青木宣親選手~魚心に水心、更なる飛躍へ向けて【第29回】

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青木宣親選手~魚心に水心、更なる飛躍へ向けて【第29回】

今年のプロ野球はレギュラーシーズンが終わり、日米共にポストシーズンの真只中です。今回は日本人メジャーリーガーとして、ただ一人ポストシーズン進出を果たし、そこでも立派に存在感を発揮してくれている青木宣親選手を取りあげてみたいと思います。

青木選手は1982年1月5日生まれ、宮崎県日向市出身で、宮崎県立日向高等学校から早稲田大学に進学され、2003年秋のドラフト4巡目指名でヤクルトスワローズに入団されています。入団後は1年目こそ一軍での出場は10試合だけでしたが、2年目の2005年以降は、怪我で一時戦列を離れた2008年を除き、ヤクルト最終年となった2011年まで、ほぼ全ての試合に出続け、この間8シーズン中6シーズンで打率3割以上をマークし、首位打者(3回)、最多安打(2回)、盗塁王(1回)といったタイトルも獲得しておられます。

そしてベストナインに7回選ばれ、ゴールデングラブ賞も6回獲っておられます。まさにヤクルトスワローズというより、セリーグあるいは日本のプロ野球を代表する俊足・巧打・好守のプレーヤーとして不動の地位を築いておられます。青木選手にとって残念だったのは、ヤクルトスワローズに在籍された8年間で一度も優勝することが出来なかった点ではないかと思われますが、2006年、2009年にはワールドべースボールクラシック(WBC)の日本代表に選ばれ、2006年には優勝に貢献されています。

こうした実績を元に2011年のシーズンオフにポスティングシステムを行使してのメジャー挑戦を表明され、ミルウォーキー・ブルワーズが交渉権を獲得されたのですが、当時日本人野手の評価がかなり下がっていたこともあってか、球団首脳によるプレーのチェックを受けた後に2年契約で入団されるという一幕もありました。

ブルワーズでは1年目の2012年5月下旬からスタメンに定着され、この年は規定打席にも到達され、シーズン通算で打率.288、10本塁打、30盗塁、1番打者としての出塁率.355はリーグ2位という成績をあげておられます。2年目の2013年は開幕戦から1番ライトでスタメン起用され、日本人史上4人目となる開幕戦での本塁打を記録するという順調な滑り出しで、通算では打率.286、8本塁打、20盗塁という成績でシーズンを終えておられます。

ブルワーズでは3年目の契約をどうするかの権利は球団が保有するという形の契約でしたが、この2年間の成績ですから球団は当然のように翌年の契約オプションを行使しました。ただここから先がアメリカらしいところで、チーム事情から中継ぎ投手との交換トレードという形で、青木選手はカンザスシティ・ロイヤルズに移籍されることになりました。

ロイヤルズは元々長打に頼らず足や犠打で相手を揺さぶる、俗に言うスモールベースボールを持ち味とするチームのようで、ネド・ヨースト監督がチームの持ち味にフィットする青木選手の獲得を熱望されたようです。そして青木選手はロイヤルズ入団と同時に登録名を「Norichika Aoki」から「Nori Aoki」に変更されています。

今年2014年のシーズンは、開幕から1番ライトとしてスタメン起用されましたが、6月に軽度の肉離れでメジャー移籍後初となる故障者リスト入りの時期があり、ブルワーズ時代に比べると出場試合数が少し減っています。8月の半ば過ぎまでは打率も2割6分台と、青木選手としては少し低迷気味でしたが、8月の月末から9月初旬にかけて6試合連続安打したあたりから復調し、9月15日から9月17日のシカゴ・ホワイトソックスとの3連戦で、4安打・4安打・3安打の11安打を打ち、3連戦での球団安打記録を更新されました。9月の月間打率は.379と、まさにバットを振ればヒットになるという「打ち出の小槌」のような状態でした。

