濱口遥大投手~若き才能と緻密な采配の妙【第85回】

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濱口遥大投手~若き才能と緻密な采配の妙【第85回】

2017年のプロ野球は、福岡ソフトバンクホークスが日本シリーズにおいて横浜DeNAベイスターズを4勝2敗で下し、すべての日程が終了しました。勝敗の結果だけを見ると、一見順当な結末のようにも思えますが、ここへ至る経緯に思いを寄せると、レギュラーシーズン終了後のクライマックスシリーズ(以下CS)、日本シリーズは近年になく面白い戦いではなかったかと思っています。そしてそれほど面白くしてくれた立役者は横浜DeNAベイスターズであったように思います。

阪神タイガースと戦ったCSファーストステージ、広島東洋カープと戦ったCSファイナルステージ、福岡ソフトバンクホークスと戦った日本シリーズ、いずれも負けて追いつめられた状況からの逆襲でした。レギュラーシーズンはセリーグの3位であったという厳然たる事実を受け入れ、しかしここから先の戦いはレギュラーシーズンとは違うんだ、短期決戦はこう戦うんだ、と言わんばかりの大胆かつ冷静沈着な采配の連続でした。指揮をとったラミレス監督の見事なまでの采配だったと思いますが、ラミレス監督はご自身の采配についてこんなことを語っておられます。

「私の采配は手品でも何でもありません。一見突飛に見える決断も、時間をかけた緻密なデータ分析と状態の見極めに基づいています。戦う球場との相性、選手個々の対戦データ、状況別の成績等々、大切なのは準備であり、すべての決断は根拠に基づいています。」

横浜DeNAベイスターズのCS・日本シリーズの躍進が指揮官ラミレス監督の短期決戦を戦う采配の素晴らしさにあったことは言うまでもありませんが、期待に応え、持てる能力を十二分に発揮した選手たちも見事でした。

そんな選手たちの中でも私が最も印象に残っているのは、今年入団したばかりの一人の新人選手です。日本シリーズ3連敗の後、崖っぷちの第4戦で先発し、8回1アウトまで強力ソフトバンク打線を相手にノーヒットピッチングを続けた濱口遥大(ハマグチ・ハルヒロ)投手です。今回はそんな濱口投手を取り上げさせていただきます。

濱口投手は1995年3月生まれの22歳、佐賀県三養基(ミヤキ)郡基山町出身、173㎝・80㎏の意外に小柄な左腕投手です。佐賀県立三養基高校・神奈川大学を経て、昨秋のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから1位指名を受け入団されました。(実は1位指名ではあるのですが、1回目の指名では明治大学の柳裕也投手に対して重複指名の末に外れ、2回目も桜美林大学の佐々木千隼投手に対して重複指名外れ、3回目の単独指名でした。しかし1年後の結果はまさに残り福の大当たりでした。)

高校時代は甲子園への出場経験もなく、全国的には無名の存在でしたが、神奈川大学進学後は1年生の春からリーグ戦の先発マウンドに立つなど、早い時期から頭角を現わしておられます。2年生になるとエース格の投手として活躍され、チームを全日本大学野球選手権で準優勝に導かれています。その後も3年連続で学生日本代表に選ばれるなど、4年生の時には大学NO1左腕と呼ばれるまでの存在になっておられます。

ただ一方で大学時代は捕手が構えたところへはなかなかボールがいかず、投げてみないとわからないような一面を持った荒れ球投手でもあったようです。制球が定まらず、あっという間に無死満塁のピンチを背負ったかと思うと、そこからグウの音も出ないような圧倒的なピッチングで三者三振。叱るべきなのか、それとも褒めるべきなのか、大学時代の濱口投手はそんな指導者泣かせの一面も持つ、荒削りな魅力あふれる投手であったようです。

濱口投手の投球は150キロを超える直球と球速差が20キロから30キロもあると言われるチェンジアップのコンビネーションが最大の特長です。元々走ることはあまり得意ではなかったようですが、ブルペンで投げることは好きだったようで、150キロ超のスピードボールは大学時代のブルペンの投げ込みで手に入れられたもののようです。

そしてチェンジアップを投げ始めたのは三養基高校1年生の秋頃からだそうで、杉内俊哉投手・内海哲也投手(共に現読売ジャイアンツ)をお手本にして習得されたようです。ただ試合で使うことはほとんどなかったようで、神奈川大学で古川祐一監督のアドバイスをもらい本格的に取り組まれたようです。当初は投球の幅を広げるという意味合いで使っておられたようですが、徐々にチェンジアップで打者を打ち取れるようになり、ついには神奈川大学リーグの他校のバッターから「ボールが止まった!」「タテに消える!」とまで言われる、濱口投手の代名詞ともなる武器となったようです。

