丸佳浩選手~伝統の力に育まれ手にしたMVP【第86回】

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丸佳浩選手~伝統の力に育まれ手にしたMVP【第86回】

2017年のプロ野球はすべての日程を終了し、今は来シーズンに向けての準備が水面下で着々と進められています。レギュラーシーズンにおいては、セリーグで3位の横浜DeNAベイスターズが優勝した広島東洋カープを破るという逆転劇があったものの、リーグ戦の戦いでは福岡ソフトバンクホークス、広島東洋カープがそれぞれのリーグを圧倒的な強さで勝ち抜きました。

そしてシーズン終了後、全国の新聞・通信・放送各社で5年以上のプロ野球担当経験のある記者の投票(3名連記で1位5点、2位3点、3位1点)で決められる最優秀選手(MVP)にパリーグでは福岡ソフトバンクホークスのデニス・サファテ投手、セリーグでは広島東洋カープの丸佳浩選手が選ばれました。今回はその中から丸佳浩選手を取り上げさせていただきます。ちなみに丸選手のMVPは球団では昨年の新井貴浩選手に続く2年連続、カープの外野手ということになると、1980年の「ミスター赤ヘル」山本浩二選手(元広島カープ監督)以来37年ぶりの栄冠となります。

丸選手は1989年4月生まれの28歳、千葉県勝浦市のご出身で右投左打の外野手(主に中堅手)です。千葉経済大学附属高校のご出身で、高校時代は2年生の夏に右翼手として、3年生の春にはエースとして甲子園に出場されています。2007年秋のドラフト会議で高校生ドラフト(この年は大学・社会人ドラフトと分けて実施されていました)で広島東洋カープから3巡目の指名を受けて入団されています。

大きく騒がれることもなく、あまり目立たないプロ入りでした。高校時代の松本吉啓監督は高校時代の丸選手についてこんなことを語っておられます。「足は速く肩も強かったけど、打球を予測するセンスが悪くフライを捕るのが上手じゃない。彼のエラーで負けた試合がいくつもあります。それぐらいヘタクソでした。しかし一方で不器用だけど何でも一生懸命コツコツやるタイプで、練習中全員にやらせていたメモをとってまとめることも、手抜きをせずきちんとやっていました。」他の選手が休みを利用して帰省する際にも、寮にいないとウェイトトレーニングが出来ないという理由で寮に残ることを申し出てくるぐらい、高校生の時から高い意識を持った選手だったようです。

そんな丸選手を高校2年の時からずっと追っていたのが広島東洋カープのスカウト統括部長・苑田聡彦氏です。高校時代はどんな強打者でも内角か外角、どちらかに弱点を抱えているものらしいですが、高校時代の丸選手にはその弱点がなく、しかもヒザが柔らかくてテイクバックの取り方がうまかったようです。苑田氏は「僕が見た中で、高校時代、丸より上だと思った左打者は後にも先にも前田智徳(元広島東洋カープ)ひとりですよ」とまで言っておられます。

こうして2008年プロ野球選手としての第一歩を踏み出した丸選手でしたが、最初の2年はひたすら修行、3年目のシーズン終盤で初の一軍昇格を果たし、シーズン終了間際のヤクルト戦でプロ初安打と初打点を記録されました。そして4年目の2011年、主に中堅手・右翼手として131試合に起用され、飛躍のきっかけをつかまれました。この背景には2010年から監督に就任され、チーム伝統の「走る赤ヘル野球」を標榜され再建に取り組まれた野村謙二郎前監督の存在があります。野村監督の目指すスタイルと足が速い丸選手の特徴はうまく合致し、まだ今ほど守備がうまくなかった時期にも試合に使ってもらうことで、どんどん上達していかれました。
 
そこへ丸選手と同じ学年である菊池涼介選手が2011年秋のドラフト会議で2位指名を受け、大卒選手として入団して来られました。菊池選手も入団2年目の2013年には二塁手のレギュラーに定着し、俊足1・2番コンビが誕生すると共に、中堅手・二塁手という要のセンターラインが固定され、チーム全体の守備力が格段に強化されました。

丸選手は入団6年目の2013年、打率.272、14本塁打に29盗塁で盗塁王のタイトルを獲得されています。そして守備の面でも高い評価を受け、初のゴールデングラブ賞を受賞されています。(菊池選手も二塁手としてゴールデングラブ賞を受賞)翌2014年は1年を通して好不調の波が少なく、全144試合に出場して打率.310、19本塁打、166安打という自己最高の成績を残し、前年に引き続いてのゴールデングラブ賞に加え、初のセリーグ・ベストナインにも選出されました。まさにリーグを代表する選手のお一人という立場を手にされた訳です。

丸選手・菊池選手という二人が要となる働きを見せたことでチーム力がアップし、2013年・2014年と2年連続でセリーグ3位、クライマックスシリーズ(CS)を戦えるまでのチームとなりました。チームの基礎は整ったということで、野村前監督が勇退され、緒方現監督への監督交代が行われたのですが、緒方監督の初年度(2015年)は組織としてチームが機能せず最終戦でCS進出を逃すという結末となっています。(当シリーズの第65回「去年の俺にはバカだと言ってやる!」をご参照下さい)ただ緒方監督の采配面に耳目が集まりましたが、丸選手・菊池選手が共に前年に比べて成績を落としてしまい、得点力不足が露呈したことも大きな要因であったと思われます。その時球団はコーチングスタッフの配置転換という手を打ちましたが、その手のひとつが石井琢朗コーチの守備走塁コーチから打撃コーチへの配置転換でした。この策がチームにとっても丸選手にとっても大きな転換点となりました。

