アレックス・ラミレス監督~Tomorrow is another day(明日があるさ)【第67回】

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アレックス・ラミレス監督~Tomorrow is another day(明日があるさ)【第67回】

2016年のプロ野球は、北海道日本ハムファイターズが日本シリーズにおいて広島東洋カープを4勝2敗で下し、全日程を終了しました。日本シリーズを戦った両チームは、自前の選手をじっくり育てながらチーム力を整えて戦うという点で共通点を持ったチームでした。この両チームがリーグ制覇を果たし、クライマックスシリーズを勝ち上がって日本シリーズを戦ったことで、チームづくり・チーム運営のあり方にひとつの方向性を示してくれたようにも思えます。併せてこの両チームが札幌と広島という地方中核都市に本拠地を構えていることで、野球チームの存在がその地域にいかに大きな影響を及ぼすかを思い知らされた気がします。それはこの日本シリーズの両地域でのTV視聴率に如実に表れていたように思われます。そういった意味でも、とても興味深く面白い日本シリーズであったと思います。

それはさておき今回は、12球団で唯一クライマックスシリーズ進出のなかったチームを11年ぶりのAクラスへ導き、クライマックス・ファーストステージで読売ジャイアンツを破り、ファイナルステージで広島東洋カープと戦うところまで押し上げたアレックス・ラミレス監督を取り上げてみたいと思います。

ラミレス監督は1974(昭和49)年10月生まれの42歳、ベネズエラの首都・カラカス近郊のご出身だそうです。5歳から野球を始め、18歳でベネズエラの国内選手権に出場した際に外野手として試合に出ていたところをクリーブランド・インディアンスのスカウトの目に留まり、マイナーリーグ契約を勝ち取られたようです。1998年秋に初めてのメジャー昇格を果たし、2000年にトレードでピッツバーグ・パイレーツへ移籍されましたが、この3シーズンでメジャーリーガーとして135試合に出場され、86安打・12本塁打・48打点・打率.259の成績を残し、2000年11月にヤクルトスワローズに入団されました。

日本球界に所属されてからはNPB(日本野球機構)に13年、その後最後の1年は独立リーグであるベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)の群馬ダイヤモンドペガサスにコーチ兼任の選手として所属され、2014年のシーズンをもって引退されました。7年間在籍されたヤクルトスワローズ(2006年シーズンからは東京ヤクルトスワローズに名称変更)、4年間在籍された読売ジャイアンツ、その後2年間在籍された横浜DeNAベイスターズ時代の活躍ぶりは今更説明の必要もないものと思われます。

特にヤクルト、巨人在籍中の11年間に首位打者1回、ホームラン王2回、打点王4回、最多安打3回、計10回タイトルを獲得され、まさにチームになくてはならない不動の中心打者として君臨されました。中でも2007年に204安打・114打点・打率.343という記録を残されましたが、これは同じ年に100打点・200安打・打率.300以上のいわゆる「100・200・300」の同時達成が成し遂げられた、日本プロ野球史上唯一の記録です。この記録は確実性と長打力に加え、試合に出続ける強い耐久性を兼ね備えていることの証しであり、まさにラミレス選手を象徴するような記録であったように思われます。

ラミレス監督の基本的な考え方のひとつに「試合を支配する要素の70%はメンタリティ、残り30%がフィジカル」というものがというものがあります。メンタリティを強化する策のひとつは「相手を研究し準備すること」と語っておられますが、現役時代のラミレス選手は試合前には過去の試合のDVDを、試合後にはその日の自分の打席のDVDを観ることを日課にされていたようです。

過去のDVDを観る際には主に得点圏にランナーがいる時のバッテリーの配球に主眼を置いて観ておられたようで、特に日本へ来てからは、捕手が配球の主導権を握る日本の野球のスタイルに合わせて、捕手を中心に相手を研究することを貫いてこられたようです。ファンをパフォーマンスで楽しませる陽気な一面の裏で、環境に順応させる為の緻密な研究をやり続けてこられた訳で、まさに今日のラミレス監督につながる一端を見せていただいたような気がしました。

