秋山翔吾選手~新・安打製造機、更なる飛躍を!【第43回】

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秋山翔吾選手~新・安打製造機、更なる飛躍を!【第43回】

2015年のプロ野球も開幕して1ヶ月半以上が経過し、順調な滑り出しを見せたチームとよもやのつまづきで苦しい戦いを強いられているチームと、明暗がはっきりつき始めたような気がします。そんな中で開幕から4月末までの期間を対象に3~4月の月間MVPの発表がゴールデンウィーク明けに行なわれました。今回選ばれた4名の選手はすべて初受賞であり、とてもフレッシュな顔ぶれです。

セリーグは投手部門が読売ジャイアンツの高木勇人投手、打者部門がDeNAベイスターズの梶谷隆幸選手、パリーグは投手部門が日本ハムファイターズの大谷翔平投手、打者部門が埼玉西武ライオンズの秋山翔吾選手です。投手部門、打者部門共に4人の選手はチームの躍進を支える文句ない成績を収めており、納得のいく選出だったように思われます。そうした中から今回は埼玉西武ライオンズの秋山翔吾選手を取り上げさせていただきます。

秋山選手は1988年4月生まれ、神奈川県横須賀市出身の27歳の外野手(右投左打)です。小学校1年から野球を始め、中学時代には横浜金沢シニアに所属する一方で、陸上部にも所属し脚力を磨かれたようです。中学卒業後は横浜創学館高校へ進学され、1年生の時からレギュラーとなられるも、3年生の夏の甲子園の県予選ではベスト8で敗退され、甲子園出場はなりませんでした。後に秋山選手のプロ入りが決まった時、同校のホームページに野球部顧問の先生がこんなコメントを寄せておられます。「秋山選手は強いリーダーシップと自律心を併せ持ち、自らの将来像を見据えて努力する選手でした。」

秋山選手の生まれ年である1988年世代は高校卒業時、2006年秋のドラフトの対象となりましたが、その時の目玉選手は田中将大投手(現ヤンキース)、前田健太投手(現広島)、坂本勇人選手(現巨人)といった逸材揃いであり、そうした中で秋山選手も野球雑誌の有望高校生リストに名前が掲載され「力強いスイング」「俊足」「強肩」などといった点で評価はされていたようですが、この時点では指名してくれる球団はなく、八戸学院大学に進学されています。

プロ入り後のインタビューで大学時代を振り返り「遊びに行くところもないし、コンビニに行くにも時間がかかるような場所であり、野球に集中するにはもってこいの環境でした」と語っておられますが、大学では1年生の時からレギュラーとなり、4年の春には首位打者になると共に、春のリーグ戦を制して出場した大学選手権において、神宮球場のバックスクリーン右にホームランをたたき込むなど、チームのベスト4進出の原動力となられました。そして大学卒業時の2010年秋のドラフトで西武ライオンズから3位指名を受け入団しておられます。

プロ入り初年度の2011年、この年は大地震の影響で開幕が4月12日にずれ込んだ年ですが、秋山選手は開幕スタメン(9番右翼)に名を連ねました。これは球団の新人外野手としては30年ぶりの快挙だったそうです。そして翌日の第2戦ではプロ入り初安打初打点を記録し、3安打を放つなど順調な第一歩を記されています。ただ開幕直後は調子が良かったものの、その後不振に陥り二軍落ちも経験されました。7月中盤に再昇格後、栗山巧選手が怪我の影響で左翼にまわられてからは中堅手のレギュラーとして固定され、広い守備範囲と強肩を生かして守備面で大いに活躍されました。

結局この年は110試合に出場して打率.232、66安打、21打点と新人選手としては評価されるべき成績をあげておられます。以降昨年までの3シーズンですべて年間100試合以上の出場を記録し、2年目の2012年には規定打席にも到達して.293でリーグ6位の好打率をマークしておられますし、

3年目の2013年には中堅手として全試合に先発出場して初のゴールデングラブ賞のタイトルを受賞されるなど、まさにチームに無くてはならない選手としての立場を築いていかれました。

そして昨年2014年のシーズンは更なる飛躍が期待されていましたが、シーズン当初極度の打撃不振に苦しみ、後半かなり持ち直されはしたものの、打率・打点・ホームランのすべての項目で前年の成績を下まわり、ご本人としては不本意はシーズンであったと思われます。

そして迎えた今シーズン、オープン戦での好調(打率.459)そのままに、開幕から驚異的なペースで打ち続けておられます。今や不動のトップバッターとして好調なチームを引っぱっておられますが、その結果が4月末時点の25試合出場、打率.374、40安打、8打点、2本塁打の記録であり、月間MVPに結びつきました。5月になってからも変わらぬペースで打ちまくっておられますが、今のペースは年間143試合に換算すると230安打というとてつもない記録すら期待できる快進撃のようです。秋山選手は、昨年までの4シーズン、長いペナントレースのどこかで調子を落とされる時期がありましたが、今年こそ最後まで高いパフォーマンスを維持し、日本を代表する安打製造機としての立場を確立していただきたいものです。

秋山選手はご自身のプレーに対する一番のテーマとして「フルイニング出場」を挙げておられます。打つだけでもダメ、守るだけでも達成できない記録であり、ケガをせず、一定水準以上の成績をあげ続ける選手にだけ挑戦が許される難易度の高いテーマです。また守備についても、フリーバッティングの練習時から守備位置をいつも前目にとって、わざと難しい状況を作って後ろに飛んだ打球を追いかけて捕るなど、色々な状況を練習の段階から自ら作り出す工夫をしておられるようです。これはうまくなる為には人と違う練習をしていかなければとの思いが、普段の練習から色々な状況を想定した練習メニューを取り入れることにつながっておられるのだと思われます。

昨年リーグ5位に転落した西武ライオンズが、今年は開幕から好調です。田辺新監督の手腕に負うところも大きいと思われますが、好調の大きな要因のひとつは、秋山選手のリードオフマンとしての活躍であることは間違いないと思われます。1番バッターとしての機能が確立したことで、チーム全体が戦う機能集団として円滑に動き始めた印象です。

秋山選手がご自身としては初の打率3割はおろか、最多安打、そして念願のフルイニング出場を達成された暁には7年ぶりのリーグ制覇も見えてくるのではないでしょうか。西武ライオンズの中心選手から、一般の野球ファンの誰もが知っている、日本を代表する安打製造機・リードオフマンとして、今シーズンを大いなる飛躍の年にしていただきたいなと思います。そして背番号55と言えば、誰もが西武の秋山翔吾選手を思い浮かべる、ぜひそんな選手になられることを願っています。

 
【追記】余談ですが、小学生の時に父親を亡くされた秋山選手は、今シーズンから、ひとり親家庭の親子を球場に招待するプロジェクトを始めておられます。ゴールデンウィークの5月6日のオリックス戦で第1回目が実施され、招待した親子にサインをしたり一緒に記念撮影をしたりという触れ合いの場を作られました。自らと同じ境遇にある親子を励ましたいという思いから始められた企画と思われますが、今シーズンはあと3回実施されるそうです。秋山選手はこんな一面も持っておられることを知っていただければと思います。

(おわり)
2015/05/25

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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