大谷翔平選手~異次元の世界へのチャレンジ【第23回】

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大谷翔平選手~異次元の世界へのチャレンジ【第23回】

日本のプロ野球が誕生して80年ですが、80年の歴史の中では時々異次元としか思えないような選手が出現しています。近年でいうとオリックス時代に7年連続の首位打者に輝き、アメリカへ渡ってからも10年連続で200本安打を打ち続けたイチロー選手、その昔読売ジャイアンツ時代に13年連続ホームラン王をとり、生涯通算868本の金字塔を打ち立てた王貞治選手、直近では昨年楽天ゴールデンイーグルスで24勝0敗という通常では有り得ない記録を打ち立てた田中将大投手もこの系譜につながるのかもしれません。

ひょっとしたら近い将来、この系譜に連なる選手のひとりとして歴史に名を残すことになるのかもしれない選手が現れました。日本ハムファイターズの大谷翔平選手です。自らの20歳の誕生日であった7月5日(土)には2本(第4号、第5号)のホームラン(それもレフトとライトへ見事に打ち分け)を打ち、4日後の7月9日(水)には先発投手として113球を投げて完投勝ち(今季8勝目)、しかも16奪三振という球団タイ記録も樹立、もう何か架空の物語を見ているような気分にさえさせられます。今回はそんな大谷翔平選手について記してみたいと思います。

大谷選手は岩手県水沢市出身で、小学校・中学校時代はリトルリーグで野球をやり、高校は皆さんもご存知の花巻東高校へ進学され、1年生の秋からエースとして活躍されました。2年生の夏、3年生の春に甲子園にも出場されましたが、3年春の選抜大会では、現阪神タイガースの藤浪投手がエースであった大阪桐蔭高校と対戦し、藤浪投手からホームランを打つも、自らが投手として11四死球9失点で敗退するなど苦い思い出も残されています。

高校卒業後は直接メジャーリーグへ挑戦することを表明、日本のプロ野球には入団しないのでドラフトで指名しないようにとの要望を出されて話題になりましたが、栗山英樹監督の率いる日本ハムファイターズが強行指名、紆余曲折はあったものの、その年の12月9日に日本ハムへの入団を表明されました。

入団1年目の2013年は投手登録で開幕一軍メンバーに選ばれ、開幕戦の西武ライオンズ戦では「8番ライト」でスタメン出場、その開幕戦で早速2安打1打点を記録し、試合後のヒーローインタビューでお立ち台に上がる等、大器の片鱗を見せてくれています。その後5月23日のヤクルト戦で投手として初登板、6月1日の中日戦で5回3失点のプロ初勝利。6月18日の広島戦では「5番投手」として先発出場、投手としては4回3失点降板も、降板後にライトの守備について打者として1安打1打点をあげる等、大いに話題を振りまいてくれています。

その後7月10日の楽天戦でプロ入り初本塁打を打ち、オールスター戦にも外野手としてファン投票で選出され、3戦すべてに出場して、投手として投げ野手としてライトを守り、2戦目にはオールスター戦初ヒット、3戦目には初打点も記録する等、本当に話題に事欠かない活躍を見せてくれました。

結局プロ1年目は、投手として61回3分の2を投げて3勝0敗、防御率4.23、打者としては77試合に出場して189打数45安打、打率.238、20打点、3本塁打、4盗塁という成績でした。高卒1年目の新人選手の成績としては十分健闘された成績なのですが、投手として打者として決して一流の成績ではないことも事実であり、頑張ったんだけど何かちょっと物足りないな、という印象も抱いた1年目であったように思います。

そして2年目の今シーズン、成績が飛躍的にアップしていることもありますが、色々な面で格段に進化されており、我々はひょっとして誰も見たことのない異次元の伝説の世界の目撃者になりつつあるのかもしれない、という夢を感じさせてくれます。

2年目の大谷選手についてプロ野球解説者の何人もの方が言われているのは、体が大きくなり下半身がどっしりとし、昨年とは別人に思えるぐらいたくましくなっているということです。その結果終盤になっても球速150キロ台がいつでも投げられる状態になっているようです。更に今年は変化球の制球がよくなっているようで、中でもフォークボールの精度が格段に上がり、そのことで投球の幅が広がり、しっかりピッチングを組み立てられるようになっておられるようです。

