5/12)には最大で11もあった借金を一時はゼロに戻すほどの健闘ぶりです。

今回はそんなチームを1番バッターとして牽引する神里和毅選手を取りあげさせていただきます。
神里選手は1994年1月生まれの25歳、沖縄県島尻郡南風原(ハエバル)町出身の右投左打の外野手です。

豊見城高校の野球部員として春夏の甲子園に四度出場された父親の影響で小学校4年生から野球を始め、ご自身も沖縄県立糸満高等学校の外野手として3年生の夏の甲子園に出場されています。

ただ残念ながら香川代表の英明高校と対戦し、一回戦敗退でした。
余談ですが、糸満高校の1学年先輩に現読売ジャイアンツの宮國椋丞(リョウスケ)投手がおられました。

その後、東都大学野球リーグに加盟している中央大学に進まれ、1年生の春からベンチ入りを果たされ、4年生の時には主将を務めておられます。

4年生の秋季リーグ戦では外野手としてベストナインにも選ばれ、プロ野球からもそれなりに注目を集める存在とはなっておられたのですが、4年生秋のドラフト会議ではどの球団からも指名を受けられず、実業団の日本生命に進まれました。

日本生命では1年目から1番打者として公式戦に出場され、2年目の2017年には社会人野球日本代表としてアジア選手権大会に出場し、チームの優勝に貢献すると共にベストナイン、打点王のタイトルも獲得されています。

そして2017年秋のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから2巡目の指名を受け入団を決められました。
なおドラフト会議後には外野手として2017年の社会人ベストナインにも選ばれています。

プロ入り初年度の昨シーズンは、春のキャンプに一軍メンバーとして参加し、一時的に右腹斜筋の炎症の影響で二軍に回られたことはあったものの、キャンプ後のオープン戦で積極的に起用されると、俊足を生かした好調な打撃でアピールし、開幕一軍ベンチ入りメンバーの座を手にされました。

すると本拠地横浜スタジアムでの開幕戦で「7番右翼手」の先発メンバーとしてプロデビューを果たされました。

その後、第2戦でプロ入り初安打と初打点を記録し、第3戦から1番打者を任されると、その試合で公式戦初盗塁も記録し、以降の試合でも一時は盗塁数でセリーグトップに立つほどの俊足でチームの開幕ダッシュに貢献されました。

その一方で4月中旬の対読売ジャイアンツ戦では、公式戦初本塁打を初回先頭打者本塁打で記録するなど、新人選手の滑り出しとしてはこれ以上ない順調なスタートを切られました。

しかしその後打撃の調子が下降し、一軍に帯同しつつもスタメンから外れる試合も増えていきました。

ただ6月には打撃も復調し、再び1番打者として起用されるケースも増えていたのですが、8月中旬の阪神タイガース戦で受けた右足甲の外側への死球が後に骨折と判明し、結局シーズン終了までの復帰はかないませんでした。

プロ1年目のシーズンは86試合に出場し273回打席に立って打率.251、5本塁打、21打点という成績でした。ご本人にとっては、何か中途半端な消化不良な思いの残るシーズンではなかったのかな、と思われます。

ケガも癒え、更なる飛躍を胸に秘めての今シーズンのスタートでしたが、キャンプに入る前にラミレス監督が「現時点で」という条件つきで公表された予想開幕オーダーの外野手は、レフト筒香嘉智選手・センター桑原将志選手・ライト梶谷隆幸選手となっていました。

神里選手ご自身がオープン戦の終盤に打撃の調子を崩されたこともあり、開幕から5試合はスタメンから外れましたが、桑原選手の打撃不振もあり、以降はほぼ全試合でセンターまたはライトでスタメン出場を続けておられます。

神里選手は50メートル5秒8の俊足が持ち味の選手ですが、とはいうものの打撃はコツコツ当てにいくのではなく、強く振り切るスタイルです。

従って三振の多さも目立つ打者ではありますが、一方で逆方向(レフト方向)へホームランの打てるパンチ力も持ち合わせています。

横浜DeNAベイスターズの坪井智哉打撃コーチは、昨年と今年の違いについてバットの軌道が変わったことを挙げておられます。

これは昨シーズン骨折によって戦列を離れているリハビリ期間中に、神里選手が自分と向き合い見つけ出した答のようで、坪井コーチの表現によると横振りから縦振りにバットの軌道を変えたということになるそうです。

これによってレフト方向への打球の質が変わったそうで、特に追い込まれてからの際どい変化球をしっかり溜めて待ち、ショートの頭上へ跳ね返していく技術だそうです。
素人にはよく分かりませんが、神里選手の打撃技術は着実に進化しておられるようです。

横浜DeNAベイスターズというチームは筒香嘉智選手、ホセ・ロペス選手、ネフタリ・ソト選手、宮崎敏郎選手という長打も打てる強打者4人が3番から6番の打順を固めています。

この強力打線の前にランナーがいれば得点能力は必然的に高くなります。
4月の中旬から後半にかけてチームは10連敗し、その後も勝ったり負けたりが続き、前述のとおり5/12には借金が11にまで膨らみ、非常に苦しい時期がありました。

その時ラミレス監督がとられた手が神里選手を1番に固定する打順でした。
なかなか調子の上がらなかった宮崎選手の復調もあり、打線が機能し投打もガッチリ噛み合った結果が交流戦でのパリーグ4チームに勝ち越しての10勝7敗1分という好成績につながりました。

どの手駒をどの打順で活用することがチームの得点能力を最大に持っていくことが出来るか、という観点からすると、まさにラミレス監督の用兵の妙が見て取れますし、その起用に応えている神里選手の成長を見て取ることも出来ます。

この原稿を書いている7月7日(日)現在、神里選手はチームの79試合中77試合に出場し、打率.293(リーグ9位)、22打点、6本塁打という成績を残されています。

ただチームが読売ジャイアンツとの三連戦に負け越してしまい、少しカゲリも見え始めていますが、セリーグのペナントレースの火を消さない為にもチームとしての奮闘を祈りたいと思います。

併せてチームのリードオフマンとしての神里選手には闘志溢れる溌剌たるプレーを期待したいものです。 

(おわり)
2019/7/8

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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