岡本和真選手~今、覚醒しつつある長距離砲【第95回】

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岡本和真選手~今、覚醒しつつある長距離砲【第95回】

岡本和真選手~今、覚醒しつつある長距離砲!
2018年のプロ野球が開幕して早くも二ヶ月が経過し、今は三週間に及ぶ交流戦期間に突入しています。

先日終了したセリーグ、パリーグの同一リーグ内での戦いを振り返ってみると、セリーグの広島東洋カープ、パリーグの埼玉西武ライオンズ・北海道日本ハムファイターズがほんの少しだけ先を行き、共に最下位の東京ヤクルトスワローズ・東北楽天ゴールデンイーグルスが5位チームからほんの少しだけ差をつけられているものの、他は日替わりで順位が変わるような大混戦となっています。
従来はパリーグが優勢な交流戦ですが、交流戦を終えた段階では、どんな風に状況が変わっているのか本当に楽しみです。

こうした状況の中、今年も各チームの新戦力が活躍しています。
ここで言う新戦力とは、今年入団した新人選手、そして昨シーズンまで在籍していたものの戦力としては大きな活躍はしておらず、今シーズンからチームの戦力として活躍している選手たちです。

今年入団した選手の中で既に戦力として目立っているのは、先発投手ではオリックス・バファローズの田嶋大樹(ダイキ)投手(5/28現在、5勝2敗、防御率3.09)、横浜DeNAベイスターズの東克樹(アズマ・カツキ)投手(同、4勝2敗、防御率1.84・・リーグ2位)、中継ぎ投手部門で中日ドラゴンズの鈴木博志投手(22試合登板、3勝1敗9ホールド)、北海道日本ハムファイターズの西村天裕(タカヒロ)投手(21試合登板、1勝1敗7ホールド1セーブ)、打者部門では千葉ロッテマリーンズの藤岡裕太選手(チームの全試合に遊撃手として出場し、165打数43安打、打率.261、3本塁打、19打点)といった方々です。

一方、昨シーズン以前から在籍していた新戦力としては、故障者が続出したチームの序盤戦を支えた横浜DeNAベイスターズの19歳の右腕・京山将弥(キョウヤマ・マサヤ)投手(5/28現在、4勝1敗、防御率5.53)、読売ジャイアンツの若き大砲・岡本和真選手(チームの全試合に出場し、5/28現在174打数59安打・打率.339・・リーグ4位、9本塁打・・リーグ5位、33打点・・リーグ4位)が目立ちます。これらの選手の中で、今回は私が最も強いインパクトを受けている、岡本和真選手を取り上げさせていただきます。

岡本選手は平成8年(1996年)6月30日生まれの21歳、奈良県五條市出身、右投右打の野手(一塁手、三塁手、左翼手)です。高校野球の強豪・智辯学園高校入学後は、1年生の春からベンチ入りし、秋からは中軸を任されています。3年生の春・夏に甲子園に出場されており、春の選抜1回戦の三重高校戦では大会タイ記録となる1試合2本塁打を放つなど、当時から長距離砲としての片鱗を見せておられました。この春の甲子園は次の二回戦・佐野日大高校戦で延長10回サヨナラ負けをしたのですが、この時、決勝タイムリーを打たれ敗戦投手となったのが岡本選手でした。

余談ですが、その時相手の佐野日大高校のエースとして立ちはだかったのが、先ほど名前をあげたオリックス・バファローズの田嶋大樹投手でした。この大会、田嶋投手はすべて完投でチームをベスト4まで導き、社会人野球のJR東日本を経て、今春オリックス・バファローズからドラフト1位指名を受けて入団されています。岡本選手と田嶋投手は同じ平成8年生まれの同い年であり、早ければ、この交流戦の読売ジャイアンツvsオリックス・バファローズ戦でプロの主力選手同士としての対決が見られるのかもしれません。

岡本選手は高校通算73本塁打を放った、期待の超高校級スラッガーとして2014年秋のドラフト会議で読売ジャイアンツから1位指名を受け入団されました。入団時につけておられた背番号38番は、当時一軍監督であった原辰徳氏の提案で、長嶋茂雄終身名誉監督の「3」と原監督の現役時代の背番号「8」の組み合わせで「38」に決まったようです。いかに期待されての入団であったかが偲ばれます。しかし期待されてすぐに答が出せるような甘い世界ではなく、入団後の3年間は、なかなか答を出すことのできない苦しい時期を過ごしておられます。2015~2017年の3年間トータルでの出場は35試合に過ぎず、その中で76回の打撃機会を与えられて69打数13安打、打率.188、1本塁打、6打点というのが全成績でした。

ただ入団2年目の2016年は一軍での出場は3試合しかなかったものの、斎藤雅樹二軍監督の方針で4番打者に固定され、イースタンリーグ公式戦に通算96試合出場して、18本塁打・74打点で打点王のタイトルを獲得されるなど、着実な進化を見せられました。更には同年のフレッシュオールスターゲームではイースタンリーグ選抜の「4番一塁手」としてフル出場され、チーム唯一の本塁打を含めて4打数2安打3打点をマークしてMVPに選ばれ、イースタンリーグ優勝チームとして出場されたファーム日本選手権でも、ウェスタンリーグ優勝チームの福岡ソフトバンクホークスを相手に、4番打者として4打数2安打1本塁打3打点の活躍でMVPに選ばれています。

