デニス・サファテ投手~日本球界に馴染んだ外国人の大黒柱【第87回】

名古屋 052-586-8829

静 岡 054-205-8180

東 京 03-3518-6363

大 阪 06-6364-1350

(受付時間:平日9:00~18:00)

デニス・サファテ投手~日本球界に馴染んだ外国人の大黒柱【第87回】

前回、当コラムでは今年度のセリーグMVPに輝いた広島東洋カープの丸佳浩選手を取りあげましたが、今回はパリーグでMVPに輝いた福岡ソフトバンクホークスのデニス・サファテ投手を取りあげさせていただきます。

今年(2017年)の福岡ソフトバンクホークスは圧倒的な強さでパリーグを制覇し、更に日本シリーズも制覇しましたが、MVPに輝いたサファテ投手もチーム成績に劣らず、他を圧する抜群のパフォーマンスを発揮されました。

今シーズンのサファテ投手の成績、それに伴なう受賞歴や打ち立てた記録を列挙すると、抑え中継ぎ投手として66試合(66イニング)に登板し、2勝2敗54セーブ3ホールド、防御率1.09、被安打34、与四死球11、1イニングで出した走者の数を示すWHIP0.67(規定投球回数到達者の最高はセリーグ読売ジャイアンツの菅野智之投手の0.85、ちなみにセパ両リーグの規定投球回数到達者で1を切るのは3人だけ)、奪三振数102、奪三振率13.91(1試合27アウトに換算して約14の三振を奪ったということ)という成績をあげられました。

ちなみにシーズン54セーブは、それまでの記録である46セーブ(中日ドラゴンズ岩瀬仁紀投手、阪神タイガース藤川球児投手)を塗り替える日本記録、そして三年連続のセーブ王、通算セーブ数229は外国人投手としては史上初の200超え、これらの成績をもってレギュラーシーズン、日本シリーズの両方で最優秀選手賞(MVP)を受賞、更にプロ野球の発展に大きく貢献した野球人に贈られる「正力松太郎賞」も外国人選手として初めて受賞(外国人ということで言うと2005年の千葉ロッテマリーンズ・バレンタイン監督以来)されました。まさに抑え投手としての栄誉を独り占めされたかのような大活躍でした。

その集大成ともいえる試合が横浜DeNAベイスターズと戦った日本シリーズ第6戦であったように思われます。結果としては、この試合で福岡ソフトバンクホークスは日本シリーズに決着をつけたのですが、この試合サファテ投手が1点ビハインドの9回表に登板すると、その裏4番内川選手の起死回生のソロホームランが飛び出し同点。延長10回・11回とサファテ投手がまさに仁王立ちとなってDeNA打線を封じ込め、延長11回裏のサヨナラ勝ちを呼び込みました。もしこの試合を落としていたら、翌日の第7戦にサファテ投手は登板することが出来たのだろうか・・・・、そんな心配を歯牙にもかけない気迫の投球が、殊勲のサヨナラヒットを打った川島選手に乗り移ったかのような劇的な幕切れでした。

それではここでサファテ投手のプロフィールをご紹介させていただきます。サファテ投手は1981年(昭和56年)4月生まれの36歳、米国・ニューヨーク市のご出身です。アリゾナ州立大学を経て2001年ドラフトでミルウォーキー・ブルワーズからドラフト指名され入団されています。2006年9月にメジャーデビューされ、2006~2009年の実質4シーズンで3球団に在籍し、メジャー通算92試合で5勝4敗、防御率4.53、これがメジャー時代の全成績です。球の速さにはメジャー時代から定評があったようですが、コントロールはイマイチだったとの評もあり、日本球団として最初に契約を結んだ広島東洋カープの眼力の確かさは驚くばかりです。

2011年から2シーズンは広島東洋カープに、2013年の1年間は埼玉西武ライオンズに在籍され、3年間通算で162試合に登板(すべて抑えと中継ぎ)し、12勝9敗54セーブ21ホールドという成績をあげておられます。外国人助っ人としても十二分の働きをしてこられたのですが、福岡ソフトバンクホークスに移籍された2014年以降の4年間は成績的にも一段と向上し、明らかに進化されているように思われます。抑えとしてのセーブ数は37→41→43→54と年々増加し、防御率もすべて1点台、在籍4年間のうちの三度日本一となっており、まさにサファテ投手の加入が福岡ソフトバンクホークスの黄金時代をもたらしたと言っても過言ではないように思われます。

