イチロー選手~レジェンド、更なる次を目指して!【第63回】

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イチロー選手~レジェンド、更なる次を目指して!【第63回】

2016年8月8日(米国現地時間8月7日)マイアミ・マーリンズのイチロー選手がメジャーリーグでの3000本安打達成という偉業を成し遂げました。リオデジャネイロでのオリンピック期間中にも拘らず、日本の翌日の新聞では一面で大きく報じられましたし、アメリカでもかなり大きな扱いだったようです。

試合後の記者会見でイチロー選手は「達成した瞬間にチームメートたちがあんなに喜んでくれて、ファンの方たちも喜んでくれた。僕にとって3000という数字よりも、僕が何かをすることで僕以外の人たちが喜んでくれることが、今の僕にとって何より大事なことだということを再認識した瞬間でした」と話されました。

記録達成まであと2本となってからなかなかヒットが出ず、観ている我々もやきもきしましたが、当事者であるイチロー選手も相当苦しい時間を過ごされたようで、同じ会見の中で「人に会いたくない時間もたくさんありました。誰にも会いたくない、誰ともしゃべりたくない。僕はこれまで自分の感情をなるべく殺してプレーをしてきたつもりですが、それもなかなかうまくいかず、本当に苦しい時間でした」と心境を語っておられます。これがあのイチロー選手をして、これだけの重圧をかける3000本安打の持つ重みだったのだと思われます。

それではメジャーリーグにおける3000本安打がどれほど凄く価値あるものなのか、について少し振り返ってみたいと思います。

アメリカで報酬をもらって野球をする、いわゆるプロ野球選手が登場し始めたのは1860年代前半と言われています。そしてプロ選手だけで構成された初めてのプロ野球チーム(シンシナティ・レッドストッキングス)が結成されたのが1869年、最初のプロ野球リーグであるナショナル・アソシエーションが創設されたのが1871年だそうです。以来幾多の変遷・紆余曲折を経て今日の隆盛につながっているのですが、アメリカのプロ野球の歴史は既に140数年の時を刻んでいます。(ちなみに日本のプロ野球は現読売ジャイアンツの前身である大日本東京野球倶楽部の設立が1934年)

今回のイチロー選手の3000本安打達成は、この長い歴史の中での30人目の偉業ですが、初めて3000本安打を達成したキャップ・アンソン選手の達成日1894年7月18日から数えると122年たってようやく30人目が誕生したほど、ちょっとやそっとでは手の届かないとてつもない大記録であることがわかります。ちなみにですが、3000本安打が達成された時期を年代別に見てみると、1800年代が1人、1900年代前半(1900~1949)に6人、1900年代後半(1950~1999)に16人、2000年以降に7人となっています。

年間試合数の多いアメリカでも1シーズンに200安打を打つことは一流の証と言われています。この一流の証と言われる年間200本を15年続けてようやく到達するのが3000本という数字です。従って歴代の3000本安打到達者はイチロー選手を除いてすべて20歳代前半でメジャーでの初安打を放っており、最も遅いウェイド・ボックス選手が23歳10カ月ということを考えると、日本のプロ野球に9年間在籍してからのメジャー入りという事情があったにせよ、27歳からメジャーでのキャリアをスタートさせたイチロー選手は、たった30人の3000本到達者の中でも異色の存在と言っていいのかもしれません。

現在イチロー選手が所属するマイアミ・マーリンズのマッティングリー監督は3000本安打についてこんなことを述べておられます。「3000という数字は、その数字の中にいくつものことを言い表しています。高い打撃技術が必要とされるのは当然のこととしても、これだけたくさん打つにはまず長くプレーしなければなりません。その為には体の管理から何から全てのことが関わってきます。その先にあるのが3000という数字なのです」。

現在マイアミ・マーリンズの外野の三つのポジションは若い三人のレギュラー(ジャンカルロ・スタントン選手、クリスチャン・イェリッチ選手、マルセル・オズナ選手)でガッチリ固められており、イチロー選手の立場はレギュラーの選手の休養日にだけ先発の役割が与えられ、それ以外は代打中心の起用という第四の外野手の位置づけです。昨年のようにレギュラーの故障が発生するとイチロー選手の出番も増えるのですが、今シーズンはレギュラークラスの故障はなく、試合に臨む準備ひとつとってもイチロー選手はかなり難しく厳しい状況を強いられているように見受けられます。

私は当コラムの第37回で「生きるレジェンド、新天地へ!」と題し、マイアミ・マーリンズへの移籍が決まった直後のイチロー選手のことを書かせていただきましたが、その中でも触れたとおり、球団は第四の外野手として契約し、イチロー選手はそのことを十二分に理解して自らの役割を果たすことに徹する、組織と個人の間での見事なまでのプロフェッショナルな関係が成立しています。事実、入団後も準備の為のルーティンを欠かさず続け、試合での結果に結びつけておられます。

そうしたイチロー選手の野球選手としての日常は、生きる手本として若い選手の多いチームに多大な影響を及ぼしているようです。ベネズエラ出身の32歳のチームリーダー、マーティン・プラド選手(三塁手)は、インタビューの中でイチロー選手のルーティンについてこんなことを話しておられます。

「自分の子供たちに、毎日変わらぬルーティンを続けた選手とある時期一緒にプレーしたんだって話せるよ。彼のように同じリズムで自分を維持し続けることが、どれだけ大変なことかってこともネ」。

チームメートはチーム最年長のイチロー選手を敬い慕い、イチロー選手は存在そのものでチームに良い影響を及ぼし、そんなイチロー選手を迎える為に球団幹部がわざわざ東京にまで出向いての契約締結と入団会見を行なったマイアミ・マーリンズ球団、ここには組織と個人の理想的な関係のひとつの姿が窺われます。

3000本安打を達成した直後の記者会見の中で、(3000安打を達成した今)次はどういったことをゴールに置いて進んでいくのですか、という記者からの質問に対し「次こういう状況が生まれるとしたら、4000(安打)しかないですからね。そこまではなかなかですから」と答える一方で「まあでも200本を5年やれば、なっちゃいますからね」とも答えておられます。漏れ伝わってくるところによるとイチロー選手は50歳まで現役選手としてプレーすることを望んでおられるようですが、守る・走るということに関しては衰えていないどころか、かえってプレーが若々しくなっておられるような感じさえします。

打つことも昨季の不振を脱した今、一試合で四度の打席に立つ機会を与えられれば打撃成績も更なる向上が見込まれるような気がします。ご本人の口から「200本を5年やれば・・・」という言葉が出てくるのをみると「目標達成、ヤレヤレ」といった感情は微塵も感じられません。40歳超の選手にはレギュラーの座をなかなか与えないメジャーリーグではありますが、一試合4打席の機会を求めて他球団への移籍を模索されるのか、マイアミ・マーリンズでレジェンドとして生きていく道を選ばれるのか、イチロー選手の選択を尊重しながら、今後のご活躍をお祈りしたいと思います。

(おわり)
2016/08/17

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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