山﨑康晃投手~頑張れ!小さな大魔神【第47回】

名古屋 052-586-8829

静 岡 054-205-8180

東 京 03-3518-6363

大 阪 06-6364-1350

(受付時間:平日9:00~18:00)

山﨑康晃投手~頑張れ!小さな大魔神【第47回】

2015年のプロ野球はオールスター戦も終わり、一番苦しい真夏の戦いの真只中です。パリーグは福岡ソフトバンクホークスが一歩も二歩も抜け出して、興味はクライマックスシリーズ出場をかけた2位・3位争いに移りつつあります。一方セリーグは5割を大きく越えるチームがなく、今も大混戦が続いています。このセリーグの大混戦の立役者は間違いなく横浜DeNAベイスターズです。

前半戦は快調に白星を積み重ねて首位を快走(最大時貯金11)しましたが、交流戦でつまづき、1引き分けをはさんで12連敗を喫する間に失速し、首位からも陥落してしまいました。しかしオールスター戦の前の最後のカードで巨人相手に3連勝を成し遂げ、勝率5割ではありますが首位で前半を折り返しました。この踏ん張りは二人の選手に負うところが大きいように思われます。

一人は4番としてチームの大黒柱としての存在感を遺憾なく発揮しておられる筒香嘉智選手、もう一人が今年の新人ながら抑えのエースとして押しも押されもしないポジションを確立された山﨑康晃投手です。筒香選手については第41回で書かせていただきましたので、今回は山﨑選手を取りあげさせていただきます。

山﨑選手は1992年10月生まれの22歳、東京都荒川区の出身です。帝京高校、亜細亜大学を経て昨年秋のドラフトで横浜DeNAベイスターズから1位指名を受け入団されています。高校時代は2年夏、3年春に甲子園に出場し、共にベスト8。大学時代は1年春から登板し、3年生の夏には大学日本代表に選出され、日米大学選手権で最優秀投手賞を受賞される等、かなり注目を集める存在でもありました。しかしいくら高い能力を持った好素材の選手とは言え、新人投手が開幕と同時に抑えをまかされるというのはかなり異例と言って差し支えないでしょう。

昨年抑えをまかされていた三上朋也投手が開幕前の時点で右肘筋肉の炎症で実戦で登板のメドが立たないというチーム内事情があったにせよ、かなり思いきった抜擢であったことは間違いありません。これは勿論、イチかバチかで配置したらたまたま当たった、というようなものではなく、投球技術の特徴と抑え投手に必要とされる精神面の強さ、性格を考慮しての中畑監督の抜擢だったのだと思われますが、ここまでの見事なまでの活躍ぶりを見ると、選手の能力を見抜く慧眼には驚きを禁じ得ません。と同時に今シーズンのここまでの山﨑投手に対する起用方法を見ると抑えのエースとして全くブレのない起用が続けられています。

横浜DeNAベイスターズは4月に7連敗、6月には12連敗という、大きな連敗を二度食らっていますが、この連敗中も同点以外のケースでは登板しておらず、リードされた状態ではまだ一度も登板していません。シーズンも最終盤に差し掛かり、ここは落とせないという試合になればリードされた場面での登板も当然有り得ると思われますが、本当の勝負どころを見据えて、現時点までのところは無理な使われ方はされていませんし、絶対落とせないケースである1点リードの試合、2点リードの試合では、ここまでそれぞれ10試合、9試合に登板してすべてセーブを記録されています。この安定感と積み重ねた実績がチーム内で絶大な信頼を生み出しているのだと思われます。

シーズンもここまで進んでくると相手チームも当然のように研究してきますし、集められたデータに基づいた攻め方をされているのでしょうが、現時点までは山﨑投手の投げる力がそれに打ち克っているようです。山﨑投手のピッチングの武器・特徴はツーシームと呼ばれる落ちる球のようですが、あるバッターは「感覚的には目の高さからワンバウンドまで落ちてくる」と表現されています。