唯一リーグ制覇を逃した2016年(北海道日本ハムファイターズが最大11.5ゲーム差を逆転して優勝)は、セーブ数としては43セーブをあげ、セーブ機会の登板はほぼ完璧であった反面、なぜか同点の場面で登板すると打たれて負けるというパターンを繰り返し、一人で7敗を喫しておられます。股関節のケガの影響もあったのかもしれませんが、ご本人も昨年優勝できなかったのは誰のせいでもなく、七つの負けを作った自分の責任と率直に語っておられます。それぐらいサファテ投手の出来の良し悪しがチームに与える影響の大きさが窺われます。

リーグ優勝が決まった後、インタビューに答えてサファテ投手はこんな趣旨のことを語っておられます。優勝へのターニングポイントのひとつは8月1日のオリックス戦だったとのことで、この試合同点の延長12回裏、7番手として登板したサファテ投手がロメロ選手に逆転サヨナラホームランを打たれて負けてしまいました。先発の石川柊太投手が5回途中4失点で降板したのですが、試合後サファテ投手は「先発投手がこれだけ続けて早いイニングで降りると、そのツケが僕たちリリーフ陣に回ってくる。先発投手にはもっと感じ取って欲しい」と発言されたようです。

夏場の一番苦しいところに差し掛かり先発が早い回で降りることが多く、勝ちパターンのリリーフ陣に相当な負担がきていたようで、連投・イニングまたぎも多くなっていたそうです。チームとしてこれからが勝負という時に、岩嵜翔(イワサキ ショウ)投手・嘉弥真新也(カヤマ シンヤ)投手・森唯人(モリ ユイト)投手といった中継ぎの主力メンバーたちにケガをさせてはならない、併せて自分たちを守るという意味合いもあっての発言であったと述べておられます。

サファテ投手が外国人であるが故にはっきり口に出せたという要素もあったのかもしれませんが、こうした発言は意図が正しく理解されないとチーム内がギクシャクしがちなものです。この時は翌日大阪の宿舎でサファテ投手は工藤監督に呼び出されたそうで、工藤監督から「投手みんなのことを考えてくれてありがとう」と言われ、握手の手を差しのべられたとのことです。前日打たれてフラストレーションが溜まっていたご自身の心情も理解してもらい、温かい言葉を掛けてもらえたことで、前へ向かって進んでいくエネルギーを得られたようです。

この記事を書かれた記者は見出しに「サファテの乱」とつけておられましたが、このチームには勝つ為の役割分担の意識が個々の選手にきっちり浸透しているように見受けられます。それは外国人選手も例外ではないことをサファテ投手の言動が如実に示しています。この時のようなチームの為を思っての行動、それを懐深く受け入れる監督の度量の大きさ、強いチームはこうしたことの積み重ねで更にチーム力が上がっていくことを教えられた気がいたします。

サファテ投手はあと1年で外国人枠をはずれて日本人選手扱いを受ける選手となられます。来日以来の7年間、膝、太もも、内転筋、股関節とそれなりの故障に悩まされてはおられるものの、長期離脱を余儀なくされるような大きな故障はされていません。これは普段から走り込み、ウェートトレーニングを欠かさず、食事やコンディション調整に細心の注意を払った上でハードな練習を継続してこられた努力の賜物と思われます。

サファテ投手はご自身で40歳までプレーするつもりはないと発言されています。ネットに流れる記事では、サファテ投手に対して複数のメジャー球団が興味を示しているというアメリカの報道が紹介されています。契約満了となる来シーズン末以降の去就はわかりませんが、ご本人がおっしゃっている39歳で迎える2020年を最後の年にするということであれば、願わくは来シーズン末以降も日本球界で活躍を続けていただきたいものです。

そしてプロ野球選手としてのキャリアを福岡ソフトバンクホークスで終えようという決断をされるのなら、仁王立ちになって試合の最終回を締めくくる圧巻の投球を見せ続けていただきたいと思いますし、そんな強い福岡ソフトバンクホークスをどのチームが倒すのか、それも来シーズン以降の大きな楽しみとしていきたいと思います。

名球会入りの250セーブまで残り21セーブ、球史に残る名クローザー・サファテ投手の益々のご活躍をお祈りしています。

(おわり)
2017/12/20

「福山義人のプロ野球に学ぶ組織論」一覧に戻る

筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

※福山義人氏への講演依頼はこちらから