完全試合も達成しておられる元読売ジャイアンツの槙原寛巳氏は「昨年のピッチングでは2ケタ勝つにはしばらく時間がかかるかなと見ていたが、今年のピッチングなら2ケタはもちろん15勝も可能と思われる」と述べておられます。またバッティングの面でも体が大きくなったことで打球に力強さが加わり飛距離が出るようになったようです。元メジャーリーガーの田口壮氏は、インコースはヒジをたたんで腰の回転で打てており、アウトコースも強引に引っぱることなく逆方向に打てる技術を身につけているが、これは練習してもなかなか出来ないことであり、バッティングに関してはセンスの塊であると述べておられます。

昨年のシーズンオフの頃には、プロで二刀流をやり遂げた人は過去にひとりもおらず、そんなことが叶うはずがない、二刀流なんて中途半端なことをやってケガでもしたら元も子もない、プロを舐めるんじゃない云々とまさに非難の大合唱であったように思いますが、2年目のシーズン前半を終え、非難の声は急速に小さくなりつつあるようです。プロ野球のOBや解説者達も自分達の成し得なかった夢を大谷選手の中に見始めているのかな、という気さえいたします。

二刀流という大谷選手のチャレンジは日本ハムの栗山監督の存在なくして有り得なかったと思われます。栗山監督が初めて大谷選手を見たのは大谷選手の高校2年の6月、日本ハムの監督に就任される前のテレビの仕事をされていた頃、震災後の気仙沼の高校を追いかけていて、その練習試合の相手が花巻東だった時だそうです。こんな角度のある速い球を投げるピッチャーがいたのかと、本当にビックリされたようです。それまで高校野球の取材をやってきてあんな球は初めてだったそうで、大谷選手は栗山氏にとって唯一無二の存在だったと述べておられます。

そして大谷選手が2年生の夏、甲子園に出てきて帝京高校との試合で、アウトコース低めの球をレフトフェンス直撃のライナーを打ったのをナマでご覧になったそうですが、大谷選手の打撃についてはこの一打が忘れられないと述べておられます。栗山氏は引っぱって大きな打球を打つ高校生は甲子園で何人も見てきたが、あのコースを逆方向へ、しかもスタンドへ入ってしまうんじゃないかという低い弾道の打球を飛ばせるバッターがいたのかと、度肝を抜かれたとのことです。栗山氏にとって大谷選手はそんなピッチャー、そんなバッターであり、栗山氏にとって大谷翔平という選手は2人いると思って当然でしょう、とまで述べておられます。

そんな大谷選手がちょうどプロのドラフトの対象になった時期に栗山氏が監督であったことに何か運命的な出会いの不思議さを感じてしまいます。メジャーリーグ挑戦を表明していた大谷選手を強行指名した際、二刀流挑戦を口説き文句の大きな武器に使われたことは間違いないと思われます。

栗山監督は大谷選手の二刀流について、4番を打つ選手がエースとして週に1回先発する、週に5試合は野手で出て、1試合は先発する形が最終的な着地点と構想を語っておられます。ファンの夢としては、そんなエースが最多勝か最優秀防御率のタイトルを獲得し、バッターとして規定打席に到達した上で3割を打ってくれたら・・・・まさに夢のような話ではありますが、今の大谷選手を見ていると、ひょっとしたら・・・・と思わせてもくれます。

今は週に1度の先発をする前日と翌日は試合に出ず、野手として、あるいは指名打者としてフル出場するのは週に2回ないし3回となっています。練習のやり方も違うでしょうし、調整の仕方も全く違う中で、体を鍛え技術も磨くという、まさに異次元のチャレンジをされている訳で、今シーズンの後半そして来シーズンと更なる進化を遂げてもらいたいものです。

人の才能を見抜くというのは簡単なことではありません。見抜かれた才能が想定した通りに伸びきることはもっと難しいことなのかもしれません。しかしその際、見守る側が絶対にぶれないこと、才能ある者がチャレンジする環境を守り抜いてやること、そこには見守る側の覚悟が求められるような気がします。最終的な着地点へ向けての大谷選手の遠大なるチャレンジはまだまだ続きます。一ファンとして静かに温かく見守ってあげたいと思っています。

(おわり)
2014/07/25

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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