梅野隆太郎選手~躍進を可能にするチームの要【第114回】

梅野隆太郎選手~躍進を可能にするチームの要【第114回】

2019年のプロ野球は交流戦が終了し、いよいよこれから後半戦の戦いが始まりますが、その交流戦は福岡ソフトバンクホークスと読売ジャイアンツの両チームによって、最終戦に勝った方が交流戦優勝というスリリングな展開に持ち込まれた結果、福岡ソフトバンクホークスの優勝で幕を閉じました。

又リーグトータルの勝敗は今年もパリーグの勝ち越しとなりましたが、これは10年連続となります。

年間143試合で覇を競っている各チームですが、ちょうど半分ほどのゲーム数が消化されたここまでを振り返ると、セパ両リーグとも昨年の最下位チームが健闘しています。

パリーグの東北楽天ゴールデンイーグルスは堂々の首位争いをしていますが、前回取りあげさせていただいた平石監督(第113回「名もなき選手だった男の一流監督への道」)の手腕が光ります。

一方セリーグ最下位だった阪神タイガースも貯金を持った状態でリーグ3位での折り返しと、交流戦こそ負け越したものの、なかなかの健闘ぶりです。そこで今回は、その阪神タイガースの守りの要となっている梅野隆太郎捕手を取りあげさせていただきます。

梅野選手は1991年6月生まれの28歳、福岡県那珂川市のご出身です。
福岡工大城東高校時代には春夏とも甲子園への出場経験はないものの、在学中に公式戦通算24本塁打を記録し、地元では打てる捕手として知られた存在だったようです。余談ですが、高校の1年後輩に現在阪神タイガースでチームメイトとなっている中谷将大選手がおられました。

梅野選手は高校3年の秋(2009年)にドラフト会議でプロから指名される可能性があったようですが、その時点ではまだ身体も出来ておらず、下位指名でプロに入団するよりも、ということで大学進学の道を選ばれ、地元の福岡大学へ進学されました。

大学では1年生の春から九州六大学野球のリーグ戦に出場され、在学中には2012年春から4季連続でチームを全国大会への出場に導くと共に、リーグ通算で28本塁打と3割以上の打率を記録されています。

4年生の夏には日米大学野球選手権大会の日本代表に選ばれ、このチームの主将も務めておられますが、この年の秋(2013年)のドラフト会議で阪神タイガースから4巡目の指名を受け、プロ野球の世界への第一歩を記されています。

プロ入り初年度となった2014年は、新人選手でただ一人公式戦の開幕を一軍で迎え、開幕戦となった東京ドームでの読売ジャイアンツ戦で7回表に代打でプロ初出場、その裏からは守備にもつかれています。

同一カードの3戦目には代打でプロ初安打、4月後半には代打でプロ初本塁打も打つなど、この年は阪神の捕手陣では最多となる92試合に出場されると共に、シーズン2位で迎えたポストシーズンでは、日本シリーズ出場という貴重な経験もされ、成績(打率.197、7本塁打、21打点)はともかくも将来を嘱望される若手選手という立場を手にされました。

その流れの中で入団2年目となった2015年は開幕戦から13試合続けてスタメンマスクを任されるも、その間にチームが6連敗したことや配球面での課題が露呈したことから、出場機会はどんどん減っていき、結局2年目は一軍出場は56試合、3年目は更に減って37試合の出場にとどまりました。

しかしこの2年間、一軍と二軍の間を行ったり来たりする雌伏の時を過ごされたことが、4年目以降に花を開き始めます。

梅野選手の入団4年目の2017年、前年育成選手から這い上がって大きくブレークされた原口文仁選手が打撃を買われて捕手から一塁手へ起用方法が変わったこと、前年に新人ながらスタメンマスクを任される機会が多くなっていた坂本誠志郎捕手が右手親指を骨折したこともあり、梅野選手が捕手に起用される機会が一気に増え、シーズンを通して初めて100試合超となる112試合の出場機会を得ることが出来ました。

年間通して打率.206と、試合には出ても打でチームに貢献するにはほど遠い状況ではあるものの、ひとつのステップは超えられました。

そして翌2018年には出場試合数は更に伸びて132試合、始めて規定打席にも到達し、打率.259、100安打、8本塁打、47打点と攻撃面でも戦力の一員となり、併せて守備面でリーグ2位の盗塁阻止率.320を記録したことが評価され、セリーグ捕手部門のゴールデングラブ賞を受賞されています。

チームの捕手では3人目(2010年・城島健司選手、1985年・木戸克彦選手)、最下位チームからの選出は史上初めての出来事でした。

そして迎えた今シーズン、正捕手としてまさにチームの要の存在として試合に臨んでおられます。
ただ開幕4戦目の東京ドームでの読売ジャイアンツ戦で、試合中の交錯プレーで左足薬指を骨折されるというアクシデントに見舞われましたが、痛みをこらえ骨折した薬指にテーピングを施し、3日後にはスタメンとして戦列に復帰されています。

