大谷翔平選手~もっと進化を!二刀流【第105回】

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大谷翔平選手~もっと進化を!二刀流【第105回】

2018年もまもなく終わろうとしていますが、今年一年を振り返って最も輝いた選手の一人が、今年メジャーへ移籍されたロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手ではなかったかと思われます。投打の二刀流を駆使してメジャーリーグ(ア・リーグ)の新人王に輝きました。という訳で今回は大谷翔平選手を取りあげさせていただきます。

実は当コラムで大谷選手を取りあげさせていただくのは今回が三回目です。(第23回「異次元の世界へのチャレンジ」第66回「極めよ、二刀流!見たことのない世界へ」)過去二回は2014年のシーズン途中、2016年のレギュラーシーズン終了時点(クライマックスシリーズ開始直前)に取り上げさせていただきましたが、今回も含めての2年毎の大谷選手の変貌ぶりはまさに驚くばかりです。

我々日本のプロ野球ファンは、甲子園球場で活躍された花巻東高校時代から大谷選手を見てきて、その魅力に取りつかれた訳ですが、この一年間アメリカでプレーされた結果、大谷選手が二刀流というプレースタイルを通して示されたパフォーマンスは、我々日本人が想像する以上にアメリカの野球ファンの心を鷲づかみにしたようです。それはア・リーグの新人王への選出過程の中に見てとれます。

大谷選手はメジャーリーグでの選手生活を二刀流としてスタートされ、投手としては10試合に先発登板し4勝2敗、防御率3.31、打者としては104試合(代打出場22試合を含む)に出場して、打率.285、22本塁打、61打点、10盗塁という成績を残されました。ア・リーグの新人王争いは大谷選手を含め、ニューヨーク・ヤンキースのミゲル・アンドゥハー内野手、同じくニューヨーク・ヤンキースのグレイバー・トーマス内野手と3人による三つ巴との前評判でしたが、全米野球記者協会に所属する30人の記者の投票(1位5ポイント、2位3ポイント、3位1ポイントで投票)では、大谷選手が137ポイント、アンドゥハー選手89ポイントという予想外の大差で大谷選手の新人王が決まりました。

2位に敗れたミゲル・アンドゥハー選手は、打率.297、27本塁打、92打点と、打撃成績ではすべての項目で大谷選手の成績を上回っています。それでも大谷選手が選ばれたのは、二刀流が与えた衝撃がそれ程までに大きかったことを如実に示しています。

大谷選手のメジャーリーグ新人王は、日本人選手としては1995年の野茂英雄選手、2000年の佐々木主浩投手、2001年のイチロー選手に次ぐ4人目の受賞です。佐々木投手やイチロー選手がメジャーの新人王に選ばれた時、我々日本人は「佐々木やイチローが今さら新人王と言われてもなぁ・・・・」という感想を持ちましたが、その時アメリカからの記事のコメントにはこんなことが記されていました。

「アメリカの新人王は別名ジャッキー・ロビンソン・アワードと呼ばれる(ジャッキー・ロビンソンは黒人メジャーリーガーの第一号選手)が、そのロビンソン選手もプロのニグロリーグから来た選手であり、初めてメジャーに来たのであれば経歴に関係なく新人選手として扱われる。それがメジャーリーグというものだ。」ところが佐々木投手、イチロー選手の活躍とそれに続いた日本選手(松井秀喜選手、井口資仁選手、松坂大輔投手、ダルビッシュ有投手、田中将大投手等)の初年度からの活躍によって「レベルの高いNPB(日本野球機構)を経た日本人選手と純粋な新人を比べるのはいかがなものか」という空気が全米記者協会の記者の中からも出てきたようで、イチロー選手以降長く新人王が誕生しなかった、ひとつの要因だったようです。

大谷選手も日本球界で5年のキャリアを積んでのメジャー入りだったのですが、メジャー選手相手に二刀流で挑む大谷選手のチャレンジは、新人王への投票を行なう記者の心をゆさぶったようで、アメリカでの二刀流はそれぐらい大きなインパクトだったことは間違いなさそうです。

少し順序が後先になってしまいましたが、ここで大谷選手のプロフィールとアメリカへ渡られてからの足跡を少し振り返ってみたいと思います。

大谷選手は1994年7月生まれの24歳、岩手県奥州市(旧水沢市)のご出身で、花巻東高校から2012年秋のドラフトで1位指名を受け、北海道日本ハムファイターズに入団されました。数々の非難を受けながらも、プロ入り後一貫して二刀流を確立する為の練習に取り組まれ、北海道日本ハムファイターズでの5年間で、最多勝・最優秀防御率・最高勝率のタイトル(いずれも2015年)を獲得されたり、ベストナインの表彰を3回(投手部門で2015年・2016年、指名打者部門で2016年、2016年の投手部門・野手部門の同時受賞は史上初)受けられる等、一定レベル以上の成果を置き土産に2017年のシーズン終了後、ポスティングシステムを活用して、ロサンゼルス・エンゼルスへの移籍を決められました。

