松井裕樹投手~チームを支える大黒柱の抑え投手【第75回】

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松井裕樹投手~チームを支える大黒柱の抑え投手【第75回】

2017年のプロ野球が開幕しました。開幕して二週間、それぞれのチームが5カードを終えた4月16日(日)時点で、セパ両リーグの首位は広島東洋カープ、東北楽天ゴールデンイーグルスとなっています。両チームともリーグで10勝一番乗り、しかも両チームとも12試合目での10勝到達と、これ以上ないような見事なまでの序盤の滑り出しとなっています。

ただ広島東洋カープは昨シーズンのセリーグ優勝チームですから、序盤戦のこの快進撃にもあまり意外な感じはしませんが、東北楽天ゴールデンイーグルスの戦いぶりには正直ビックリしています。

またチームとしての攻撃力、防御力を数値で見てみると、広島東洋カープはチーム打率・チーム防御率が共にリーグ1位、得点はリーグ最多、失点はリーグ最少、盗塁数は断トツの1位ですから、現在のチーム成績に何の不思議もなく、昨シーズンの25年ぶりのリーグ制覇を経て、更にチーム力がアップしているように感じられます。

一方東北楽天ゴールデンイーグルスについては、チーム打率こそリーグ1位ですが、あとの指標で突出したものはなく、チーム防御率に至ってはリーグの下位にランクされています。全体の数値を見る限りでは何故1位なの? とさえ思えてしまうのですが、少し掘り下げてながめてみると、このチームは7回以降の失点が極めて少なく、勝ち試合の中継ぎ・抑えが見事なまでに機能していることがわかります。

開幕以来、勝ち試合に起用されてきた中継ぎは、福山博之投手、菅原秀(シュウ)投手、森原康平投手、高梨雄平投手、フランク・ハーマン投手、そして抑えが松井裕樹投手という布陣です。

福山投手、松井投手は楽天投手陣を支える中継ぎ・抑えの中心選手ですが、あとの三人の日本人投手は今年の新人選手、それぞれ昨秋のドラフト4位・5位・9位の選手であり、外国人のハーマン投手もメジャー通算109試合登板の経験を持つ、今年の新入団投手です。

序盤の戦いの中では、7回森原・8回ハーマン・9回松井という三人の継投が勝利の方程式として確立されたようです。今回は楽天の序盤の快進撃を支えるブルペン陣を代表し、松井裕樹投手を取り上げさせていただきます。

松井投手は1995年10月生まれの21歳、横浜市青葉区のご出身で神奈川の桐光学園高校を卒業しておられます。2013年秋のドラフト会議では5球団が1位指名で競合し、東北楽天ゴールデンイーグルスが抽選を引き当てました。

松井投手の名前を全国に知らしめたのは、高校2年生で出場した夏の甲子園です。準々決勝で青森の光星学院高校に敗れはしたものの、1回戦の今治西高戦での史上最多となる一試合22奪三振(途中10連続を含む)を記録するなど、4試合で68個の三振を奪い、三振の取れる投手として強烈な存在感を発揮されました。

しかしこの後は期待されながらも強豪校の揃う神奈川県をチームとして勝ち上がることが出来ず、甲子園出場はこの時の一度きりでした。しかし松井投手への評価は微動だにせず、ドラフトでの5球団競合を経て、まさに鳴り物入りでのプロ入りでした。

入団1年目の2014年は同期入団9選手の中から唯一春季キャンプを一軍からスタートされましたが、これは2007年の田中将大投手(現ニューヨーク・ヤンキース)以来2人目です。先発投手の一員としてキャンプ後のオープン戦までは順調でしたが、開幕すると先発の一角を任されたものの4月半ばまでに3連敗、大きな壁にぶち当たってしまいました。

当時の松井投手は三振を取る一方で与える四球も多く、球数の多さが野手に負担を与え、守備時間の長さが攻撃のリズムも悪くするという悪循環に陥っておられたようです。言い換えれば、松井投手の卓越した三振奪取能力は、打たせて取ることの出来ない弱点と裏表の関係であったと言えるのかもしれません。

結局1年目は27試合に登板(うち先発17回)して4勝8敗3ホールド、防御率3.80、投球回数116回で126奪三振、75与四死球という成績でした。毎回1個以上の三振を取るという魅力の一方で課題も多く残った1年目であったように思われます。

そして迎えた2年目の2015年、松井投手ご自身は先発での再起を目指しておられたようですが、この年より正式に一軍監督に昇格された大久保博元監督はチーム事情に加えて、松井投手がチーム内で一番三振を取る能力が高いということで後ろ(セットアッパーまたは抑え)での起用を決断されました。

またこの時は大久保監督ご自身が以前より親交のあった順天堂大学の小林弘幸教授に松井投手の血流検査を依頼したところ、松井投手は平常心を司る副交感神経が優位な自律神経の持ち主で、厳しい場面になればなるほど力を発揮できるタイプである、と診断されたそうです。つまり元々抑えに向いていることが医学的にも示されたようで、小林教授も「抑えの適正がより高い」と見立てられたようです。

