川﨑宗則選手~ひたむきさがもたらす共感【第22回】

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川﨑宗則選手~ひたむきさがもたらす共感【第22回】

去る6月の半ば過ぎに、ずっと以前から一度行ってみたいと思っていたニューヨークのヤンキースタジアムで野球を見る機会がありました。金曜日から日曜日の3試合を観たのですが、たまたま運よく第1戦に黒田博樹投手が先発し、第3戦には田中将大投手が先発、イチロー選手も3試合ともすべて先発出場と、日本人メジャーリーガーの活躍を目の前で観ることが出来ました。

この3選手の他にもレッドソックスの上原投手、田澤投手、ロイヤルズの青木選手らの動静は日本のメディアも毎日のように伝えてくれますが、アメリカのどこかでやっておられるはずなのに日本のメディアからはほとんどその動静が伝わってこない選手もおられます。

そうした中でメジャーとマイナーの間を幾度にもわたって行ったり来たりという状態であるにも関わらず、何故か注目を集める選手がおられます。今回はその選手・トロントブルージェイズの川﨑宗則選手を取り上げてみたいと思います。

川﨑選手は1981年6月生まれの33歳、鹿児島県立鹿児島工業高校から1999年秋のドラフト4位で当時の福岡ダイエーホークスに入団されています。右投左打の内野手ですが、中学時代にイチロー選手から影響を受けて右打ちから左打ちに替えられたようです。プロ入り2年目で初めての一軍出場を果たし、徐々に力をつけて入団4年目の2003年には遊撃手として開幕スタメンに名をつらね、その年は初めて規定打席にも到達し、チームのリーグ優勝・日本一に貢献されています。

翌2004年には遊撃手のレギュラーに定着し全試合フルイニング出場も達成、最多安打・盗塁王のタイトルを獲得した上に、ベストナイン、ゴールデングラブ賞も獲得するなど、パリーグを代表する内野手の地位を固めていかれます。更に2006年にはワールドベースボールクラシックの日本代表に、2008年には北京オリンピックの野球日本代表に、2009年にもワールドベースボールクラシックの日本代表に選出されるなど、俊足巧打の内野手として日本を代表するプレーヤーのお一人の地位にまで到達されました。

しかし2011年のシーズンオフ、海外FA権を行使してメジャー挑戦を目指すことを表明されます。川﨑選手はイチロー選手の大ファンだそうですが、これはイチロー選手自身が「川﨑はイチローマニアですね」と言う程の筋金入りのファンであるようです。

メジャー挑戦を表明した際にも「イチロー選手と同じチームを希望しています」と語られた程で、ホークス時代の背番号「52」はイチロー選手がオリックス時代・シアトルマリナーズ時代につけていた背番号「51」のひとつ後の番号ということで、ご本人が強いこだわりを持っており、中心選手となってもっと小さい番号を、という球団側の要請も断わり続けておられたようです。

念願かなって2012年はイチロー選手の在籍するシアトルマリナーズとマイナー契約を結ばれました。日本での最後の年の年俸は2億円を軽く越えていたようですが、年俸を数分の一に下げても少年時代からのあこがれのアメリカでプレーする道を選ばれた訳です。招待選手としてマリナーズのキャンプに参加し、そこで認められてメジャーリーガーとしてデビューを果たされますが、この年の7月、あこがれのイチロー選手はニューヨークヤンキースに移籍、川﨑選手自身も秋には自由契約を言い渡されています。

アメリカでの2年目である2013年はトロントのブルージェイズとマイナー契約を結ばれ、メジャーでプレーしたりマイナーに落とされたりの繰り返しでしたが、持ち前の明るさと片言の英語とジェスチャーですっかりチームの人気者となり、ロッカールームに川﨑選手がいるだけでチームの雰囲気もすっかり明るくリラックスしたものになるようです。

そんな川﨑選手は2年目となったトロントのファンの間でも高い人気を得ているようです。これは彼のキャラクターが愛されていることはもちろんですが、マイナーに落ちても練習の手抜きを一切せずひたむきに野球に取り組む姿が、ファンをはじめ、チームメートやチームの首脳陣の間で共感を生んでいるからだと思われます。

内野手という、日本人が成功することが最も困難と思われているポジションにも関わらず、決して腐らず常に明るく前向きにチャレンジを続ける川﨑選手の姿がトロントブルージェイズというチームにも何か目に見えないプラスの効果をもたらしているような気がしてなりません。

内野手としてメジャーリーグでレギュラーのポジションを獲得することが出来るか、それは何とも言えませんが、ひたむきに野球に取り組む姿勢が何かチームにいい影響をもたらしているのなら、こういう形での組織への貢献という形があってもいいのかな、という気がいたします。あこがれの地でひたすらチャレンジを続ける川﨑選手を皆さんとご一緒に応援していきたいものです。

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【ヤンキースタジアム余話】

今回ヤンキースタジアムでのチケットを入手するにあたり、3試合を高中低の価格帯で取ってもらいました。

「高」は一人225ドル、「中」は100ドル、「低」は48ドルでした。「高」の席は1塁側内野席で1塁ベースの少し後方で前から15列目あたりのフィールドレベル、「中」はレフトのポール際の内野席で前から数列目、「低」はなんと2階席(球場全体は5階まである)後方の小さなテーブル付立見席。シートは日本の球場より大きくて坐り心地もずっといいのですが、この価格をどう思われますか?

私は度々行くことはないと思ってお金を払いましたが、正直ベラボーに高いなと感じました。多分両軍のベンチ後方の席なら400~500ドル以上するのかもしれません。結果、「高」の席・「中」の席の近辺におられるのは、ほんのわずかの日本人風の方を除くと、見事なまでに白人の方ばかりでした。街の中では普通に見かける東洋系、スパニッシュ系、黒人の方々の姿がほとんど見られませんでした。

この金額設定にしたから来場者の層がこうなったのか、この金額を払える人だけが来てくれればいいし、5万人の収容人員はこの金額でも埋められるという自信の表われ(事実3日間とも試合開始直後にはほぼ満員になっていました)なのか、そこらあたりは定かではありませんが、これがアメリカ流のマーケティングなのだな、ということを如実に教えられた一幕でした。

(おわり)
2014/07/10

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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