かつての横浜の抑えの大エースであった「ハマの大魔神」こと佐々木主浩投手のフォークボールにも匹敵するぐらいの強烈な決め球としてのイメージを相手バッターに植えつけ始めているようです。

更に山﨑投手の場合は、左足を三塁側に大きく踏み込んで投げる「クロスステップ」という特徴的なフォームが、右打者に対しても左打者に対しても、打ちにくさという点で大きな効果をあげておられるようです。その上で「絶対に打ち取る」という気迫を全面に打ち出して打者に向かっていく姿勢が、抑えという役割にうってつけのようであり、山﨑投手の持って生まれた天分が、まさに今の持ち場の中で大きく花開きつつあるのだと思われます。

ご存知の方も多いかと思いますが、山﨑投手は日本人の男性とフィリピン人である母・べリアさんとの間に生まれたハーフです。お母さんは日本語を学ぶ為に19歳で来日し、いずれは母国で国の仕事に就かれるつもりだったようですが、日本人男性と結婚し2人のお子さんを出産されました。山﨑投手は小学校1年生から野球を始められたようですが、小学校3年の時に両親が離婚。

山﨑少年の「ボクは野球を続けられるの?」という一言を聞いて、母のべリアさんはフィリピンへ帰国せず日本で生きていく決意をされたようです。夕方5時まで工場に勤務、その後深夜まで飲食店に勤務し、女手ひとつで姉弟二人を育てあげた訳ですが、その姿をずっと見て育った山﨑投手は、母を楽にさせてやりたいという気持ちが強く、そのハングリー精神は並大抵のものではないようです。

横浜DeNAベイスターズが快進撃を続けていた交流戦が始まるまでの前半戦、勝ちゲームには投げざるを得ない状況で、チームの48試合中26試合に登板し、さすがに登板過多で球威が落ちかけた時期があったようですが、交流戦で負けが込んだ以降は、山﨑投手が投げる場面が序盤戦ほどはまわってこず、交流戦以降オールスター戦直前までの37試合では12試合にしか登板しておられません。そういった意味では登板間隔も十分開いており、9回をリードした状態で迎えることさえ出来れば、横浜DeNAベイスターズが勝利をつかむ確率はかなり高いと言って差し支えないと思われます。

この原稿を書いている7月30日現在、横浜DeNAベイスターズは94試合戦って、43勝50敗1分、うち山﨑投手は39試合登板、2勝2敗24セーブ、防御率1.67という成績を残されています。既に今シーズンは5月にプロ野球の新人記録となる9試合連続セーブをマークされたり、新人の月間記録となる10セーブも樹立しておられます。

更に1990年に中日ドラゴンズの与田剛投手(現野球評論家)が樹立した新人シーズン最多31セーブの更新もかなり可能性がありそうです。山﨑投手のセーブ数が増えることは、イコール横浜DeNAベイスターズの勝利を意味する訳 (残念ながらオールスター戦終了後の3カード9試合では1試合しか登板機会がありませんでした)ですから、ここ以降の優勝争い、クライマックスシリーズ出場をかけた戦いには、山﨑投手の力が絶対に必要不可欠です。

プロ野球選手としては決して体が大きい方ではない(177cm、83㎏)山﨑投手は、一部のDeNAファンから、かつての抑えの大エース・佐々木主浩投手の愛称になぞらえて「小さな大魔神」と呼ばれ始めているようです。今シーズンのこれからの更なるご活躍は無論のことですが、プロでの経験を積み重ねる中で日本を代表するような抑えの大エースとなられることを心よりお祈りしています。願わくば日本プロ野球のセーブ記録402(中日ドラゴンズ岩瀬仁紀投手の記録)を更新してしまうぐらい、末長く君臨し続けていただくことを願いたいものです。

(おわり)
2015/08/07

「福山義人のプロ野球に学ぶ組織論」一覧に戻る

筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

※福山義人氏への講演依頼はこちらから