石井コーチは就任後、得点力不足の解消と多かった三振を減らすことを目的に徹底してバットを振らせることをさせておられます。2015年秋のキャンプでは一日800~1000スイングを目安に選手全員がバットを振ったようです。丸選手個人については、石井コーチが守備走塁コーチであった時から気になっていた間の取り方等の修正を持ちかけたところ、丸選手も「やります」ということで2015年秋から取組みを始められたようです。ご本人が高い意識を持ってオフの間もしっかり取り組まれた結果が2016年の復活の好成績につながり、25年ぶりのリーグ優勝への貢献、そして二度目のベストナイン受賞につながったようです。

併せて石井コーチはチームの打撃に対する意識改革に徹底して取り組まれました。バッターはチャンスで自分に打席が回ってきたら「俺が決めてやる」と思うものですが、ヒットやホームランという100点満点の結果でなくても得点につながる打撃はあるだろう、という考え方のようです。バッターは3割以上打てれば一流です。しかし言い換えると一流バッターでも7割近くは失敗している訳で、この失敗をムダな凡打にせず、次につながっていく失敗にしようという意識です。

同じ三振でも相手投手に一球でも多く投げさせる、あるいは一死二塁でヒットを打とうとして凡打に終わっても走者が三塁に進めればそれでOK、即ち失敗の7割をつなげて1点を取りにいく野球です。究極はノーヒットでも1点を取れる野球、要するに相手からフォアボールが一つ取れたら、送りバント・盗塁等々を駆使して最後は犠牲フライで1点をもぎ取ることの出来る戦い方です。石井コーチの意識改革はチームに「つなぐ意識」という効果をもたらしましたが、その結果リーグ二連覇を果たしたこの二年間、広島東洋カープの得点力は驚異的に向上し、リーグ内でも抜群の得点能力を有するチームに変身しました。

入団して10年が経過した丸選手ですが、これまで2013年以降5年連続のゴールデングラブ賞、三度のベストナイン、そして2017年のMVPと着実に実績を積み上げ、今や不動の3番バッターとして、時にはチャンスメーカーとして、時にはポイントゲッターとして打線全体を活性化させておられます。ボール球を振らず、甘い球をミスショットしない長打力もあり、塁に出れば足もある、相手投手からすると実に厄介な存在であり、味方からすると実に頼もしい存在となっておられます。守備面でも二塁手菊池涼介選手と共に、もう一人の同学年の選手である田中広輔選手(2013年秋に社会人からドラフト3位入団・遊撃手・2015年からレギュラー定着)との同学年トリオでセンター・セカンド・ショートのセンターラインに鉄壁の守備網を構築しておられます。

今や守りでも名手の域に入りつつある丸選手ですが、2017年秋に新任の外野守備走塁コーチに就任された広瀬純コーチは、そんな丸選手に対して、打球に反応する一歩目の動き、球際に対する細かい領域でもっと上手くなれる、即ち守備に関してまだまだ伸びしろを持っているという期待感を述べておられます。又、丸選手は円陣の中や練習前のキャッチボール等でもひと際声を張り上げ明るい雰囲気づくりに努める等、今やチームリーダーとしても存在感を一層高めておられるようです。

こうして見てくると、丸佳浩という選手はまさに広島東洋カープというチームに育てられた選手であることがよくわかります。見い出した素材を磨き、場を与え、試合出場の経験を積ませる中で中堅から主力への道を歩ませ、更にチームリーダーとしての自覚も育ませ、押しも押されもしないチームの顔に育て上げる。丸佳浩選手が歩んだ10年の歩みこそ、広島東洋カープというチームの選手育成のポリシーそのものの体現であるように思われます。野球選手としてピークの時期に差し掛かっていくであろう、これからの数年間、丸選手がどんな活躍を続けていかれるのか、大いに楽しみに見守らせていただこうと思うのですが、来シーズンの広島東洋カープには少し厄介な問題が立ちはだかっています。

昨年今年のリーグ連覇に大きな貢献をされた石井琢朗コーチが、守備走塁担当の河田雄祐コーチと共に、家庭の事情から2017年シーズン末をもって退団されました。そしてお二人揃って同じセリーグの東京ヤクルトスワローズへコーチとして入団されることが既に発表されています。これまでの心強い味方は個々の選手やチームの弱点を知り尽くした最も厄介なライバルとして来シーズンより立ち向かって来られます。これをどうはね返していかれるか。丸選手ご自身の課題でもあり、チーム全体にとっての課題でもあろうと思われます。2017年シーズン、断トツの最下位であった東京ヤクルトスワローズがお二人の有能なコーチを得て、前年の覇者広島東洋カープにどう立ち向かっていくのか、観る側にとっては興味が尽きないところです。来シーズンの開幕が今から楽しみです。

(おわり)
2017/12/1

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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