青木宣親選手~精神的支柱という役割の大きさ【第101回】

青木宣親選手~精神的支柱という役割の大きさ【第101回】

2018年のプロ野球は、セリーグでは広島東洋カープのリーグ三連覇が決まり、パリーグも埼玉西武ライオンズの10年ぶりのリーグ制覇が決まりました。これからはクライマックスシリーズ、日本シリーズへ関心は移っていきますが、パリーグはクライマックスシリーズを戦うチームはほぼ確定しているものの、セリーグはどのチームがクライマックスシリーズに進出してくるのか、まだ混沌としています。

そんな中で1チームは東京ヤクルトスワローズでほぼ間違いなさそうです。今回は、その東京ヤクルトスワローズに今シーズンより再加入された元メジャーリーガー・青木宣親(ノリチカ)選手を取りあげさせていただきます。実は当シリーズで青木選手を取りあげさせていただくのは二回目です。前回は約4年前にメジャーリーグ時代の青木選手を取りあげさせていただきました。
(第29回「魚心に水心、更なる飛躍へ向けて」)

ご記憶の方もあるかと思いますが、東京ヤクルトスワローズは昨シーズン45勝96敗2分(勝率.319、首位から44ゲーム差)という記録的大敗で最下位に沈みました。監督も交代(真中満氏から小川淳司)し、ヘッドコーチに生え抜きの宮本慎也氏が就任し、石井琢朗・河田雄祐という二人の腕利きコーチが広島東洋カープから新たに加入されました。こうした首脳陣の刷新が多大な効果をもたらしたことは間違いありませんが、それと同じぐらい大きな影響をチームにもたらしたのが青木選手のメジャーからの復帰であったように思われます。

ここで簡単に青木選手のプロフィールをご紹介しますと、青木選手は1982年1月生まれの36歳、宮崎県日向市のご出身で、宮崎県立日向高等学校時代は投手、早稲田大学進学後は野手に転向され、2003年秋のドラフト会議でヤクルトスワローズから4巡目での指名を受け入団されています。

後にメジャーリーグに移籍するまで8年間在籍された東京ヤクルトスワローズでは、8年間のうち6シーズンで打率3割以上をマークし、首位打者(3回)、最多安打(2回)、盗塁王(1回)といったタイトルを獲得すると共に、ベストナイン(7回)、ゴールデングラブ賞(6回)にも選出されるなど、俊足・巧打・好守の名選手でした。

メジャー移籍後の6年間(2012~2017年)で7球団(ミルウォーキー・ブルワーズに2年、カンザスシティ・ロイヤルズ、サンフランシスコ・ジャイアンツ、シアトル・マリナーズに各1年、最終年の2017年はヒューストン・アストロズ、トロント・ブルージェイズ、ニューヨーク・メッツの3球団)に在籍され、トータルで759試合に出場して2716打数774安打、打率.285、219打点、33本塁打という立派な成績を残しておられます。

青木選手がアメリカで活躍されていた6年間、東京ヤクルトスワローズの年間成績は3位→6位→6位→1位→5位→6位でした。前述した通り昨シーズンは記録的大敗での最下位だった訳ですが、昨シーズンまで指揮をとられた真中満前監督は「今のスワローズにはチームリーダーがいない」ということを話されていたようで、青木選手の再加入が決まった際には、戦力としての期待は無論のこと、それ以外の目に見えない部分での貢献もかなり期待されていたように思われます。

今年2月の沖縄・浦添での春季キャンプで石井琢朗打撃コーチは取材に対して「青木にはチームの精神的支柱になって欲しいですよね。チーム全体を少し引いたところから見てくれる存在というんですかね」と話しておられました。また小川監督はシーズンが始まってしばらくたった頃、インタビューの中で青木選手のことをこんな風に語っておられます。

「青木は以前ヤクルトでプレーしていた時には自分のことに一生懸命で、多分チームリーダーとしての意識はなかったと思います。でも36歳となり、メジャーで経験も積んできた今、彼はリーダーとして振る舞うようになってくれています」と話され、具体的な事例としてこんな話をされたそうです。

今シーズンの始まる前、3月初旬のオープン戦で中日ドラゴンズとの試合で序盤に点を取られて0対7と7点のリードを許した試合があったそうです。オープン戦が始まる前に小川監督は「昨年の96敗がある以上、たとえオープン戦であろうとも今年は勝ちにこだわる」と宣言されていたようです。とは言え、序盤で7点もリードされると、多少戦意喪失気味になるものですが、でもこの時青木選手が自ら試合中にみんなを集めて「シーズンに入ると当然こういうケースもあるんだから、最後まで諦めたらダメだ」とかなり強い口調で言われたそうです。小川監督はその様子を見てチームリーダーとしての自覚を感じたと語っておられます。