松井投手ご自身は当初戸惑いもあったようですが、監督の「チームの為に必要だから・・・」という熱い言葉が心に響き、頑張ろうと思ったと後に述べておられます。結局この時の大久保監督の決断が大きな花を咲かせることになります。

この年松井投手はすべてセットアッパー、抑えとして63試合に登板し、3勝2敗33セーブ12ホールド、防御率0.87、103奪三振という素晴らしい成績をあげられました。

またこの年はオールスターゲームのファン投票でパリーグの抑え投手部門の1位で選出されたり、シーズン終了後の第1回WBSCプレミア12の日本代表メンバーにも選出される等、日本を代表する抑え投手のお一人という位置にまで自らの立場を押し上げられました。

そして3年目の2016年である昨シーズンは前年に比べると成績は少し下がったものの、30セーブをあげて抑え投手としての役割は果たされました。

松井投手は、高校時代には腕の振りの凄さを讃えられる投手だったようです。即ち直球とスライダーを全く同じ振りで投げ分けられることから、甲子園に出場するレベルの高校球児では全く歯が立たなかったようです。

ただ2年生夏の甲子園の準々決勝で敗れた光星学院の打たれた相手は、現千葉ロッテマリーンズの田村龍弘選手、現阪神タイガースの北條史也選手であり、翌年夏の神奈川大会準々決勝で敗れた横浜高校戦で本塁打を浴びた二人の相手は、現北海道日本ハムファイターズの浅間大基選手、高濱祐仁選手であったことからも、プロのバッター相手にすべてが通用するレベルにはまだ到達していなかったのだと思われます。

プロ入り後、壁にぶつかる中で技術を収得し、今は最速150キロを超えるストレートと、代名詞ともなっているスライダーの他にもチェンジアップ、カーブ、カットボールを駆使し、三振を取る技術に磨きをかけておられます。

現福岡ソフトバンクホークスの監督である工藤公康氏は、かつて松井投手の奪三振が多い理由としてこんなことを述べておられました。「(1)投球の始動に入り右肩が開き始めてからも左腕がなかなか出て来ず、ボールの出所が見づらい。(2)直球とスライダーの軌道が同じなので見分けが難しく、直球だなと思ってバットを振ってしまう。(3)ボールの回転数が多い為、打者の手元で急に曲がるように見える。」という三点です。

チームメートでもあり女房役でもある楽天の嶋基宏捕手は、松井投手のスライダーは打者の手元にきてスピードが増し、タテに鋭く落ちると述べておられますが、これは工藤氏の上記(3)を裏付ける証言のように思われます。

プロ入り4年目を迎え技術的にも更なる進化を見せておられるようですが、それにも増して大きいのは、今や楽天では9回に松井が出れば勝てる、という監督・コーチや選手、更にはファンからも寄せられる信頼の厚さであるように思われます。

昨シーズン、東北楽天ゴールデンイーグルスは62勝78敗3分でリーグ5位、打撃力も投手力も総じて振るわない成績でしたが、特に投手力はチーム防御率が4.11でリーグ5位、建て直しが急務と思われる状況でした。

こうした中で大卒+社会人経由の25歳の投手としてドラフト指名したのが、5位指名の森原康平投手、9位指名の高梨雄平投手、更には大卒4位指名の菅原秀投手も加え、新人投手が開幕一軍メンバーに3名も名を連ねること自体が大変珍しい上に、3人が3人とも開幕5カード12試合を終えた時点で防御率0.00、即ち1点も与えないピッチングを続けています。

彼らのドラフト指名順位はどこのチームも指名は可能であったことを示しており、まさにチームの補強ポイントに合わせて、選手の能力を的確に見抜き、かつ早々に一軍での機会を与えたマネジメントの勝利のようにも思えてきます。松井投手を抑えに登用したことも併せて、能力と適性を見抜くことの大切さを改めて思い知らされたような気がいたします。

開幕ダッシュに成功した東北楽天ゴールデンイーグルスですが、松井投手と新人セットアッパーの森原投手はチームの12試合中9試合に登板しており、新外国人のハーマン投手も8試合に登板しています。勝っているからこその現象なのですが、素人目にもちょっと投げ過ぎでは? と少し心配にはなってきます。

松井投手は「今は打線が打ってくれています。打てなくなった時に投手陣の頑張りで1点差ゲームを取れるようになってこそ、本当の意味で投打がかみ合っていると言えるのだと思います。」と、抑えのエースの自覚十分に語っておられます。

高卒4年目、大学に進学しておられたら大学4年生の歳と、チームのブルペン陣の最年少の松井投手ですが、抑えという立場とこれまでの経験、実績も踏まえ、今やブルペン陣の精神的支柱、大黒柱と言っても過言ではない存在になっておられます。まだ始まったばかりのペナントレースですが、今シーズンのこれからの松井投手と東北楽天ゴールデンイーグルスのブルペン陣の奮闘ぶりを温かい目で、かつ楽しみに見守り続けたいなと思います。

(おわり)
2017/4/19

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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