その後、4月9日には本拠地甲子園球場での横浜DeNAベイスターズとの試合ではサイクル安打を達成されました。三塁打⇒単打⇒本塁打の後の第5打席、一塁にランナーを置いてのライトへの大飛球が野手の間を抜け、二塁で止まれば大記録の達成だったのですが、梅野選手は躊躇なく二塁ベースを蹴って三塁へ、ところが長駆一塁からホームを目指したナバーロ選手がホームで刺された結果、梅野選手の記録が二塁打となり、大記録が達成されたものです。

インタビューで梅野選手は「1点でも追加点を取りたい一心で・・・・」と応えられましたが、自らの功名ではなく、チームの為を思う行動が観ている者の心を打ちました。

今シーズンは左足薬指の骨折の後に2試合の欠場はありますが、ほぼすべての試合のマスクをかぶる上で、配球面において「積極的に」「攻撃的に」という気持ちを前面に出してサインを出しておられるようです。

「攻撃的」な配球とは厳しく内角を突くことだけではなく、ピンチの場面でゆるいボールのサインを出すことの方がもっと勇気が必要とのことです。ただそのサインを出すことが、打者の内角へのボールをより活かすことにもつながるそうです。

そして同一カード三連戦のすべてでマスクをかぶり、すべての打者と対戦する中で梅野捕手の頭の中に蓄積されるものが増えていき、3試合とも先発投手が変わる中で、打者とその投手の持ち球と傾向の組み合わせによって相手打者を打ち取る為のさまざまな配球を考えられるようになってきているとのことです。

トータルで見ることの出来る強みをご自身も感じておられるようですが、一方で、だからこそ一球への責任感と、その球を選ぶ根拠についても強く自覚されるようになったと語っておられます。

交流戦が終了した6月23日現在、梅野選手は打率.290(リーグ10位)、34打点、7本塁打、得点圏打率.314(リーグ7位)という打撃成績を残されていますが、昨年までとの一番の違いは、積極性を出していることと自ら語っておられます。

捕手として初球から思い切りバットを振ってくる打者には恐怖を感じるそうですが、自らが打席に立つ時にこのことを逆に利用する為、自分の中で狙い球をしっかり絞って打席に立ち、初球からでも狙い球が来たら積極的に打ちにいくという意識を持たれているようです。

昨年までは追い込まれると色々考えてしまうことが多く、それによって厳しいコースに手を出して結果が出ないことが多かったようです。
今は追い込まれたらバットを短く持つことを心掛け、自分はこの打席で何を狙うのか、ということを考えて打席に立っておられるようで、この考え方をするようになって、意外なことにヒットの出ない期間が短くなったそうです。

併せて自分が捕手であることをしっかり頭に入れ、相手の配球、試合の状況を読みながら打席に立っていることが打撃力のアップにつながっているとのことです。まさに正捕手としてほぼすべての試合のマスクをかぶっておられることが、明らかに打撃面にもいい影響を及ぼしておられると言えそうです。

かつて千葉ロッテマリーンズで捕手として活躍された野球評論家の里崎智也氏は、捕る・投げる・止めるという基本行動が一軍の一定水準以上であれば、プロ野球の世界でいい捕手というのは結局打てる捕手だ、という趣旨のことを言われたことがあります。

それぐらい守れて打てる捕手を育てあげるというのは難しいことなのだと思われます。
その証拠に全12球団の捕手の中で、交流戦が終了した5月23日現在、規定打席を満たしているのはセパそれぞれでわずか二人ずつ(セリーグ:阪神タイガース梅野捕手、東京ヤクルトスワローズ中村悠平捕手、パリーグ:福岡ソフトバンクホークス甲斐拓也捕手、埼玉西武ライオンズ森友哉捕手)しかいません。

阪神タイガースというチームは元々守備はあまり上手じゃないチームですが、今年は若手主体のチームということはあるにせよ、12球団で最多のエラー数です。このままの状態が続くなら、年間失策数100超という不名誉な記録を打ち立ててしまうかもしれません。

一方で盗塁はセリーグ最多であり、昨季までと比べてひとつでも前の塁へ進めようというチャレンジ精神は感じさせてくれます。

これまでの福留選手・糸井選手・鳥谷選手といったベテランに頼るチーム構成から、臆せずチャレンジする若手主体のチームへ明らかにチームは変わりつつあります。

まさに今、成長途上であり、チームの背骨が形となって表に現れつつある段階のように思われます。俗に言うセンターラインの要である捕手に梅野選手という核を手にすることが出来、センターにも俊足という強力な武器を持つ近本光司選手という特徴ある選手が定着しつつあります。

世代交代と新陳代謝、そこを自らが育てる生え抜き選手で構成できた時、本当に強いチームが出来上がっていくに違いありません。そういう形がおぼろげながら見え始めてきたように思えます。

これから再開される同一リーグ内の戦い、まだまだ紆余曲折があることは間違いありませんが、梅野捕手を中心に、おぼろげながらも確かな芯が出来つつあるようにも見える阪神タイガースのこれからの戦いぶりを注目していきたいと思います。

そして今シーズン梅野選手が個人的目標として掲げておられる、二年連続の捕手部門ゴールデングラブ賞受賞が達成されることをお祈りしたいと思います。

(おわり)
2019/6/26

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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