シーズンが深まるにつれ、こうした場面が幾度も見られるようですが、それについて青木選手は「チームが苦境に立たされた時、僕は声を出さずにはいられないんだよね」と語ると共に、「去年96敗もすれば、みんな自信をなくしがちになると思うんだけど、僕はそこを前向きにしようとしただけの話です。開幕した頃と比べるとみんなの心のぶれは無くなっていますし、みんなから『よし今日もやってやるぞ』という姿が見えるようになりました」とも語っておられます。

石井琢朗コーチと並ぶもう一人の一軍打撃コーチである宮出隆自コーチは、青木選手について、自分がチーム内に影響力を及ぼす存在であることを感じながらベンチで声を出したり、アドバイスをしてくれている。例えばバレンティン選手にも「頑張ろうぜ」と声を掛けたり、バレンティン選手が少しふさぎ込んでいる時には、わざと大声で励ましてくれたり、自分自身も現役時代に感じていたが、同僚から激励されると嬉しいし、コーチに言われるのとは感じ方が違うものなのです、と話しておられます。

2月の春季キャンプの取材時に「青木にはチームの精神的支柱になって欲しい」と話された石井琢朗コーチは、シーズンが深まってから同じ記者に改めてそのことを聞かれ「十分に実現しています」と満足そうな表情で語られたそうです。併せて「チームが苦しい時って、コーチの言葉よりも選手同士でまとまる力が大事なんですよ。青木は見えないところで選手たちに声を掛けてくれていますし、野手最年長ですが、おとなしいチームの中で先頭に立って声を出してくれています。本来なら、もう少し下の年代の選手が先頭に立って声を出して欲しいんですけど・・(笑)。今は青木が一人で二つの役をやってくれています。その姿を見て、他の選手がどう感じとってくれるのかですね」と話されたようです。

選手の立場でありながら、監督やコーチが暗黙の中で求めていることを行動に移し、チームを前向きな方向にまとめていく、まさにチームの精神的支柱としての役割を果たしておられます。そんな青木選手ですが、メジャーリーグから戻ったばかりの開幕当初はなかなか調子が上がってきませんでした。これは日本とアメリカの投手のタイプが全く違う為、頭ではわかっていても体がうまく反応できなかったことによるものだそうです。

青木選手が日本の投手に慣れ、打撃成績が上向き始めると共にチーム成績も上向き始めました。交流戦前まで44試合を戦って17勝26敗1分の成績であったものが、交流戦は12勝6敗で12球団の勝率1位、交流戦以降は9月30日迄で74試合を戦って40勝33敗1分、シーズントータルでは136試合を戦って69勝65敗2分となっています。9月30日時点で3位の読売ジャイアンツに4.5ゲーム差をつけての堂々2位の成績となっています。

今シーズン日本球界に復帰された青木選手には、バットマンとしての新たな勲章がひとつ加わりました。それは通算4000打数以上打席に立った打者の生涯打率で歴代1位という記録です。9月30日時点で青木選手のNPB(日本野球機構)での通算打率は.329(メジャーリーグの記録は含まない)ですが、1993年以来25年間、元ロッテ・オリオンズのレロン・リー選手の記録.320がずっと歴代1位記録でした。この記録は球史に残る大打者と言えども、キャリア後半に差し掛かると打率が落ちて新しい打者に1位の座を明け渡す、まさに栄枯盛衰の歴史を繰り返す記録ではあるのですが、安打製造機としての青木選手を象徴するような偉業であることは間違いありません。

今シーズン「再起」というチームスローガンを掲げてペナントレースを戦ってきた東京ヤクルトスワローズにとって、青木選手の再加入は戦力(9月30日現在打率.327はチーム1位、リーグ4位)として欠くべからざる存在となったのみならず、チームのまとめ役、首脳陣と選手の間のつなぎ役、選手の精神的バックボーンとしても大きな貢献をなされたように思います。これから始まるクライマックスシリーズでどんな戦いぶりを見せてくれるのか、青木選手のご活躍を大いに楽しませてもらおうと思います。

関連記事『青木宣親選手~魚心に水心、更なる飛躍へ向けて【第29回】

(おわり)
2018/10/2

「福山義人のプロ野球に学ぶ組織論」一覧に戻る

筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

※福山義人氏への講演依頼はこちらから