入団1年目の今春、オープン戦では投手として2試合に先発登板、打者としては11試合で起用されましたが、投打ともに不振を極め、防御率27.00、打率.125、0本塁打、長打0という結果に「メジャーのレベルの選手じゃない」「マイナー起用すべき」といった非難の声があがりましたが、シーズンが開幕するとオープン戦の不振は何だったんだ、と思わせるような快進撃が始まりました。

3月29日の開幕戦、オークランド・アスレチックス戦でのメジャー初打席の初球を初安打すると、3日後の4月1日、同じくオークランド・アスレチックス戦でメジャー初登板初勝利、2日後の4月3日の本拠地初戦のクリーブランド・インディアンス戦に指名打者として出場し、第1打席でメジャーリーグ初本塁打、翌4月4日には2試合連続となる同点2ランホームラン、2日後の4月6日には3試合連続となる第3号ホームランを打つなど、これ以上ないスタートを切られました。

この開幕直後の大活躍を、大谷選手はシーズン終了後にこんな風に語っておられます。「初登板でそれなりに抑えることが出来、初打席でヒット、ホーム開幕戦でも本塁打を打つことが出来た。スタートが良かったので使う方としても機会を与えやすかったと思いますし、次のチャンスをもらえるという意味でも大事だったと思います。」

しかし好事魔多し、6月の初旬には肘の内側側副靭帯を損傷し、自身初となる故障者リスト入り。1ヶ月後に打者として復帰されましたが、投手としては9月初旬に一度復帰登板はされたものの、右肘靭帯に新たな損傷がみつかり、結局シーズン半ば以降は投手としては、ほとんどマウンドに立てずにシーズンを終えることとなりました。ただバッターとしてはシーズン最後までチームの主力選手の一人として活躍されました。

前述した、大谷選手が残した今シーズンの記録は既に歴史的領域の記録となりつつあります。例えば1シーズンで10試合に先発登板し、かつ10本以上の本塁打を記録したのはベーブ・ルース以来の出来事だそうで、そのベーブ・ルースの二刀流の記録は1915~1919年のレッドソックス在籍時の記録だとのことです。アメリカの野球ファンにとっては、大谷選手の出現が100年前のベーブ・ルースの記録に再び光を当ててくれている訳で、特別な感慨を抱いておられるようです。

このあたりのことを、かつて東北楽天ゴールデンイーグルスに在籍され、日本シリーズ制覇にも貢献されたアンドリュー・ジョーンズ氏は「大谷選手に対する米国人の興味と尊敬は日本人が想像しているよりもはるかに大きく、アメリカで彼のことを話すと“まるで神のようだ”と言います。みんな彼のプレーに興味津々で、ベーブ・ルースのように思っています」と語っておられます。国民的娯楽と呼ばれるメジャーリーグの野球ですが、その中でもベーブ・ルースという名前にアメリカ人は敏感に反応するそうで、それぐらい大きな存在のようです。

2019年のシーズンより大谷選手の所属するロサンゼルス・エンゼルスで新監督として指揮をとられるブラッド・オースマス氏は、今シーズンの大谷選手の活躍に刺激され、今後二刀流を目指す若きアスリートが増えるに違いないと持論を述べておられます。そういった意味で、大谷選手の出現は野球界の若手を前進させる大きなインパクトを与えてくれているようです。

プロ野球がエンターテインメント産業である以上、あくまでもチームを応援するファンがいてもいいですし、個人の選手の超人的なパフォーマンスを楽しむという楽しみ方があってもいいのだと思われます。大谷選手は二刀流という、近代野球では誰もが成し得ていない、というよりほぼ不可能と思われていた領域で、ファンの注目を集め、それなりの成績を残したことで、未知の領域への夢のチャレンジャーとして、ファンや一般大衆の関心を一気にひきつけたところに多大な価値を生み出したように思われます。

この先、数年後に円熟期を迎えた時、一体どんなパフォーマンスを見せてくれるのか、思っただけでもワクワクさせてくれます。日本の野球ファン、アメリカの野球ファンに限らず、世界の野球ファンにこのワクワク感、高揚感を持たせてくれる、そんな選手が日本のプロ野球からキャリアの第一歩を踏み出した日本人選手であることが、我々日本を嬉しくさせてくれます。決して無理づかいをせず、中期的な時間軸の中で、より高いパフォーマンスを発揮できる環境づくりをして欲しいものです。我々はまさに、エンターテインメントの世界で何年・何十年に一人誕生するスーパースターの成長過程をリアルタイムで目に出来る時代の証人であるのかもしれません。

2018年のシーズン終了直後に右肘靭帯再建手術(トミー・ジョン手術)を受けられた大谷選手は、来シーズンはリハビリのために投手としてマウンドに立つことは出来ません。既にリハビリを開始し、肘の曲げ伸ばしは完全な状態に戻っているそうで、2019年シーズンはバッターとしてだけの出場となり、二刀流は一時封印となりますが、投球が可能となる2020年シーズンには、二刀流の選手として再び大きく羽ばたいて欲しいものです。まずは来シーズン、打者としての大いなるご活躍を期待したいと思います。

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(おわり)
2018/12/25

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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