アメリカンリーグ中地区の優勝を最後の最後まで争ったデトロイト・タイガースにわずか1勝及ばず、優勝に手は届きませんでしたが、ワイルドカードでのポストシーズン進出を決めた裏で、リードオフマンとしての青木選手の貢献は実に大きかったものと思われます。ちなみにロイヤルズにとってポストシーズン進出は、前回ワールドシリーズを制覇した1985年以来29年ぶりの快挙だったようです。そしてチームのゼネラルマネジャーは青木選手について「試合の流れを変える働きができている。数字以上にチームへの貢献度は高いし、守備と走塁を重視する我々のスタイルにも合っている」と高く評価する言葉を述べられておられます。

メジャーリーグのポストシーズンは、アメリカンリーグ、ナショナルリーグの東・中・西各地区の優勝チームと2位以下で勝率の高かった2チーム(ワイルドカード)の計5チームで争われます。ワイルドカードの2チームが1試合制のワイルドカードゲームを戦い、その勝者と優勝3チームの計4チームで地区シリーズ(5試合制)を戦い、その勝ったチーム同士がリーグ優勝決定シリーズ(7試合制)を戦います。そしてリーグチャンピオン同士が最後にワールドシリーズ(7試合制)を戦うという仕組みです。

ロイヤルズはポストシーズンに入ってから驚異的な快進撃を続けています。なんとポストシーズン8連勝で一気にワールドシリーズ進出を決めてしまいました。同一ポストシーズンでの開幕から8連勝というのは、長い大リーグの歴史の中でも初めての快挙のようです。

この快挙の始まりは、ポストシーズン最初の試合であったオークランド・アスレチックスとのワイルドカードゲームでした。8回表が終わって3対7という劣勢から3点を返し、1点差で迎えた9回裏1アウト・ランナー3塁から青木選手が打った同点犠牲フライ、これで息を吹き返し、延長12回9対8サヨナラ勝ちを収めたことが、ロイヤルズが大きな流れをつかんだ要因だったように思われます。

次の地区シリーズではリーグの勝率1位のロサンゼルス・エンゼルスを3タテで下して勝利。しかも1試合目、2試合目は又しても延長戦と実に見事なまでの粘り腰でした。特にこの1試合目では青木選手の二度にわたる超ファインプレーが、相手に傾きかけた流れを見事に食い止めています。その後のリーグ優勝決定シリーズは、アリーグ中地区で競り負けたデトロイト・タイガースを3タテで下して勝ち上がってきたボルティモア・オリオールズが相手でしたが、敵地での初戦を又しても延長戦で制すると一気に4連勝でリーグ優勝を果たしてしまいました。しかも2点差、1点差の厳しい試合ばかりを制しており、もう神がかり的とすら思えてきます。

まさにチームが一丸となり、それぞれの選手が果たすべき役割を果たしきるとこんなことが起こってしまうのだなと、私は何か不思議なものを観るような思いすら抱いています。

ロイヤルズと青木選手を見ていると、チームの掲げる方針や考え方と、選手の持っている能力・プレースタイルがうまく噛み合うと、こうも選手が存在感を発揮して輝き、チームが組織として機能するかということを教えられたような気がします。用語の使い方としては適切ではないのかもしれませんが、まさに「魚心あれば水心」ということを感じました。

ビジネスの世界でもこうも見事なまでに組織と個人が一体化できる例はそうそうは見当たらないとは思いますが、マネジメントを行なう立場からは個々の社員の適性を見抜き、能力発揮の機会を与えることが組織活性化の要諦であることを改めて教えられた気がします。今回は原稿の締切もあり、ここまでとさせていただきましたが、ロイヤルズと青木選手の戦いはこれからワールドシリーズへと続いていきます。青木選手の益々のご活躍とメジャーリーガーとしての更なる飛躍を願いたいものです。

(おわり)
2014/10/17

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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