ラミレス監督は現役引退後、独立リーグ・群馬のシニアディレクターに就任するかたわら、オリックス・バファローズの巡回アドバイザーを兼務しておられましたが、2015年10月に横浜DeNAベイスターズより一軍監督の要請があり、受諾されました。DeNAが球団経営に乗り出して以来、球団OBとして迎えた初めての監督でもありました。監督に就任されてからは、選手とのコミュニケーションを積極的にとられる一方、結果論ではモノを言わず、選手を責めない姿勢を貫かれたようです。

一方で新任監督として自分の色をなんとしてでも打ち出そうとはされず、自らの目で見ていいと思える選手を起用するという姿勢を貫き、前任の中畑監督時代に芽を出しかけていた外野手の桑原将志選手、遊撃手の倉本寿彦選手をレギュラーに育てあげると共に、春のキャンプ・オープン戦を経て捕手には堅実なディフェンスを評価して、新人の戸柱恭孝選手を主力で起用すると宣言し、シーズン終了まで大半の試合のマスクをかぶらせておられます。こうしたブレない姿勢が選手からの信頼を勝ち得た結果、シーズン後半にはチーム力が大きく向上したように見受けられます。

昨年も横浜DeNAベイスターズはオールスター戦までは首位でしたが、その後失速し最終的には最下位でした。今年は3月・4月で9勝18敗2分と大きく負け越しましたが、5月は16勝7敗1分と持ち直し、以降も大きく崩れることはありませんでした。この差は一体何なのか、素人の野球ファンである私の目には「勝つ」ということに対するチーム全体の意識が徐々に切り替わっていったのではないか、そんな風に見受けられます。試合後の監督の勝利インタビューや選手のヒーローインタビューにおいて、DeNAの関係者は「明日の試合を全力で勝ちにいきます」という趣旨の発言をする人が増えたと書かれた記事を目にしたことがあります。

これはまさに今日の勝ち負けだけに一喜一憂はせず、まずは明日の試合、言い換えれば目の前の対処すべき課題の解決に全力を尽くそうということであり、負けても浮き足立たないチームマインドが浸透してきた証拠のように思えます。シーズン全般での横浜DeNAベイスターズの部門別チーム成績は、打撃部門で本塁打はリーグ2位(ホームラン王の筒香選手の貢献大)であるものの、得点は3位、打率は4位に過ぎませんし、投手部門の失点、防御率は共に5位と決して褒められたものではありません。それでもチームは3位、クライマックス・ファーストステージで2位の読売ジャイアンツを撃破しており、明らかにチームが機能した結果だと思われます。

日本での生活が既に16年にもなったラミレス監督ではありますが、言語や文化の違いによる意思疎通の難しさはこれまでも当然のように感じてこられたはずです。ただ本当の意思疎通は言語だけに頼るべきものではなく、相手を思いやる心、相手を理解しようとする心、その国の風土や文化を理解し、リスペクトする心があって本当の意味での意思疎通が成り立つのではないかと思われます。負けた試合の後の監督談話をみても、ラミレス監督が選手を責めたり、選手を腐らせるようなコメントを出されることはまずありません。選手がミスをした時もそれを責めることはせず、試合の流れや戦術の良し悪し、プレーの中身を論じておられます。

そして最後は明るい笑顔で「Tomorrow is another day(明日があるさ)」と言って締めくくっておられます。横浜DeNAベイスターズには既にチームの中に信頼という名のかなり固い土台が出来上がりつつあるようです。こうなるとDeNAファンは「近いうちにぜひ優勝を!」と期待はいやが上にも高まりつつあるようですが、ラミレス監督は冷静に「今の戦力では3位争いは出来るが優勝争いは出来ない」と明言しておられます。

そうなると次はフロントがいかに戦力を整えていくかが鍵を握りますが、整えられた戦力とラミレス監督の間の信頼という名の土台がより強くなることによって、来シーズン以降のベイスターズは目の離せないチームになっていきそうです。ラミレス監督率いる横浜DeNAベイスターズの更なる躍進を見守り続けていこうと思います。

(おわり)
2016/11/4

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〈参考文献〉
YOMIURI ONLINE 2016.10.13 配信記事
“DeNA・ラミレス監督にみる「組織を動かす力」”
組織・人材コンサルタント   網谷征洋氏・筆

筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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