山田哲人選手~魅力いっぱいの若武者、更なる高みへ【第39回】

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山田哲人選手~魅力いっぱいの若武者、更なる高みへ【第39回】

2015年のプロ野球は間もなく開幕を迎えますが、今回も前回に引き続き、既に不動のレギュラー選手ですが、今シーズン更なる進化をとげるであろうことを期待させてくれる若手選手を取りあげてみたいと思います。その選手はいつか日本を代表するような名選手になってくれるのでは・・・という期待を抱かせてくれます。その選手の名は東京ヤクルトスワローズの山田哲人(ヤマダテツト)選手です。

山田選手は1992年7月生まれの22歳、兵庫県の出身で、大阪の履正社高校から2010年秋のドラフト1位で入団されたのですが、実はこの年ヤクルトは当初1位に指名した斎藤佑樹投手(現日本ハム)の抽選にはずれ、外れ1位に指名した塩見貴洋投手(現楽天)の抽選にもはずれ、その後の外れ1位に指名し獲得したのが山田選手でした。しかし少なくとも2014年の成績を見る限りでは、ヤクルトスワローズが一番の当たりクジを引いたことは間違いなさそうです。

プロ1年目の2011年はレギュラーシーズンでは1軍出場は果たせませんでしたが、中日ドラゴンズとのクライマックスシリーズ・ファイナルシリーズ第2戦で1番遊撃手として先発出場されました。これは高卒新人野手としてはCS史上初となる快挙だったようです。ご自身の出場3試合目となる第4戦では2安打1打点をあげ、後の片鱗をかいま見せてくれています。

しかしプロ2年目の2012年の1軍出場はまだ26試合に過ぎず、一気に開花とはいかなかったようです。3年目の2013年は遊撃手として出場していたものの、遊撃の守備に難があったことと、田中浩康選手の打撃不振もあり、5月頃からは二塁手として固定して使われるようになり、この年は96試合に出場し、規定打席には届かなかったものの99安打で打率.283と頭角を現わし始めています。

そして昨シーズン、杉村繁打撃コーチのマンツーマンでの指導で大きく花開き、1年間レギュラーとして活躍され、596打数193安打、打率.324、29本塁打、89打点、15盗塁という見事な成績を収めておられます。ちなみに193安打はセリーグの最多安打記録であり、1950年に阪神タイガースの藤村富美男選手が記録した、日本人右打者のシーズン最多安打191本を64年ぶりに更新する記録でもあったようです。

その他にも4月から9月にかけて、日本のプロ野球史上初となる、6か月連続で初回先頭打者ホームランを打つという珍しい記録も打ち立てておられますし、8月にはリーグトップとなる41安打を記録して自身初の月間MVPを受賞されたり、監督推薦でオールスターゲームに選出されると、第2戦で本塁打を含む2安打を放って敢闘選手賞を獲得されたりと、打つことに関しては今やリーグを代表する選手の一人と言っても過言ではないぐらいの評価を得ておられます。こうした昨シーズンの活躍は、セリーグのベストナインに選出されるという形で実を結び、10月には日米野球の日本代表にも選出されておられます。

このように打つことに関しては一皮も二皮もむけ、大きくブレークされた山田選手ですが、課題は守備面にあるようです。当初の遊撃から二塁へ移られたのは遊撃の守備に難があったからのようですし、特に送球の面にまだまだ課題があるようです。又二塁上の走者へのタッチプレーや併殺プレーのトス、といった面でも内野守備コーチから厳しいチェックを受けておられるようです。

守備の面を磨かれることは山田選手の課題であると同時に伸びしろでもあり、この課題がクリアできた時には日本一の内野手の称号を手にされることも決して夢ではないと思われます。

山田選手は自らの目標として「200安打、3割・30本・30盗塁」を掲げておられます。打率3割、ホームラン30本、30盗塁のいわゆるトリプル・スリーは、確実性・長打力・走力の三つが伴なって初めて達成される訳で、攻撃面の個々の能力のすべてが一流であることの証明と言われています。

これまで日本のプロ野球ではトリプルスリー達成者が8人(岩本義行、別当薫、中西太、蓑田浩二、秋山幸二、野村謙二郎、金本知憲、松井稼頭央)、200安打達成者が5人(イチロー、青木宣親、ラミレス、マートン、西岡剛)しかいませんし、両方を成し遂げた人はまだ一人もいません。山田選手は1番バッターとは思えないぐらい打点も本塁打も多く、脚も50m走・5.8秒と結構速く、あとは盗塁の技術に磨きがかかれば、200安打とトリプルスリーを両方達成することも決して夢ではないように思われます。

プロ野球の世界ではチームの核となる中心選手を人為的に作ることは出来ません。球団・チームという組織に出来ることは、個々の選手に場と機会を与えることだけです。一定期間の間に一定以上の成果を示せないと、その選手に与えられた機会は取りあげられてしまいます。団体競技で勝利をめざす以上、これは当たり前のことです。

ヤクルトスワローズというチームは、ようやく自前でその中核となる選手を手にしつつあるようです。しかし山田選手が不動のレギュラー選手として活躍したのは昨シーズンの1度だけです。これを何年も続けることによって、チーム内で不動の地位を占めることになるのでしょうし、ファンもチームに絶対欠かせない中心選手と認めることになるのだと思われます。

残念なことにヤクルトスワローズというチームは、何故こんなにケガをする選手が多いのかと思うぐらい故障者の多い印象があります。若い山田選手には強靭な体で、何年も続けて全試合出場を果たしながら、走攻守のすべての面でリーグを代表するようなパフォーマンスを出し続ける選手であっていただきたいものです。

それがヤクルトスワローズの中心選手であるのみならず、日本を代表する名選手への道につながるのだと思います。もうヤクルト球団の関係者やファンの間では話題になっているようですが、いずれ山田選手に背番号「1」をつけてもらいたいという声があるようです。ヤクルトスワローズで背番号1をつけたのは、ここ40年強の間、若松勉・池山隆寛・岩村明憲・青木宣親の4人の選手だけであり、まさにその時代その時代でヤクルトスワローズの「顔」そのものであった名選手ばかりです。

若い山田選手がこの系譜を受け継ぎチームの芯となり核となることが、2年連続最下位に甘んじたチームの再浮上にもつながるに違いありません。まだまだ完成途上、未知の伸びしろの魅力をいっぱい持った山田選手の2015年シーズンのご活躍を楽しみに見守りたいなと思います。

(おわり)
2015/03/25

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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