菅野智之投手~完成の域から更なる上へ!【第104回】

菅野智之投手~完成の域から更なる上へ!【第104回】

2018年のプロ野球はすべての日程を終え、今は静かな時を迎えています。2018年シーズンを振り返り、チーム成績とは別次元で、個人の選手として最も高いパフォーマンスを発揮されたのは読売ジャイアンツの菅野智之投手ではなかったかと思われます。

開幕早々の序盤戦はともかく、中盤以降は圧巻の投球の連続でした。その結果が先発型投手にとっての最高の栄誉である沢村賞の2年連続の受賞につながりました。しかも今シーズンは選考にあたっての7つの基準(後述)をすべてクリアーしての文句ない受賞でした。海外へ出ている投手を除くと、国内のNO1投手であることに異論をはさむ人はいないのでは、と思われます。そんな訳で今回は読売ジャイアンツの菅野智之投手をとりあげさせていただきます。

まず菅野投手のプロフィールを紹介させていただくと、菅野投手は平成元年(1989年)10月生まれの29歳、神奈川県のご出身です。母方の祖父・原貢氏(1936~2014・享年78歳)は昭和40年(1965年)に福岡県の三池工業高校を率いて甲子園で初出場・初優勝という偉業を成し遂げ、その後迎えられた東海大学付属相模高校では甲子園出場8回、うち優勝1回・準優勝1回という実績をあげられた、アマチュア球界屈指の名指導者でした。

その原貢氏の長男が、2019年シーズンより三たび読売ジャイアンツの監督として指揮をとられる原辰徳氏であり、菅野投手はこの原貢氏の孫(原辰徳氏の妹の子)にあたられます。こうした流れの中、菅野投手も東海大相模高校から東海大学へと進まれました。東海大相模高校時代は2年秋からエースとして活躍されました。同学年には現・広島東洋カープの田中広輔選手、一学年下には現・北海道日本ハムファイターズの大田泰示選手がおられたのですが、激戦神奈川地区を勝ち抜くことが出来ず、甲子園出場は一度も果たすことが出来ませんでした。

大学進学後は1年生の秋からチームの主戦を任され、日米大学野球選手権大会の日本代表、アジア野球選手権大会の日本代表に選ばれる等、大学球界を代表する好投手として活躍されました。東海大学が所属する首都大学リーグでの通算成績、37勝4敗、防御率0.57、347奪三振という素晴らしい成績を引っ提げて2011年秋のドラフト会議に臨まれました。

当時、伯父でもある原辰徳氏が読売ジャイアンツの監督を務めていたこともあり、読売ジャイアンツの単独指名が濃厚と噂されていました。しかしフタをあけると北海道日本ハムファイターズとの競合となり、抽選の結果交渉権は北海道日本ハムファイターズに行き、結局菅野投手が日本ハム入団を拒否する意向を表明し、1年間の浪人生活を選択されました。これは社会人野球や国内の独立リーグ、海外のプロリーグ等に進んだ場合は2年間指名されることが出来ないという協約がある為です。そして翌2012年秋のドラフトでは読売ジャイアンツが菅野投手を単独で指名することが出来、菅野投手は無事読売ジャイアンツの一員となられました。

プロ入り初年度の2013年、当然のように開幕一軍メンバーに名を連ね、開幕二戦目に初先発、二戦目にプロ入り初勝利を挙げて以来、今シーズンまでの6年間、ほぼローテーションを崩さず、ずっと投げ続けておられます。開幕前にワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のあった2017年を除き、6年間で四度の開幕投手を務めておられます。

近年は、毎年続けて何年にも渡って好成績を維持し続ける投手は稀有の存在となっています。野球の高度化と共に、投手にかかる負荷が増し、消耗度合いは以前とは比べものにならないぐらい増加しているように思えてなりません。そんな中にあって、挙げておられる成績もさることながら、大きな故障もなく、当然のようにローテーションを守って投げ続ける菅野投手のタフさの裏側で、コンディション維持の為にどれほどの努力がなされているのか、私の目はそこへいかざるを得ません。

菅野投手の投手としての最大の特徴は、その抜群の制球力です。プロ入りされた当初からコントロールの良さは高く評価されていましたが、自らも「試合でボールがコントロールできずに困ったことはほとんどない」と語っておられますし、プロ入り前の1年間の浪人期間中にはボール1個分の出し入れが出来る制球力を身につけることを目標に練習を積んできたとも語っておられます。

昨年までの同僚で、今シーズンよりメジャーリーグのセントルイス・カージナルスへ移籍し18勝(ナ・リーグ最多勝タイ)を挙げたマイルズ・マイコラス投手は菅野投手について「スガノは三振を取りたいところで取れるし、併殺に仕留めたいところで凡打を打たせる技術を持った投手。間違いなくメジャーで通用する」と話しておられます。

また野球評論家の野村克也氏はこれまでも菅野投手を評して「自分をわかっていて、頭を使える投手」と高く評価してこられましたが、今シーズンのクライマックス・シリーズのヤクルト戦で菅野投手がノーヒットノーランの偉業(CS史上初)を達成した際には「本当にいいコントロールをしている。ピッチングと会話ができる投手。これ以上楽しい投手はいないよ。俺も引退したけど、(捕手として)受けてみたくなる投手」と最大級の賛辞を送られると共に、「技巧派でもきちっとコースに投げればこういう結果になるという見本のような投球だった」とも語っておられます。