このチェンジアップというボールは、ストレートと同じ腕の振りから投げられるボールで、球速だけが遅いボールです。濱口投手の投げるボールは、ある野球評論家の言葉を借りるとグッ・グッ・グッと三段階のブレーキがかかって沈み込んでくる感じだそうです。チェンジアップは遅いボールですから、絶対にこのボールが来るとわかっておれば、プロの一流バッターならほぼ打ち返せるボールのようです。しかし全く同じ腕の振りで同じ出所から150キロ超のストレートが来るか、ずっと遅いチェンジアップが来るわからないから打者も惑わされる訳です。

濱口投手は自らの投球スタイルを「腕を振って緩急で勝負」と語っておられます。真っすぐ(直球)が生きているのはチェンジアップもしっかり投げられているからこそであり、両方がうまく機能してこその自らの投球、ということを自覚しておられます。そしてインタビューに答えて、自らのピッチングにおける信条を「腕を振ること、そして打者に向かっていく姿勢。この二つこそが自分の武器です」と力強く話されました。

濱口投手は入団一年目の今シーズン、キャンプ・オープン戦で実績を残し、開幕一軍ベンチ入りを勝ち取ると、早速開幕カードの第3戦目(対東京ヤクルトスワローズ戦)で先発登板し、プロデビューを果たされました。デビュー戦こそ5回を投げて4失点(自責点2・勝ち負けつかず)でしたが、先発2試合目となった一週間後の中日ドラゴンズ戦で6回3分の1を投げて1失点、見事プロ入り初勝利をあげられました。

この時バッテリーを組んでいた高城俊人(タカジョウ・シュウト)捕手は、制球が乱れて一死満塁のピンチになった時、ベースのコーナーにミットを構えることをせず、真中にミットを構えられたようです。何故なら濱口投手は前述したように捕手が構えたところへはあまりボールがいかない投手ですから、真中に構えた方がボールが勝手に散って打者も打ちにくくなるという理屈だったようです。事実、この試合の満塁のピンチは二者連続三振で切り抜けられました。

実はこの試合以降、濱口投手が先発する試合では、ほぼすべての試合で高城捕手がマスクをかぶっており、これは日本シリーズ第4戦の濱口投手のあのピッチングの試合まで変わらず続いています。この二人のバッテリーが非常に相性がいいことは間違いなさそうですが、それ以上に1年間バッテリーを組み続けたことで濱口投手の良さをすべて理解しているのは高城捕手だということではなかったのでしょうか。

実は日本シリーズ第4戦、先発マスクの高城捕手は打者として4打数3安打3打点1本塁打の大活躍でした。(ただしシーズン中にはホームランを1本も打っていません) 崖っぷちの試合で初先発マスクの高城捕手の大活躍に、翌日の新聞にはラミレス監督への賞讃が並び、ラミレス監督は「高城の調子が良さそうなので起用した」と多くは語っておられませんでしたが、この試合は先発濱口投手の良さを最大限に引き出すには高城捕手しかいない、という判断だったのではないでしょうか。

事実高城捕手は、負ければ終わりとなる第4戦では早い回の投手交代もあり得るということで、初回から勝負球のチェンジアップや鋭く落ちるフォークボール、シーズン中はあまり投げさせていないスライダーも駆使し、5回か6回までを0点に抑えれば二人の役割は果たせると考えておられたようです。そして投げた濱口投手は「集中し過ぎるくらい集中していたと思います。調子が良かったとか悪かったとか自分でも分からないぐらいで、一人一人のバッターと集中して勝負できたかなと思います」と語られました。

「勝利」というチーム・組織にとっての究極の目的に向かって監督は采配を振るいます。その時、使う側の監督・コーチと使われる側の選手の間で、その意図が十分に理解しあえていれば、大きな果実が得られる可能性が高くなります。レギュラーシーズンの最終盤からCS・日本シリーズへかけての横浜DeNAベイスターズの戦いぶりは、そんなことを我々に教えてくれたような気がします。そんな中で主力の当事者としてこんな試合を経験できた濱口投手は、とてつもなく大きな財産を手にされたのかもしれません。

日本シリーズでここまで戦った横浜DeNAベイスターズには、来シーズン、リーグ優勝そしてCSを勝ち抜いての日本シリーズ制覇の期待がかかります。日本シリーズの敗退が決まった後、ベンチの中で悔し涙で目頭を拭う選手たちを見ていると、このチームはもっと強くなる、そんな気がしました。来シーズンの更なる躍進を期待すると共に、濱口投手が来シーズンは名実共に大黒柱のエースとして益々活躍されますことを心より願い、来シーズンを今から楽しみに待ちたいと思います。

(ちなみにですが、濱口投手は今シーズンのレギュラーシーズンで22試合(すべて先発)123回3分の2を投げて10勝6敗・防御率3.57、CSで1勝1ホールド、日本シリーズで1勝の成績を挙げられました)

(おわり)
2017/11/13

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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