いよいよ一軍定着も間近と思われた入団3年目(2017年)でしたが、内野の守備面にまだ課題を抱えていたことや、球団が同じ三塁・一塁を守るケーシー・マギー選手の獲得を決めたこともあり、岡本選手は左翼手へコンバートされることになりました。この年は初めて開幕一軍メンバー入りを果たされ、「7番・左翼手」として先発出場された4月初旬の甲子園球場での対阪神タイガース戦で2点タイムリーヒットを含むマルチヒット(2本)を達成され、いよいよ一軍選手としての岡本選手の躍進が始まるものと大いに期待されましたが、好調の時期は長く続かず、まだ村田修一選手が在籍されていたこともあり、打てない岡本選手は再び二軍行きを命ぜられ、結局一軍出場は15試合だけで、大半を二軍で過ごされることとなりました。

そして昨シーズン終了後の秋のキャンプでは、一日1500スイングをノルマに設定し、ひたすらバットを振り込む毎日を過ごされました。宿舎で食事をしていて、気がついたら朝になっている、睡眠というより気絶をしているに近かったというほど自らを追い込まれたようです。そして今春のキャンプを経て、オープン戦では打ちに打ちまくって、出場17試合で4本のホームラン、12球団トップの15打点をあげ、オープン戦の打点王となられました。ただ過去3年間のこともある為、公式戦で同じように打てるのか、まだ懐疑的な見方があったことも事実だと思われます。

そして迎えた東京ドームでの開幕三連戦(対阪神タイガース戦)、6番一塁手としてスタメンに名を連ねた岡本選手は、初戦こそメッセンジャー投手に封じ込まれましたが、二戦目・三戦目はそれぞれ4打数4安打・5打点・1本塁打、3打数1安打・3打点・1本塁打の大活躍でした。しかもただ打っただけでなく、二戦目は0対4で負けている局面から追撃開始の2点タイムリー、5対4で1点リードの8回裏、相手の息の根を止める決定的な3ランホームラン、そして三戦目は0対2で負けている局面を一気に逆転する3ランホームラン、試合はそのまま3対2でジャイアンツの勝利となりましたので、まさに岡本選手の御蔭で勝った試合でした。

その後、一時的には少し調子を落としかけた時期はあったものの、スランプと言えるような不調の時期もなく、同一リーグ内で戦った46試合終了時点で、打率・安打数は坂本勇人選手に次ぐチーム2位、本塁打・打点は堂々のチームトップであり、読売ジャイアンツの戦力として、もはや欠くことの出来ない主力選手の地位を確固たるものとされたような感じです。

野球評論家の里崎智也氏は、岡本選手の昨季までと今季の違いを「自分の形がなかなか崩れなくなったことにより、アジャストする時のミートミスが一気に少なくなりましたね。相手のピッチャーのすべての投球に合わせられるようになったのが一番の進化です」と語っておられます。元々反対方向(右方向)へ打つのがうまい岡本選手については、益々ホームランを量産できる可能性が高いと指摘される評論家の方も何人かおられます。

岡本選手の売り物が打撃であることは間違いありません。原辰徳前監督は「彼には独特の“間”がある。これだけは教えようとしても教えられない天性のもの」と高く評価されています。一方、少し違った角度から井端弘和内野守備走塁コーチはこんな指摘をされています。「岡本の一塁守備がかなりうまくなっています。結果的に守備がうまくなったこともバッティングに好影響を与えているのは確実だと思いますよ」。現役時代に守備の名手として定評のあった井端コーチの言葉ですから重みがあります。

井端コーチは岡本選手の一塁守備力をリーグ1・2、DeNAのホセ・ロペス選手に匹敵するか、ひょっとしたらロペス選手よりうまいかもしれない、とまで言っておられますから、守備の面でも相当な進化を遂げておられることは間違いなさそうです。それが打撃にもいい影響を及ぼし、持てる才能を一気に開花させているように思えてなりません。

どんな名選手も成長過程においては、一軍での実践経験をどれだけ多く積めるか、これに尽きるのではないかという気がしています。岡本選手の才能が、今大きく花開きつつあるのは、試合に出続けているからこそと思われます。読売ジャイアンツ球団が岡本選手に一軍での出場機会を与えることを決断し、組織をあげて本気で一本立ちさせようとした分岐点は昨年の秋ではなかったのかな、と見受けられます。

昨秋まで在籍した村田修一選手を自由契約にし、村田選手の代名詞でもあった背番号25(2003年のプロ入り後、現在の独立リーグまで村田選手はずっと25番)を岡本選手に与えた時、退路を断って覚悟を決められたように映りました。同じポジションを守るマギー選手、阿部慎之助選手の調子がなかなか上がらないという伏線もあって、ずっと試合に出続けるチャンスを手にし、もはや下げる(交替させる)理由がない成績を出し続けたことが今の大活躍につながっています。

なかなか両立させることの難しい「育てる」ことと「機会を与える」こと、岡本選手のケースはこの両面がうまく機能した好事例と思われます。これだけの成績を残す岡本選手に対し、各球団のマークはより厳しくなるものと思われますし、実質的に初めての経験となる夏場をいかに乗り切るか、岡本選手の行く手にはまだまだ多くの困難が待ち受けていそうです。それらの困難に打ち克ち、読売ジャイアンツに久しぶりに現れた日本人の長距離砲として、大きく大きく育っていただくことを、心より祈念してやみません。

(おわり)
2018/5/30

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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