抜群の制球力に裏打ちされた高度な投球術に加えて、菅野投手は俊敏な牽制やフィールディングのうまさという技術も併せ持っておられます。「投手は投げるだけじゃない」が菅野投手の持論ですが、この言葉を裏打ちするように打撃にもかなりなこだわりを持っておられます。それは「自らが本塁打を打って1-0で完封勝ちをおさめるのが僕の夢」という言葉に凝縮されているように思われます。

今やプロの投手たちが目指すひとつの理想の姿を体現しつつあるような菅野投手ですが、ここで2年連続の受賞となった沢村賞に少し触れてみたいと思います。

この賞はプロ野球創設期の伝説の大投手である故沢村栄治氏(巨人)を記念し、1947年に制定されています。シーズンで最も優れた先発完投型の投手に贈られる賞で、当初はセリーグ所属の投手だけが対象の賞でしたが、1989年からは両リーグの投手から選ばれることとなりました。

沢村賞は7つの選考基準があります。①勝利数―15勝以上、②奪三振数―150以上、③完投試合数―10試合以上、④防御率―2.50以下、⑤投球回数―200イニング以上、⑥登板数―25試合以上、⑦勝率―6割以上 というものです。先発・中継・抑えの分業制が確立された現代野球では、二桁勝利(10勝以上)が一流の証となっていますし、投手に代打が送られるセリーグでは完投する投手自体が極めて珍しくなっています。そういう状況下では年間200イニング以上を投げる投手は、近年では両リーグ合わせてもせいぜい年間に一人二人いるかどうかです。(ちなみに2016・2017両年はゼロでした)今シーズンも200イニング以上を投げた投手は両リーグで菅野投手一人だけでした。

こうしてみると、現代野球ではこの7項目の基準自体がかなり高いハードルとなっており、今シーズンの菅野投手は全7項目をクリアーしての受賞でしたが、これは2011年の田中将大投手(現ニューヨーク・ヤンキース)以来7年ぶりの快挙でした。(ちなみに昨年の菅野投手の沢村賞は「10完投」と「200イニング」の2項目が未達でした)

菅野投手の今シーズンの成績を7項目の基準に沿って記すと、①15勝(8敗)、②200奪三振、③10完投、④防御率2.14、⑤投球回数202イニング、⑥登板数28試合、⑦勝率.652 という立派なものでしたが、この成績で最多勝、最優秀防御率、最多奪三振の投手三冠タイトルも手にしておられます。

今シーズンの沢村賞について菅野投手は「昨年の段階で今年は(沢村賞を)狙って取ると公言して取れたので、今年の方が達成感は格段にある。来年一番こだわりたいのは勝ち星。20勝したい」と語られました。もし20勝して3年連続の沢村賞受賞ということになると、伝説の400勝投手・金田正一氏が1956~1958年に達成した記録に並ぶ歴史的快挙が見られることとなりそうです。

こうやって菅野投手のことを語ってくると、菅野投手が目指す更なる高みは、もうメジャーリーグしかないのでは、と思えてきます。実績・実力は申し分なし、今後はご本人も希望しておられるメジャーリーグを目指されることは間違いないと思われますが、問題はどの段階でメジャーのマウンドに立てるかです。読売ジャイアンツはリーグ制覇から既に4年遠ざかっており、絶対的エースである菅野投手のメジャー行きを早い段階で認めることはかなり厳しいものと思われます。

読売ジャイアンツから過去メジャーへ移籍した3人の選手(松井秀喜選手、上原浩治投手、高橋尚成投手)はすべてFA権を行使しての挑戦であり、ポスティングシステムの活用事例はありません。順調にいけば菅野投手は2021年のシーズン中に海外FA権を取得されますので、メジャーのマウンドに立てるのは2022年からということになります。ただ既に菅野投手は29歳であり、FA権を行使した場合、メジャーのマウンドに立てるのは早くて32歳。一プロ野球ファンの勝手な思いとしては、なるべく早くメジャーのマウンドに立たせてあげたい、メジャーの強打者相手の快刀乱麻の投球をなるべく早く見てみたい、そんな思いで一杯です。

ただ2019年シーズンからは実の伯父でもある原辰徳氏が監督に就任される為、絶対的な大黒柱である菅野投手をどう扱っていかれるのか、チーム・球団としての組織的判断と菅野投手の個人的希望、その狭間で肉親としての思いも抱えられる原監督の苦悩等々、日本のプロ野球史上でも見たことがなかったような難しい判断を求められる局面が近づいているような気がします。ただこれは菅野投手の存在の大きさがそれぐらい際立ってきていることの証拠と言えます。菅野投手と読売ジャイアンツ球団が2019年以降の契約をどんな形で結ばれるのか、金額のこともさることながら、何年の年数で複数年契約を結ばれるのか、大いに注目したいと思います。

ただいずれにしろ菅野投手が来シーズン日本のプロ野球で投げられることは確実です。アンチジャイアンツファンにとっては厄介極まりない存在ですが、一プロ野球ファンとしては、更なる高みへどんな進化を遂げていかれるのか、益々楽しみが広がっていきます。来シーズンの更なるご活躍を心よりお祈りしたいと思います。        
    

(おわり)
2018/12/4

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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